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あなたと近くにいるために。言語の旅路は続く

私がスロバキア語を学び始めたのはおよそ2年前。大学院入試の半年前だった。
留学生枠ではなく正規学生としての受験だったので、面接やポートフォリオ制作、モチベーションレター執筆をスロバキア語でする必要があり、授業もスロバキア語で行われるので、スロバキア語を学ばない道はなかった。
一人旅で訪れて以来ずっと好きな国だったので、学ぶきっかけを与えられたわたしはそれは猛烈な勢いで勉強した。半年なんて不可能かと思ったけど、無謀な挑戦を楽しむことに決めたのだ。

スロバキア語の語学テキストというものはごく少ない。
旅の指差し帳はわたしのお気に入りで、風呂の中でも読むので本はベロベロのカピカピ。文法の本は1万円くらいするのだけどその価値が十分にあるすごい本だ。
あとは、YouTubeでスロバキア の昔話をわかりやすく話してくれるチャンネルがあってそれを何度も何度も聞いた。
スロバキア語は他のスラヴ言語とも同じく、動詞の変化や文型による単語の形の変化がものすごい多い。固有名詞も変わる。私の名前「ユカ」も文型によってでユキーとかユクとかユキナ、ユキノとかユコウに変わってしまう。もう頭の中は混乱状態。
なので、文法の表とかを細かに作るよりも、昔話の読み聞かせなどで文法のリズム、響きを学ぶこともとても役立つと思っている。

半年後、なんとか簡単な会話とか基本単語を叩き込み(芸術に関するものは特に)オンラインの面接やポートフォリオなど必要書類を提出。
レベルで言うとおよそA2というところだったと思う。質問に答えたり自己紹介などはできるようになっていた。
大学院では本当はB1が必要なのだけど、そこは面接で「現地で必ずB1までレベルを上げます」と言い切ってしまった。
大学院に合格、そして今に至る。

今の私は、あの頃のスロバキア語をがむしゃらに頑張っていた私に負けていないか? 時々問いかける。毎日勉強はしているけれど、自信を持ってはいと言えない私がいる。

一緒に住んでいるスロバキア人彼は日本語に堪能で、私はついついそれに甘えてしまっていた。家に帰ればリラックスして日本語を話せるということは、この上なくラクなことだ。
でも前にお酒を飲んだとき、少し彼の本音が出た。
将来のことや、日頃思っていること、過去のこと等、少し深い話をする時、ぼくは結構話せるけど、それでも言いたいことは完全にいえないことがある。知っている言葉の中で話しているんだ、と。
知らなかった。

数日後、彼の昔の日本語の学習ノートが置いてあるのを見つけた。
何冊にもわたってビッシリ書かれたノート。常用漢字、文法、四字熟語・・・
ここまでくるのにどれくらい努力したんだろう。
言語の才能だけじゃなく、半端ない努力の結果の上にあるコミュニケーションに私が甘えてばかりではダメだ。
母国語を相手が話してくれるとき、心の距離はグッと近くなる。
今度は私がもっと、彼の近くに歩み寄るべきなのだと思った。

この国でもっと楽しく暮らし、愛する人と近くにいるために。
わたしはスロバキア語を学び続ける。


Slniečko(おひさまちゃん)という子供用雑誌。スロバキアの人ならみんなが知っている。イラストの勉強にもなるし、スロバキア語のわたしの教科書でもある。

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