僕のニシャ #7【連載小説】
この物語はフィクションです。実在するあらゆる個人・団体・学校・組織および事件・事象などとは一切関係ありません。
また、この作品は2015年にKDP・Amazonで電子出版された作品に読みやすくするため改行や若干の言葉の変更などを加え、分割して順次掲載する予定のものです。以前の電子書籍版とストーリーにおいて変更はありません。
途中からお読みの方、#1(第一話)はこちら↓です。
ところで、いつニシャと僕に進展があるんだ? とイライラしている向きもあるかもしれない。
でも、何度も言った通り、僕は基本的にはドラマ体質の持ち主じゃない。すごく可愛い幼なじみと急激な展開などない。その時も、ないよな、ないない、ないはずだ、ないだろう、ないのかな、あるといいな……とぼんやり考えていた。
だいたいあの公園での「お話」の後だって、僕は夕飯のためにスーパーに寄らなければならなかったから、帰り道もニシャとは一緒にならなかった。「お話」の最中だって、ニシャは僕に話題をふらなかった。そもそもニシャが僕をあのヒトシであると認識しているかすら、怪しく感じるほどだった。
もしかしたら、あの寂しさのずっと奥の方に、ニシャのそういう態度が原因の部分もあったのかもしれない。だから電話が鳴った時、僕は瞬間的にニシャではないか、と思った。冷静になるまでもなく、隣の家から電話がかかるなんてことはないことは明らかなのだけれど。それは公衆電話からだった。
「俺、町野」とイットーは言った。
「ああ」と僕は応えた。
「あのさ」
「うん」
「……」
「何?」
「いや、あのさ」
「うん」
「……」
「……」
「いや、なんでもないんだけど」
「何だそりゃ」
「ああ」
「うん」
「あのさ」
「うん」
「……リュウ、さ」
「リュウが?」
「リュウ、ニシカのこと、なんか、その、言ってた?」
「え?」
「いや、何て言うか……その……」
「……いや、特に」
「そう」
「うん」
「リュウ、さ」
「うん?」
「リュウ、ニシカのこと好きなのかな?」
「何で?」
「……なんとなく」
「いや、わかんないけど」
「だから、なんか、今日、二人で帰って行ったから」
「そうなんだ?」
「あ、ああ……方向、一緒なのかな?」
リュウの家は、あの公園からなら、僕の家とは反対方向だ。当然隣の家とも反対だ。僕はそのことを言っていいものか少し迷った。
「俺さ、俺……」
「うん」
「俺……」
「うん」
「……」
「……」
僕はじれったくなった。それでつい口にした。
「あのさ、戸廻の家なら、うちの隣だけど」
「え?」
「うちの隣」
「あ……そう」
僕は、女の子の気持ちどころか、男の子の心の機微もまだ掴めてなかったと思う。
いや、なんでもない、わるいな、と言ってイットーは電話を切った。僕は、ちょっとぽかんとしてから、受話器を置いた。
やっぱり、イットーは変わってしまった。もちろん僕は友達だとまだ思っていたけれど、それでも何かが欠けてしまった。それがニシャのせいだとはわかる。でも、ニシャが悪いのではない。
強いて言えば、僕らの幼さ故の不器用が悪いのだ。それを何度も繰り返して、あるところに達するまで、男は恋をすると格好悪くなる。よくあることだ。
でも、その時仮にそうだとわかっていたとしても、きっと僕は更に強くわき上がる妙な寂しさを止めることはできなかった筈だ。何でも遠慮無く話あえたはずのイットーの声の、最後のよそよそしさに、不吉なものを感じながら、なんとなく二階にあがろうと階段に足を置いた時、チャイムが鳴った。
その時こそ僕はニシャだ、と思った。慌てて僕は扉を開けた。確かに可愛い子がそこに立っていたけれど、どんなに見詰め直しても、それは小学生以外には見えなかった。
「やあ」と僕は言ってみた。
「たすけて」と花菜は言った。
隣の家の人間が、家の敷居をまたいだのは何年ぶりだろうと僕は考えていた。
僕は花菜をソファーに座らせ、自分は床の上にあぐらをかいた。しばらくそうして黙り込んだ。小学生と話すことなど多くはないのだ。それにどうせニシャがらみだ。僕は父が遅いことに、ちょっとほっとしながら、視線をカーテンに向けた。その向こうにある隣の家の何かしらのトラブルに巻き込まれたくないと思うのと同じくらいの強さで、でも知りたい、という好奇心が疼くのを止められなかった。で、と僕は言った。
「で、何をたすければいいの?」
花菜は俯いたまま反応しなかった。僕は頭を掻いた。
「たすけるったって、できそうなことあまりないよ」
「……」
「ほら、パパとママのことなら、僕もコドモだしね。良くわからないよ」
ふっと花菜は僕の顔を見た。
「それに、つきあっちゃいけないんだろ? うちとは」
また花菜は俯いた。俯いて、言った。
「本当に、部屋変えられた」
「うん」
「一階の畳の部屋に」
「うん」
「なんか、いやだ」
「うん」
「あのひと、仲良くしようとしてくる」
「ニシャ……お姉ちゃん?」
「うん」
「いいじゃない。仲良くしなよ」
「飴とか、ガムとか、コドモじゃないのに」
ああ、家でもあんな調子なのか、と僕は思った。
微妙な年齢なんてよく言うけど、大抵の人間はどの年齢でも微妙なんだ。微妙さの質が変わるだけだ。
そして、その花菜の年齢の微妙さを、ニシャの存在が、悪く刺激した。そういうことだな、と僕は思った。花菜は言った。
「いる場所がない」
「え?」
「もう、あの家やだ」
「やだって言われてもなあ」
「やだ」
やだ、ともう一度繰り返して、花菜は僕を見た。僕は少し頭を振った。そして、ふっと息をついて、言った。
「それじゃあさ」
「うん」
「花菜ちゃんが、いる場所がないなあ、って思う時、ここに来てもいいよ」
花菜が少し驚いたように僕を見た。
「ホントに?」
「うん、あ、でも、平日の夕方までね。それ以外は父さんがいるから……ちょっといろいろ事情があって――」
「ホントにいいの?」
「いいよ」
「でも、ママが……」
「まあ、花菜ちゃんのママには内緒ってことにしとく」
「あのひとにも?」
「あ、ああ。誰にも言わない」
「ホントに?」
「約束」
指切りする? と僕は訊いてみた。花菜は首を振った。僕は立ち上がり、抱き上げるように花菜を立たせ、今日は遅いから、帰りなよ、と頭を撫でた。うん、と素直に頷いてくれて、僕は本当にほっとした。
玄関先で花菜が神津の家に戻っていくのを確認してからリビングに戻った僕は風呂に入りたくなった。自分が何かとても面倒くさい約束をしたような気がした。
でもそれ以外にことを丸める方法は無かった。父がいつ帰ってくるかもわからなかった。あれで仕方無かったんだ、と僕は自分に言い聞かせた。蛇口を捻り、流れて行く湯を僕はなんとなく見ていた。チャイムが鳴った。父さん、鍵を忘れたのか、と思いながら、僕は玄関へ出て行き、ノブに手を掛けた。鍵は掛かってなかった。
そして、今度は――今度こそは――ニシャが、パジャマ姿でそこに立っていた。言葉が頭の中から飛んで消えた。
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