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投資#228 漠然とした気持ちでは巡り会えない


書籍の情報

タイトル:たった一人の熱狂 仕事と人生に聞く51の言葉
著者:見城徹
発行所:株式会社双葉社
発行日:2015年5月29日

書籍の抜粋


「常に熱狂し続けられる編集者という天職に、見城さんはなぜ巡り会えたのですか」とよく質問される。755でこういう質問を受けると、答えに窮する。僕が編集者になれたのは、偶然ではなく必然だったとしか言いようがない。もっと言うと、僕にとっては編集者の仕事しか逃げ場なかったのだ。
転職と出会いたいのなら、自分の内なる声に耳を澄まさなければ駄目だ。変態でストッキングに異常な興味があるなら、ストッキングの会社に行けばいい。大手だとか給料が良いだとかは関係がない。これなら日本一になれるということを突きつめるべきだ。
少年時代、僕は非常に自意識過剰な人間だった。他人よりも感受性が敏感だから、人よりも余計に傷付く。感受性が強いがゆえに嫌われ、仲間外れにされたこともある。
僕は想像力を働かせながら振舞っているのに、相手は子どもだから、こちらの想いは理解してもらえない。「誰も僕のことを解ってくれない」という寂しさと切なさを常に抱えながら、僕は少年時代を送っていた。
孤独を抱えた絶望的な状況の中で、本だけが僕にとっての唯一の友だちだった。一人で読書している時は、他人と関わる必要がない。本の世界に没入し、いつまでも自由自在に想像力の翼を広げていられる。想像力の翼を広げて飛ぶ世界は、すべて僕一人の支配下にあった。読書の時間は、僕にとってこの上なく気分が良かった。
(中略)
なぜこれらの本に惹かれたのか。「ここではないどこか他の場所」を求めていたからだ。アナザープレイスへの強烈な欲求を満たし、この世での孤独感と寂しさを癒してくれるのは本だけだった。
高校時代になってようやく人と関われるようになり、友達ができてからも、僕は相変わらず読書が大好きだった。
五味川純平の『人間の条件』は全6巻もある長い小説だが、高校2年生の夏休みの2日間で一気に読み切った。主人公の梶は、最後は中国の見知らぬ曠野で死んでいく。雪が降りしきる道で餓死する。自分が信じる正義を追求して、苦しみながら生きた結果だ。
「お前はこのままでいいのか」「お前はいったい何のために生きているのか」と問いを突きつけられ、頭を殴られたような衝撃を受けた。
(中略)
飯やトイレの時間も惜しいほど読書に入れあげた。そんな濫読の少年時代、青春時代を過ごし、「見城徹」という人格が形成されていった。僕にとって読書は人生そのものだったから、編集者という仕事を選んだのは必然だったのだ。
職を転々としながら、漠然とした気持ちで天職を見つけようとしても、巡り会えるものではない。自分を痛めながら何かに入れあげる。生き方の集積がすべてを決めているのだ。

第一章 仕事に熱狂する
何かに入れあげなければ天職には出会えない

感想

抜粋した理由

「天職」との文字があったから。
単純ですね・・・。

本文

―――1―――

編集者の仕事しか逃げ場なかったのだ

本の世界に没入し

とあります。

本の編集者になる方は、
こういう方が多いのでしょうかね。

少なくとも読書が好きでないと、
編集者という仕事を探さない
のではないかと思います。

私も本は好きですけれども、
こういう方々から見たら、
下手の横好きみたいに
みえるのでしょうね。

―――2―――

「お前はこのままでいいのか」
「お前はいったい何のために生きているのか」

このような問いを突きつけ
られるのは著者だけでは
ないでしょう。

私も考えました。

読書ではありませんが、
それなりに打ち込んでいたものが
今の仕事のベースになっている
のかなと、思います。

勝手な解釈で、なんとでも言いようが
あるではないかと言われてしまう
程度のものですけれど。

これでも、ないよりはあった方が
いいと思います。

なんだかんだ、心のよりどころに
なりますからね。

―――3―――

自分を痛めながら
が必要ではない気がしますが、

何かに入れあげる、
思い込みの強さみたいのは
必要なのではないかと思います。

私の場合、天職と思い込んでいる
だけかもしれないのすが、

漠然とした気持ちで天職を
見つけようとしても、
巡り会えるものではない。

というのは同感です。

まとめ

漠然とした気持ちでは巡り会えない


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