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事実婚で名字の違う夫婦に子どもが生まれる

 私たち夫婦は婚姻届を出していない。いわゆる事実婚。でも結婚していて夫婦であることはたしか。結婚(婚姻)の定義は憲法に、夫婦の定義は民法に記されている。

婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

日本国憲法第24条

夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。

民法第752条

 2人で合意し、同居し、相互扶助している。だから私たちは結婚していて夫婦である。婚姻届を出していないだけ。では、なぜ婚姻届を出さないの? 

女の子で嬉しいわ。馬鹿な女の子に育ってくれるといいんだけれど。それが何より。きれいで、頭の弱い娘になることが

グレート・ギャツビー スコット・フィッツジェラルド 村上春樹訳

 本当にそう思う。何も疑わず成長して大人になるのが一番良い。普通に働いて、普通に結婚して、普通に、フツウに。
 
 私もフツウに結婚できたらよかったな。当時は出会って8年、一緒に住んで3年になるパートナー。記念日に素敵なレストランを予約してくれて、おめかしして美味しいお料理とお酒に舌鼓を打っていたら、最後にとっておきのプレゼント。小さな箱を開けると大きなダイヤモンドが1粒ついた指輪が! 嬉しくてちょっと泣いちゃったりして。プロポーズの後は両家顔合わせでそれぞれの両親と仲良く歓談。結婚式はいつどこでやろう。ブライダルフェアに行って、招待する友人をリストアップして、おもてなしを考える。婚姻届はいつ出そうか。名前変えるの、大変だなぁ。

 そうは問屋が卸さない。残念ながら、馬鹿できれいで頭の弱い娘ではなかった私は頭が働き、結婚にまつわる全ての事柄を疑ってかかった。結婚の定義とは? 結婚と婚姻の違いは? 夫婦の定義は? 婚姻届を出す理由は? 効力は? 名字を変える理由は? そもそも結婚制度の歴史は? 結婚式の意味は? 
 2年くらい毎日頭の中をぐるぐるしていて、人の左手薬指にある指輪を見て羨ましいだか哀しいだかよくわからん気持ちになり、電車のゼクシィ広告を見て煽ってくんなやとイライラし、考えすぎて頭がパンクしそうだった。
 
 特に名字を変えることについて、私はひじょーーーうに抵抗があった。世の中のフツウは、たとえ仕事で旧姓を使い続けたとしても戸籍上は夫の名字に変える。法律婚は夫婦同氏原則となっていて、夫婦どちらかが名字を変えなければいけない。でも、私が変えるのもパートナーが変えるのも良い選択とは思えなかった。それは母のトラウマがあるから。

 母は名前を失い、それだけがきっかけではないけれども、人生の歯車が狂ってしまった。母は「名字+名前」にアイデンティティを持っており、変えたくなかったが、結婚により変えざるを得なかった。選択的夫婦別姓の議論はその頃からあったと聞く。婚姻届を出したことで元の名前がなくなり、子どもが生まれると「ママ」になり、家の中でも外でも名前で呼ばれることはなかった。
 母は仕事をしておらず、経済的に父に依存していた。自分で自由に使えるお金がないということは、お金を使う全ての意思決定に父の同意が必要だった。母は、子どもから見ても明らかにお金の使い方が下手だった。父は長らく寛容だったが、歯車が狂った先には一切お金を渡さなくなった。

 親というのは自分に一番身近な大人だからいやでも強く影響を受けるが、その影響の受け方は教師か反面教師かの二択となる。私の場合、母は完全な反面教師だった。母と真逆の選択をしておけばきっと幸せな人生に近づく。母は名前を変え、仕事をしなかった。だから私は名前を変えず、仕事をする。
 
 名字を変えるというのは法律婚の象徴的な行為。一度変えたら旧姓の私は社会的に存在しなくなる。その後もし離婚したら、別れた人の名前を使って生きなければならない。旧姓に戻すこともできるが、結婚していた頃の名前を完全に消すことはできない。銀行口座クレカ諸々の契約の名前を変更しないといけない実務的な負担も鑑みると、

名前を変えるリスク・コスト>>>>>ベネフィット

としか思えなくて、私は結局名前を変えないため「初婚事実婚」という20代女性にしては珍しいであろう選択をしている。この選択を理解してくれたパートナーには最大の感謝をしている。

 婚姻届を出さない代わりに、ちゃんと結婚が認められるように判例を参照して、住民票の続柄を変えたり、会社に伝えたり、その辺りは抜かりなく行っている。その他諸々結婚にまつわるあらゆる事柄を疑ってかかり、調べ、理解し、自分が納得いく選択を1つずつ積み重ねている。結婚指輪なし、婚姻届なし、自主的夫婦別姓。やってみよう、実践結婚批判。

 そんな私たちのところに希望の光が飛び込んできた。子宮で胎児が育っている。まだ名前のないヒトが内側から私のお腹を蹴ってくる。
 子どもが外界に出てきたとき、出生届を出さないといけない。婚姻届を出していないので、私とパートナーの戸籍は別になっている。ふつうなら私の戸籍に子が入り私と子が同じ苗字になるが、それが子にとって良いことなのか。今はそこが引っ掛かり、2人で時々相談している。

 どちらの名字であっても私たちの間に生まれた子であることは間違いない。子が大きくなった時、私たちがふつうと異なる選択をしていることに気づく日が来るだろう。その時は私たちの家族のかたちをきちんと説明してあげる。私たちはきっとそれができる夫婦だと信じている。


《終わり》

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