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【9/23開催】ノムスル×根本商店 根本厚志氏 ギャラリートーク【5000字】

2023年9月8日(金)〜24日(日)に開催された「ノムスル個展 酒味の色形」。最終日直前の23日(土)にはノムスル氏と、ウイスキーと日本酒の専門店「根本商店」の根本厚志氏によるギャラリートークが行われました。当日は満席、立見が出るほどの大盛況!
作家さんによる絵の話とウイスキーの専門家によるお酒の話、果たしてどんな方向に転がるのか…。

ギャラリートーク登壇者プロフィール

ノムスル / NOMUSURU
北海道札幌市在住。「このウイスキー、色に例えると赤っぽい気がする」「このウイスキー、こんな形っぽい気がする」などウイスキーの印象を色や形に変換して抽象画を描いている。
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根本商店 根本厚志
1987年生まれ。北海道札幌市出身。 新卒で入社した株式会社ニトリホールディングスにて、店舗勤務やロジスティクス業務に従事後、 街の小さな酒屋を営んでいた家業に戻り日本酒とウイスキーの専門店として酒屋をリニューアルオープンさせ経営改善に着手。 2023年11月30日には、札幌の新注目スポット「COCONO SUSUKINO」に角打ち併設の店舗をオープンした。
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──飲めば描かずにはいられないほど深くウイスキーを愛していらっしゃる(ように見える)ノムスルさんですが、どのようなきっかけでウイスキーを飲み始めたのでしょうか?

ノムスル氏(以下、ノムスル):10年くらい前、同僚に連れてってもらったバーでウイスキーを飲んだことがきっかけですね。そのときに飲んだのはラフロイグでした。アードベッグに似たかなりスモーキーな感じの味で、最初は正直「おいしい」というよりは「なんだこれは!」みたいな感じでした。こんな飲み物があるのかと。それまでもハイボールは飲んだことがあったんですが、ウイスキーをストレートで飲んだのは初めてだったので、強烈な印象でしたね。それから何となく気になる存在になって…ウイスキーの味わいとバーという非日常的な空間にハマっていきました。

──絵を描き始めたのは、それからすぐですか?

ノムスル:いや、しばらく経ってからですね。ウイスキーの抽象画という今の形になったのは1年半くらい前からで、その前は版画を刷っていました。できあがった作品は翌日もう一度そのウイスキーを飲みながら見直すんですが、そうすると全然違って見えることもあって。版画だと修正するのが大変なので、アクリル絵の具で描くことにしました。

──そもそもウイスキーの味わいを絵で表現する、という着想が大変ユニークですよね。

ノムスル:ウイスキーを好んで飲むようになって、味や香りの表現をよく見たり聞いたりするようになったんですが、わからないことが多くて…。たとえば「スモーキー」や「フルーティー」はわかりやすい。「ピーティー」もなんとなくわかる。でも「サンダルウッドの香り」や「ヘザーの香り」は嗅いだことがないからわからない。テイスティングノートを見てもあまり共感できなかったんです。それなら言葉じゃなくて誰が見てもわかるように、色や形にしてみたらどうだろう、その絵を見ながら話をしたらどんな会話が生まれるんだろう、と思って描き始めました。

──ノムスルさんと根本さん、お二人の出会いは根本さんがノムスルさんのアトリエを訪問したことがきっかけだったとか。

根本さん(以下、根本):ある時、知り合いの飲食店の人が「こんな面白いことをやっている人がいるよ」とInstagramを見せてくれたんです。うちもウイスキーをメインでやっている酒屋なのでそれ以来チェックしていて。ちょうど1年くらい前かな?オープンアトリエ(※1)でお会いしたのが初対面ですね。

※1 隔月で開催されているノムスル・アトリエ開放日のこと。普段ノムスルさんが絵を描いているアトリエで、ウイスキー抽象画を鑑賞したり、絵の題材になったウイスキーをテイスティングできるイベント。

──ウイスキーの絵を描き始めて半年ほどで、すでに界隈の人たちには知られていたんですね。

根本:感度が高い人、色々なアンテナを張っている人たちは早い段階から注目していたと思いますよ。

──お二人に改めてお聞きしたいのですが、ウイスキーの魅力ってどんなところにあるのでしょうか?

根本:ウイスキーの一番の特徴は「時間を豊かにしてくれる」こと、だと思っています。日本酒もワインも飲みますが、食事と一緒に味わってペアリングを楽しむ要素が強い。一方ウイスキーは飲みながら好きな音楽を聴くとか映画を観るとか、1日の最後に自分の時間を豊かにしてくれるようなお酒だと思っていて。ウイスキーを飲んでいると、時間がゆっくり流れるような気がするんですよね。同じ蒸留酒でも焼酎では同じようにはならない。ジンはまだ可能性がある気がしています。ウイスキー愛好家の年齢層が高いのも、20代よりも40代、50代の方が時間の余裕を楽しめるからかもしれません。

ノムスル:僕は絵にも表現していますが、最初に口に入れた時の味わいと喉を通った後の口の中に残る味わいの変化に魅力を感じます。ほんのわずかな液体が口の中でめまぐるしく変化して、ウイスキーを飲んでいるときはその変化を楽しむ至福の時間なんです。

──最近は日本のウイスキーが世界的に注目されて入手しにくくなっていると聞きます。

根本:そうですね。2015年頃からジャパニーズウイスキーが注目されるようになって、ここ20年くらいで中国などのアジア圏にも広がりました。色々な国で飲まれるようになって供給が追いつかず、価格も高騰しています。

──国内の蒸留所も増えましたよね。北海道内だとニセコや利尻、馬追蒸留所に注目が集まっています。

根本:国内の蒸留所は今100ヵ所くらい(※2)あるんじゃないかな。5年くらい前まではまだ物珍しさもあって作れば売れる、という勢いでしたが今はもう違いますね。お客様がちゃんと味や品質で買う・買わないを判断しています。特にクラフト蒸留所のウイスキーはどうしても価格が高くなってしまうので…金額に見合う価値があるのかお客様の目がシビアになった結果、苦戦している蒸留所もあれば売上を伸ばしている蒸留所もあります。

※2 ウイスキー文化研究所 JWICのウェブサイトによれば、2023年11月現在で国内には109の蒸留所がある。

──根本さんはお仕事がら、全国の蒸留所に足を運ばれていらっしゃるそうですね。

根本:はい、作り手の顔が見えるとやっぱりお店で気持ちを入れて販売できるので。つい先日も新潟の亀田蒸留所を訪ねました。2021年に蒸留をスタートした蒸留所で、2023年にはニューボーン(※3)「ニューポットPeated」がウイスキーの世界的品評会「ワールドウイスキーアワード2023」の「ワールドベスト/世界最高賞」を受賞しました。お話をうかがうと、信念も理念もしっかりあって蒸留の技術やアイデアも十分、そしてこれがとても重要なポイントですが、経営母体が日本一のハンコ屋さん(※4)なので資金力がある。設備もとても立派でした。
北海道内だと厚岸蒸留所は群を抜いて「いいウイスキーを作ろう」としている蒸留所だと感じましたね。実際に品質のいいウイスキーがリリースされています。北海道長沼町の馬追蒸留所は、原料のすべてを北海道産にしたい、と言っています。中標津町で作ったモルトを使って、蒸留から貯蔵まですべて北海道で完結させたウイスキーを数年後に作ろうとしている。北海道のポテンシャルに賭けているんですね。
もしこれから日本のウイスキーを飲んでみようかなと思っている人は、ボトルで買う前にバーに行って1杯飲みながら、バーテンダーにそのお酒や蒸留所について話を聞いてみると面白いかもしれません。ストーリー込みで蒸留所のファンになるというか、その方が失敗も少ない気がします。

※3 樽詰めして日が浅い熟成途中のウイスキー。一般的には3年以上熟成したものがウイスキーと呼ばれる。
※4 亀田蒸留所は業界トップシェアを誇る「はんの大谷」の新事業としてスタートした。

ノムスル:お店に立たれていると毎日のことだと思うんですが、おすすめのウイスキーを聞かれた時はなんて答えていらっしゃるんですか?

根本:まずご自宅用か贈答用か聞いて、贈答用ならどんな人に贈るのか、予算はどのくらいか、コミュニケーションを取りながら掘っていきますね。僕やノムスルさんのようにウイスキーがものすごく好きな人なのか、飲みに行った時にハイボールをよく飲んでいる人なのか、前者ならちょっとマニアックなものをおすすめして、後者なら比較的入手しやすくて安定的においしい銘柄をおすすめします。

ノムスル:お客様におすすめするために自分でも飲んで、自分の感想を持っていらっしゃるんですよね?

根本:そうですね。でも先ほどの話じゃないですが「ヘザーの香り」云々言ってもわからないので、テイスティングした時に捉えた大体の特徴を伝えて、後はお客様に判断してもらっています。

──なるほど、ウイスキー選びに迷ったらとりあえず根本商店さんに行くのが間違いなさそうです。ちなみに根本さんが今お気に入りの1本は何でしょうか?

根本:こう…順繰りに回ってくるんですよね、飲みたいウイスキーが。アードベッグのようにヘビーピーテッド(※5)なものが飲みたい時もあれば、ライトなものを飲みたい時もある。最近は結構ライトな気分なので、グレングラントリンクウッドクライヌリッシュ…クライヌリッシュは少しオイリーな感じがしますが、そういうのを好んで飲んでいます。でもずっとではなくて今度は甘い感じのものを飲みたくなったり、またピーティーなものが飲みたくなったり変化していくと思いますが。

※5 スモーキーな香りが非常に強いウイスキーのこと。正露丸やヨウドチンキの香りにたとえられることも。

──飲みたいウイスキーのサイクルは何に影響しているのでしょうか?季節?それとも精神的なもの?

根本:わからないですね、分析したことはないです。おそらく気分だと思いますが…。あ、でもこれはよくお客様に説明するんですが、春はバーボン樽なんですよね。フルーティーで飲みやすく感じるものが多いので。逆に寒くなるとこってりしたものを飲みたくなるので、シェリー樽の方が合う気がします。実際、冬の方がシェリー樽のウイスキーが売れていますね。

──ウイスキーを飲んだことがない人には、最初の1杯に何をおすすめしますか?

根本:とりあえずアードベッグとラフロイグはすすめないですね。

ノムスル:笑

根本:ちょっとインパクトが強すぎるので、最初は飲みやすいものが良いと思います。リンクウッドとか。それから2杯目、3杯目で少しずつピーティーなものに挑戦してもらって…という流れですね。

──ノムスルさんに描いてもらいたいウイスキーはありますか?

根本:同じ銘柄の年数違いは、絵にしたらどう変わるのか興味深いですね。

ノムスル:考えたことがなかったですけど、それ面白いですね。

──ちなみに一度描いたウイスキーを再び描くことはないのでしょうか?

ノムスル:うーん、今のところ描いてはいませんね。別に嫌というわけではないですが、ウイスキーが好きなので飲んだことがない銘柄を飲みたい。となると必然的に常に新しい絵を描くことになります。

──ウイスキー以外の絵を描くこともなさそうでしょうか?

ノムスル:そうですね、まあ飲んだ感想を描いているだけなので、描こうと思えばワインでも日本酒でも何でも描けると思うんですが、あまりやりたいとは思わないですね。

──たとえばワインのプロモーションで「ワインの絵を描いてほしい」と依頼があったら?

根本:それはやるでしょう?

ノムスル:笑。チャレンジはするかもしれないですね。

──最後に、会場にお越し頂いているお客様からの質問にもお答え頂きたいと思います。まずひとつ目の質問です。
「日本にも『ワールドウイスキーアワード』のようなウイスキーの品評会はあるのでしょうか?あるとしたらそれって世界でも参考にされるものなのでしょうか?」

根本:日本でもやっています。それが世界的にどう評価されているのかはわかりませんが、国内の蒸留所の人に聞くと金賞やシルバーを取ると海外からの注文数が増えるらしいので、見ている人はいるんだと思います。国内も国外も賞を取ってハクがつくと販売しやすく、消費者側も買いやすい(選びやすい)というのは同じですよね。

──続いてはノムスルさんへのご質問です。
「今後、完全にブラインドで絵を描くことはありますか?今はウイスキーのボトルを見た状態で描いていると思うのですが、銘柄がわからない形で持ってきたものを描くとか…」

ノムスル:実は下描きまではやったことがあるんです。でもあまり好きじゃなかったので描くのをやめてしまいました。結局どの銘柄だったかも忘れちゃったくらいです。でもブラインドで描くことには何の抵抗もないですね。どの銘柄か当てることは絶対にできないと思いますが。

──続いてもノムスルさんへのご質問。こちらが最後になります。
「どのようにして絵を描くのでしょうか?下描きはしますか?それとも下描き無しに塗り重ねていくのでしょうか?」

ノムスル:公式のテイスティングノートの言葉がわからないとは言いましたが、まず味の感想を自分の言葉で書きます。「ナッツっぽい香り」「ツンツン強い感じがした」「りんごジュースっぽい」とか。飲み始めと後味の印象、香りなど感想をメモしつつ、色やどの印象が幅をきかせているのか構図も描きます。大体全体像が見えたらキャンバスに描き始めます。飲んで描いてまた飲んで描いて。

根本:白っぽいウイスキーはちゃんと白っぽく描かれていたり、そうそうこんな印象だよね、と思うことが多いですよね。構図解説を見るとなお一層納得できます。

ノムスル:嬉しいですね。ウイスキーに詳しい方から「全然違う!」と言われることもあるので。でも味の感想なんて人それぞれですから「僕はこう感じた」というものを絵にしているので、絵を見て自分の印象と違ってもいいと思うんですよね。

──絵を見てウイスキーを味わって「私も同じ色に感じた」と感動したり「私はちょっと違う色だと思った」と感想を言い合ったり、それぞれが自由に絵を感じてもらうことが今回の個展の目的でした。きっとご来場の皆様各々、絵とのシンクロを楽しんで下さったことと思います。
これにてギャラリートークを終了させて頂きます。ノムスルさん、根本さん、そしてご来場の皆様、本日はありがとうございました。

ギャラリートーク進行&原稿担当:笹山浅海(Manubooks.inc


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