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6月2日の雨、やっと私は3人家族になった

 大切な人や物や思い出を一瞬のうちにかっさらってしまう、コロナや災害。もうそういうのには飽き飽き。結婚式も延期になり、新婚旅行には行けず、出産は立ち合い不可。最近やっとwithコロナ時代に入ったかと思えば……またしてやられた。

 2023年6月2日金曜日、私は終業後、保育園のお迎えに行き、夫にバトンタッチした後、新幹線で大阪に行く予定だった。次の日、宝塚歌劇を観に行く予定だった。6年ぶりの宝塚本拠地、遠征してでも宝塚の地で観たい作品だった。今のトップスターの就任が決まったころから「いつかやってほしい」と願っていた演目。初演を観た時に「すごいものを観た!!!」と衝撃で席から立てなかった演目。今のキャスト、最強の布陣。強烈なチケ難となりなんとか取れた回だった。

 その演目を、大学時代の親友Xと観に行く予定だった。彼女もヅカオタだが、それ以上に――彼女は妊婦。5月下旬に産休に入ったばかり。出産予定日は7月。去年の8月に出産している私と約1年違い。
 大切な大切なXが妊娠して、リアルに会ってお祝いしたいし、私が産前知りたかったことをたくさん伝えたい。一緒に宝塚まで観れたら最高。4か月前から楽しみにしていた関西行きだった。

 しかし、6月2日金曜日の夜は豪雨で新幹線が止まった。やむなくホテルをキャンセルし、キャンセル料を100%取られた。
 この時私は絶対行けると確信を持っていた。新幹線は強い。翌朝には動いているだろう。天気予報もころころ変わっているので、予報ほどひどい雨にならないだろう。予報は危機を煽るため、少し強めに出しているはず。そう考えて翌朝6:03の新幹線を予約した。
 この新幹線に乗ろうと思うとほぼ始発で最寄り駅を出なければならず、4:30に起きて5時前に家を出た。新幹線の運行情報が出るのは5時なのだが、家の場所柄5時前に家を出ないと新横浜に間に合わないので、運行情報を確認せずに家を出た。授乳でも夜泣きでもないのに4:30に起きることになるとは。
 雨は全然強くなかった。これだともう新幹線は動くだろう。新幹線の中で少し寝ればいいや。と思いながら新横浜に向かった。
 
 ところが新横浜に向かう電車の中で5時を過ぎたので新幹線の運行情報を確認すると、

東京駅~新大阪駅間の運転は正午以降の見込みです。

 えっ?! 動揺。今5時過ぎ。正午以降? 6時間以上? 公演は11:00開始。行けないの……?

 でもまだ9割楽観的に見ていた。通常通り動くのが正午以降で、それまでに滞留している乗客を少しずつでも動かすだろう、と勝手に解釈した。
 新横浜に着くと、既に大量の人がいた。スーツケースを持っている人も多い。何やら長蛇の列をなしている。改札は閉まっているが、駅員さんと話して改札内に入っていく人もいる。きっとこの行列に並んだら改札に入れるのだろう、と解釈して一番後ろに並んだ。

 こういう場面、本当に日本人だなぁと思う。誰も文句ひとつ言うことなく、黙々と列に並ぶ。何の列かもわからないのに、列に並べば新幹線に乗れる、と皆が希望を胸に抱き、足並を揃え自然発生的に駅構内をぐるぐると回る列を作った。

 あまりに早い時間にLINEをするのははばかられたので、6時を過ぎた頃にXに連絡した。チケットは現地受け取りだったので、Xだけでも行ってもらうことにした。私の分はXのお母様が行ってくれることになった。早朝から素早く対応してもらって、感謝しかない。
 公演は……間に合わないかもしれない。でも終演する14時頃までに宝塚に着けば、Xに会える。会って話したい。お腹触らせてもらいたい。出産を控える彼女を励ましたい。

 せっかく関西に行くので、他にもいくつか人に会う予定を入れていた。新幹線がなかなか動かなかったとしても、他の予定のためだけでも関西に行くか……。でも親友に会えず宝塚も観れずだと、当初目的が果たされない。


 「すみません、これって何に並んでるんですか?」
並び出した最初の方に、後ろにいた20代前半くらいの女性に声をかけられた。彼女は推しのライブがあって名古屋まで行きたいらしい。似たような境遇で、少し言葉を交わした。途中から、彼女の友人も合流した。

「ありえないよねー、昨日動いておくべきだった? でも前泊するとお金かかるし……」
「運営に電話する? 関東のファンもいるんで、開演時間遅らせてくださいって」(本当に電話をかけていたがつながらなかった模様)
「ふつうのライブなら行くのやめるのに、なんでよりによって今日なの!」

 話を聞いていると、バイト代をかき集めて遠征するようなので学生さんかもしれない。今日は特別な日で何が何でも行きたい、というのがさらに共感する。
 しかし彼女には横に友人がいる。私にはそれが羨ましかった。私はXに会えない。


 彼女たちも私も、他の並んでいる人も、まだ「行けるかもしれない」と思っていた。まだ6時台。1日は長い。新幹線の点検の状況なんて、誰にもわからない。情報がない中、そこにあるのは新幹線が動いて、大切な人に会えますように、と祈る気持ちだけだった。


 7時を過ぎ、新横浜駅もだいぶにぎやかになってきた。客観的に見たら、私は関西に行けない状況だったのだと思う。でも私はまだ行けるかもしれないと思っていた。

 そこに、Xと、他の会う予定だった人から、あきらめのLINEが来た。

昨日の晩から大変やったと思うし、気をつけて帰ってね

 あぁ、本当に会えないのか。やっと状況を理解し、列に並んでいるにもかかわらず涙がこぼれる。4か月前から楽しみにしていた、いつもより何倍も意味の大きかった関西行きが、中止。
 
 子連れでは絶対着れない観劇用のワンピースもパンプスも、新幹線の中でつけようと思っていたアクセサリーも、どこかで仕上げようと思っていたマスカラもヘアアイロンも、使わなかったオペラグラスも、友人へのプレゼントも手土産も、お土産でいっぱいにしようと思っていたスーツケースも、全部荷解きしないといけない。この日に合わせて先週末に美容室も行ったのに。今日は茶道教室を休んだのに。

 全てパァになってしまった。


 夫は元々土日ともエン様(赤ちゃんのあだ名)を見てくれる予定だった。当初は早く帰ろうとしていた私に「せっかくなんだからいっぱい遊んでおいでよ」と言ってくれて、予定を入れるよう勧めてくれた。夫はエン様と行きたいところでもあったのかもしれない。この土日の過ごし方は何らか考えていたのだろう。そう思っていたので、本心から
「私が今から帰ったら嫌やんな」
と連絡した。返事は
「嫌なわけないよ、帰っておいで」

 泣く泣く家に帰ったら、そこには何も知らずキャッキャしているエン様がいた。雨に濡れ、何時間も経ちっぱなしで冷え切った身体、涙でぐちゃぐちゃの顔。そんなことは露知らず、マンマンマーと言いながら最近マスターしたずり這いで胸に飛び込んでくる。


 大学生の頃、別の友人に「うみさんって愛情が深いよね」と言われた。友人関係は狭く深く、派だ。何人かの親友に対してはマリアナ海溝並みの深さの愛情を持っている。Xに会えないことがこんなにショックか、と自分でも思い知った。

 それでも、親友の身に何かあってもかけつけることができないかもしれないけど、この人の身に何かあったらどこであろうがいくら時間がかかろうがかけつけるな、と思ったから夫と結婚したのだった。出産や育児でそんなことを振り返る暇はなかったけれど、今回の一件で思い出した。

 そして、夫とエン様が私の帰る場所になっていた。夫は私にゆっくり休むよう言ってくれ、エン様はキャッキャキャッキャと騒いでくれた。ここに居場所があって良かった。ひとりだと腐ってた、多分。


 

 大人2人のころは互いに自立したパートナーという感じで、「家族」と感じることはなかった。エン様が生まれて家族感は多少出たけど、その意味はまだわかっていなかった。
 
 つらいとき、しんどいとき、悲しい時。どんな時でも両手を広げて「おかえり(あるいはマンマンマー)」と言ってくれる人、それが家族なのかもしれない。



≪終わり≫

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