自己分析は終わらない
定期的に振り返りをしたくなる性格なので、今回は長いです。
プロフィール
27歳男性: 好きなものグルメとテニス
2020年新卒で入った金融機関をうつ病により退職
2021年2-5月 webデザインの職業訓練を受講
2021年7月 医療法人の企画部に就職
2022年5月 会社都合により退職
2022年7月 現在の医療法人マーケティング職に採用される
①現状と達成した事
今の職場に就いて2年弱。
順調にキャリアを築くことに注力し、幹部メンバーに最短、最年少で昇格。
自分より歴も年齢も上の人の上司となり、管理を任せてもらうまでに成長できた。
医療法人ではまだまだ目新しい、マーケティングの役割を担う人員として自分1人のみ採用された。当然「何をする人?」という疑問、質問が飛び交ってきた。
まずは自分の役割の明確化をして従業員に認知させた。
あの人はこういう能力に長けていて、こういう役割を担っている、今の職場の整備されていない、取り組めていない部分の戦略を練って打ち出し、社内に浸透させる。
昔からある部署ならまだしも、まだ誰も取り組んだことの無い、初めての役割を担う人、ぽっと出で飛び込んできた26歳の自分を認めて貰うのは容易な事では無かった。
医療は現場の声が第一、その中でも医師と助手などの上司、部下の関係以前に職種での上下関係、プライドが蠢き合っている。
意見を出しても売り上げを作り出す職種の医師の前ではたとえどんなに正しい事を述べても、医師でも無いのに口出しをするなと聞く耳を持たない。
そんな一癖も二癖もある、先生、先生と持ち上げられ続ける人生を歩んできた人達のプライドに邪魔をされながら日々業務をこなす。
では実際に何に取り組んだのか羅列してみる
・外部発信の整備(sns、Googlemap、HP)
・診療に使用するシステムの改善(より便利なもの.dx化)
・紙管理の多かったものをExcel管理へ移行(自動集計)
・SEO対策
・セミナーの運営方法の改善
・労務環境の改善(DX化、残業減少へ、)
・人がやりたがらない指摘する事を継続(清掃、情報共有、リスクマネジメント、理事長の代わりに指導)
・ミーティングでの積極的な発言の継続
・空いた時間には診療の片付け(自分がいる事の意識を植え付ける)
・報酬額の整備検討、時代、業界の流れを汲んだものへ
・採用の強化 昨年比:採用人数を5倍へ
・医院見学の報告会
・新卒従業員へのオリエンテーション、教育の実施
・売り上げ増加へ向けた施作の提案・実施
・接遇応対力upへの取り組み
・受付業務の習得により、TC枠の拡大
しかしながら実際は収益upの為の取り組みに100%取り組むの事は実際難しく、不整備による、多くのエラーに阻まれて、本業のマーケティングの結果は中々出ていない。
しかしながら最近はこの職種は自分にマッチしている事を自覚して仕事に取り組むことが出来ている。
ここで少し更に昔を振り返る・・・
②新卒の頃の話
今こうやって書いては見たが、実は3年前ほどは今とは別次元の状態に陥っていた。
新卒で金融機関で働いていたあの頃の自分とは思えない。
あの頃とはうつ病になった時のこと。
新卒で入社して4ヶ月ほどが経った頃「いらっしゃいませ」というワードだけが出てこなくなった、「イヅヅ、、ラッ、、、、シャイマセ!」と声が出せなくなった事、毎日罵倒されて、嫌味を言われお札を数える手が震え数えられなくなった事、朝礼で金額の桁が何故か分からず、急に読めなくなった事などを定期的に思い出す。
無理(精神的な)をしていたらうつ病になった。
・働けなくなる前からnoteはやっていたので興味のある方はぜひ。
③うつ病で無職、貯金が底をつきかけた話
逃げて、自己否定をして、トラウマになり、お金が底をつき、焦って就職先を探した事。
焦って、何をしたいか分からないまま面接を受けたら頭が真っ白になって、「貴方は今日何をしにきたんですか?まずはコレに答えてください」と言われた事もあるし、面接官の前で泣いた事もある。何もかも見透かされて、長文で面接官にメールを送りつけたら1.5倍の量でメールが返ってきたのも未だに残している。
何か感じるものがあったのか、そこからは内定を頂いたがお断りをした、その人は今その会社のCEOになっていた。
深夜3時にメールが返ってくる企業に面接を受けた事もある。そこはwebデザインの採用で受けたのに蓋を開けると何故かウォーターサーバーの営業マンの求人になっていた。
そう、自分は金融業界を退職した後はwebデザイナーを目指して職業訓練校に通っていたのだった。
詳しくはコチラの記事を是非読んでいただきたいです。
結局デザイナーにはなれないと第六感とでもいうものか、何かが自分にストップをかけた。
その頃はコロナ禍で求人も少なかった。
お金が無かった。心療内科とカウンセリングで月に3万弱は飛んで行った。自分の勤めていたところは休職手当や、何故か休職しているのに賞与も貰ったり、手厚かった記憶があるが、奨学金も並行して返済してたし、一人暮らしで多分貯金20万は切っていたと思う。
家賃の更新や何か大きい出費があったら破産してたのかな、、、笑
④節約の毎日の話
だからこそ失業保険を貰いながら勉強ができるwebデザインの職業訓練を選択したし、毎日が節約の日々だった。当然自炊が1番安くつくが、その頃の精神状態で作り置きや保存期間を考えて自炊する気力なんて無かった。
夜12時に閉まるフランチャイズ感の強めなセブンイレブンでは珍しく割引を行うので半額のおかずを買い込んだ。
お昼は家の近くにある当時280円の弁当を買っていた。
職業訓練中のお昼は毎日おにぎり2つ、セブンイレブンのアプリでクーポンを活用した。
訓練は3ヶ月間で、うつ病での失業保険は雇用期間にもよるが自分の場合は300日分ほど貰える期間があった気がする。
お金が無いからメルカリのプロになった。
それでも好きな事はやめられなかった。
それはテニス。
別に対して強くも無いが、試合とか練習とか誘われたら行っていた。周りの人にはうつ病どころか、退職していた事も隠していた。
あの頃1番辛かったのは周りに言い出せなかった事。
今でも一部の人にしかうつ病の過去は明かしていないし、今の恋人にも黙っている。
言っても気を遣わすだけだし、現時点ではメンタルは人生で1番良い状態なので、、
⑤色んな面接の経験
そしてwebデザインの訓練が終わりにかかる頃には学生時代並みに面接を入れていた。
ecショップの管理、医療法人の事務、建設業の営業事務、大学事務、公共スポーツ事業所の管理、金融事務。
お金が無いからこだわっている余裕も視野の広さも無かった。
一見共通点が事務しか無いように見える。その通りなのだが、何故事務員なのか。営業が苦手なわけで事務を選んだのでは無い。徹底的に自己分析をした故の選択だった。
自分はその場でタイムリーに事を進めないといけない業務が苦手だという事に気がついた。(目の前の10分15分にこだわる仕事)
対顧客(Cの方)対応は基本待たせてしまっているという意識が強く働き、かつ自分一人で解決しない、承認系の業務、まさに金融の窓口は完全に不向きな業務だったのである。別の係に転向など今では選択肢は思い浮かぶが、新卒の自分に言い出せた訳もない。
それは新卒時代だけではなく、学生アルバイトでも心当たりはあった。
居酒屋でホールをしていた時、ドリンクやキッチンからの提供がなければお客さんに届けられない。でも実際文句を言われるのはホール。立場が上の人には早くして欲しいなんて言える度胸もなかった。
一点カフェチェーンのアルバイトではある程度自分一人でこなす業務が多かった。パンやスイーツの作成、ドリンクの提供など、一人分の仕事量はむしろ多かったが、自分の裁量、ペースを乱されないし、5分以上待たす事など滅多に無いので基本的に待たしているというイメージに悩まされる事は無かった。
だからこそ後者は同じ接客業なのにむしろ向いているとまで思っていた。
その辺の分析ができないまま会社選びをしてしまった事には反省の余地しか無い。
話は逸れたが、徹底的に自己分析した結果、自分のペースで仕事を進められる職につくしか無いと思っていた。なので業界は絞らなかった。
⑥社会復帰初で就職した職場の話
そんな中人生史上最大の転機が来た。
それが今の業種に繋がる転職で、今と同じ医療法人の経営部門の管理だった。同じく新設の新しい部署で認めて貰う事の難しさに直面した。
前職は割と名の通った企業、今回は従業員もなんとか全員の名前を覚えられるくらいの規模で、そこは体制の整っていない動物園だと自分はよく話している。
医療法人は家族経営が多く、そこは青二才の2代目、若い親の七光が代表のパワハラモラハラが横行する職場だった。
身バレする可能性もある
(結構具体的に書いてるけど今更?だけどここの事はいつかは書こうと思っています。もしかしたらメンバーシップ記事にでも検討します。)
ので詳細は書かかない。
就職して1週間で同じ部署に雇われた人が3人辞めたと言えばだいたい想像出来るだろうか。
ありとあらゆる理不尽、現場スタッフからの罵倒に耐えた毎日。ただここで自分の強みに気がついた。
やっぱり自分の感覚は間違っていなくて、しっかりと準備して対応できる業務は自分にマッチしていて、評価をもらう事も増えてはいた。
社会人としてまともに働いている実感がやっと湧いた。売り上げに繋がる商談もすぐ結果が出た。
信頼できる仕事仲間、同僚もできたところだった。
しかしまたここで自分にとって不運が降りかかる。
2022年祖母の死から始まり、ありとあらゆる不幸の連続、お祓いも行った。そして元職場でとある理由で会社都合退職させられた。
せっかく社会復帰を始めたところでまたもやズッコケ。今度は本当に無職になってしまい路頭に迷った。
その頃はうつ病時代を支えてくれた恋人とも別れ、乱心?したのかすぐ付き合って別れる中学生のような恋愛も経験した。
とても信頼していた同僚にも裏切られた。
全く違う業界も視野に入れていたところ、今の職場の方から声がかかったのが現在までの職場となる。
⑦やりたい事
やっと振り返りの振り返りから戻ってきた。
過去の経験から現在の職に就いている自分がいて、これまでの何かが一つでも違っていたら全然違う自分になっていたと思う。
あの頃こういう選択をできていたらと思うが、今の自分を否定する事になるので思わないようにしている。
今から自分がどうなりたいのか、一旦現在の職での立ち位置を確立したこのタイミングでまた自己分析を始めたいと思う。
今現状仕事には満足しているかと言うとまだまだ満足していない。
給与も達成感もまだまだ納得いかないけれど、限界があるのかもしれない。
ある程度の見切りをつけてキャリアアップを目指すのもあり。
個人で仕事をもらえるような話もでてきたので、安定的にそこからも収入を得られるようになれば、生活もより豊かになるかもしれない。
もう一般的な、出世ルートには戻れないので、邪道と言われようが、自分と身の回りの人の幸せのために動いていきたい。
自分の病気や精神面の勉強のために使わせていただきたいと思います。