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オレンジの香りに包まれた日曜の午後8時


「こっち来てみて。お鍋の中かいでみた?」


洗面所で歯磨きをしていると、主人が楽しそうに声をかけてきました。



「すごくオレンジの匂いじゃない?汚れによく効きそうな気がする」



小さな鍋に浮かぶ、オレンジの皮。
それは、いつもだったら直ぐに捨ててしまうもの。

「この皮でお掃除できそうじゃない?」


どちらが提案したかは覚えてないくらい、この時の私たちは同じことを考えていました。再利用するということを思いついたのも、最近読んでいるイギリスの慎ましい暮らし本のおかげです。




お鍋にたっぷりと水をはり、十分に熱したオレンジの皮。


冷めたお鍋の蓋を開けると、まるで、沢山の果肉で作ったジュースのような甘酸っぱい香りに包まれました。





***




結婚して、一緒に暮らして、もうすぐ1年半になろうとしています。


主人が結婚する前から住んでいた部屋に、今はふたり暮らし。

最近では少しずつ、将来の住まいについてマンションか戸建てか、どちらがいいのかなんてことも話す機会が増えてきました。




「広い敷地、やっぱりいいよね。庭も十分あるし、かなちゃんが希望するワンフロアで完結することもできるんじゃない?」

普段、主人は自分が望むことをあまり口にしませんが、お家の話となると、夢を語る姿はまるで少年のように思えます。

今は正直、まだ先のことのように感じてしまうし、無理はしなくてもいいのかなといった気持ち。なので珍しく、私の方がほんの少しだけ客観的な感じです。



プロフィールにもありますが、私は福島県出身で、田舎の広々とした自然の中で育ちました。

家と庭と畑があるという状況は当たり前だったので、近所でよくみる家々の近さに驚くばかりです。

ゆったりとした環境で伸び伸びと育ったせいか、一軒家は実家に帰れば味わえるし、特別、憧れがありませんでした。

だからといって、どんな住まいでもいいという訳ではないのですが、家族みんなで穏やかに暮らせる場所ならどこでもいいかな、と思います。



そんな私たちに、未来の我が家について、深く考える機会が訪れたのです。

この先、ずっと暮らしていく街にするかしないか。

まさか、こんなに早く考え流ことがあるとは思ってもみませんでした。


主人はもちろん前向き。

夢が叶うかもしれないんですもん、そりゃわくわくですよね。

私はあまり実感が湧かないままでしたが、先日、ふたりで様子を見に行くことにしました。





駅からの道。以前歩いたのは暗い夜だったので、また違った雰囲気でした。

周辺を散策しながら、最寄りのスーパーなどの確認。同じスーパーでも、いつも行く店舗とは違ってなんだか地元を感じます。周りの環境や住む人達によって、別のお店に見えて、なんとも不思議な感覚です。

私もいつかここに通う日がくるのかな...そんなことを、本当にぼんやりと考えながら、歩いていました。


「疲れたよね、歩かせ過ぎたね。駅に向かってお昼にしようね」


歩き慣れている私も珍しくヘトヘトになってしまい、助け船を渡してくれる主人。優しさに触れつつ、歩いた疲れと本当にいいのだろうかという不安から、私の心はモヤモヤが残っていました。




30分ほど歩いて駅に到着。すぐにフレンチトーストのお店を発見しました。

「見て見て!パンプキンあるよ!これきっとかなちゃん好きじゃない?」

普段なら絶対に入らないようなお店を勧めてくれる優しい主人。

テラス席に案内され、私は迷わず季節のパンプキンフレンチトーストを注文しました。運よく無料ドリンクもゲット。

そういえば、クーポンや割引サービスと上手に付き合い、小さな幸せを感じることができるようになったのも彼のおかげだよな…なんて思いながら隣の主人を見つめていました。




テーブルに仲良く並ぶふたつのアイスレモンティー。



ドリンクを眺め料理を待ちつつ、いつもと違う特別感に私の気分が少しずつ晴れていくのを感じました。いつも私に元気をくれるのは、主人の優しさと気遣いなんですよね。

じゃあ、私は彼の望みを叶えてあげられる?
……まだまだ答えを出すには時間がかかりそうです。

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ショッピングモールを少し散策して、早めに帰宅することにしました。


「帰ったら、オレンジでも食べる?」


お腹減ったね、と帰りの電車での会話中、あ、そう言えば冷蔵庫にあったなと思い、私は主人に聞いてみました。



「いいね。あるものどんどん食べて、冷蔵庫の中をを綺麗にしよう」


母から送られてきてから、食べずにいたオレンジが3つ。夕食前の丁度いいおやつ。


今日は帰ったら、ゆっくりしよう。そう思いました。



***




お水にオレンジの皮を沸騰させて作った、おばあちゃんの知恵っぽいお掃除スプレーの完成。


一日中歩き回って疲れている上、夜20時をすぎているにもかかわらず、なんだか綺麗にしたい気持ちで気合いが入りました。

ふたりで手分けし、キッチンと浴室、洗面所などの水回りの磨き掃除。洗面台の大きな鏡や蛇口部分が特にピカピカになりました。オレンジの皮はどうやら、水垢汚れに1番効くようです。


「すごいじゃん、鏡が全然違う!」


40分くらいの作業を終えると、部屋中がオレンジの甘く爽やかな柑橘系の香りに包まれました。


「落ちる汚れと落ちない汚れがあるんだね」


また、新しい発見ができました。



住む場所、暮らす街が変わっても、こんな時間を大切にすることを忘れなければ、きっと私達は大丈夫。

そんなことを感じた、日曜夜のお話でした。





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