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夏休みと黄色いワンピースのあの子

再会はある日突然やってくる。


中学生の私は陸上部に入っていて、自分なりに本気で取り組んでいた。
夏休みも終わりかけのその日も、いつも通り市営の陸上競技場で部活の練習に参加してトラックを駆けていたところ、他校の女子生徒から話しかけられた。背の高い、細身の女の子だ。
他校の生徒からこんな風に話しかけられるのは珍しいことではなかった。
県内では安定して成績を残していたので、同じ専門種目の選手から声をかけてもらう機会がたびたびあったのだ。
彼女は秋の大会から同じ種目に参戦するらしく、これからよろしくね!友達になろう!とのことだった。

恥ずかしい話だが、この時代の私は『速い人としか友達にならない』という尖った意識があった。それは本気で陸上に取り組んでいるというプライドの間違った現れ方で、弱小校の自分を少しでも大きく見せるための抵抗だった。
そう、私はイヤな奴だったのだ。

そんな歪んだ性格だったので、いつもの私なら知らない人≒速くない人に対しては好意的な目を向けることはなかったはずだが、彼女に対してはそうならなかった。
どうしてか。
私の浅ましいプライドなんて吹き飛んでしまうほどの、めちゃめちゃ良い笑顔だったのだ、彼女が。
彼女の笑顔が接着剤となり、彼女と私はすぐに友達になった。

夏休みが明けると競技場での練習は土曜日だけになるので彼女と会えるのは週に1度だけだったが、あっという間に仲良くなっていった。当時は携帯電話を持っていなかったので競技場で交わす会話だけが交流材料だったが、それで十分だった。
たいていは自分の学校での流行とか好きな人の話とか、ありふれたお題が我々のトークテーマだったが、素直で明るい彼女との会話は楽しかった。


秋季大会で、それは起きた。

市内大会で完結する秋季大会は個人種目で2種目にエントリーすることができる。
専門外の種目にも出場でき、かつプレッシャーのかからないこの大会が私は好きだった。常に勝たなければならないという自己暗示から解放され、純粋に陸上を楽しむことができた。
第2種目として専門外の走り高跳びにエントリし、偶然にも彼女も同じ考えだった。

走り高跳びは競技の待ち時間が長い。加えて私のような専門外の選手も参加するため、その日の待ち時間はおしゃべり好きの女子にとってはうってつけの時間だった。
いつものようにお互いの学校での話をしていた彼女と私だったが、話のネタが尽きたのか、私は幼少期の思い出話について語っていた。
全然関係ないはずの彼女相手に思い出語りである。全く勘弁してほしい。

思い出話の内容はこうだ。
夏休みは遠方の祖母の家に遊びに行くのが我が家の恒例行事で、毎年の一番のお楽しみイベントとなっている。祖母の家の前には大きめの児童公園があって、私たち姉妹の思い出深い場所だ。
昔その公園で一緒に遊んだ、忘れられない女の子がいる。
一緒に遊んだのは小学校1年生から2年生にかけての2年間で、夏休みに祖母の家に遊びに行くと滞在中はほぼ毎日のようにその子と公園で遊んだ。その子は公園の向こう側に住んでいた。

退屈な話さえも彼女は真剣な顔で聴いてくれている。やっぱり素敵な子だ。

私の思い出話は続く。
3年生の夏休みになり、またいつものように祖母の家に遊びに行き、いつもの公園に出かけた。それまでは、こちらが公園で遊んでいるとその子が出てきてくれたので待っていたが、数日経っても現れないので母に相談し、その子の家を訪ねることにした。
ピンポーン。出てきたのはその子の祖母だった。
なんでも、その子とその両親は引越してしまい、もうここには住んでいないらしい。
子供ながらに深い衝撃を受けた。もう遊べないなんて。
祖母の家に帰りワンワン泣いた。
一緒に遊んでいたのに名前もきかなかった。
覚えているのは黄色い素敵なワンピースを着ていたこと、私より少し背が高かったこと、それだけだった。
顔も名前も覚えてないけど、たまに思い出してしまう。
以上である。

ほかに話題がなかったとは言え、なぜこの話題を選んだのだろうか。
なぜこの話題を話す相手が彼女だったのだろうか。

私が話を終えると、少しの沈黙を挟んで、見慣れない表情の彼女が口を開いた。不安なような、疑っているような、そんな表情。
「その公園ってさ、○○市の、△△町の集会所の裏?」
「・・・へ?」


ちょっとまって、そんなことあるわけがない。
・・・・・え?うそほんとに?


「公園、引っ越し、黄色いワンピース。それ私だわ」

分厚い辞書で頭をぶん殴られたような衝撃が走った。高跳びの着地に失敗して、頭からマットに突っ込む時の感覚とも似ている。
頭がグラグラする。
「えええ・・・嘘・・・ええ・・・?」と混乱する私のことはお構いなしに、私のゼッケン番号が呼ばれてしまった。出番が来たようだ。

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今でも夏になると、彼女の存在を思い出す。
彼女が引っ越しでこの街にやってきたことは知らなかったし、顔も確かに覚えていなかった。
それでも偶然に、何かの引力で、黄色いワンピースのあの子の話を彼女にしたのだ。

競技生活の終了と共に彼女との交流も終わってしまったが、きっとまたどこかで再会するのだろうな、と感じている。今度は顔を見ればすぐに気が付くだろう。

次回が来るまで覚えていたい。この突然の再会の話を。

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