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サウナでの体験が違法薬物のそれだった話

久々に会った友人の様子がおかしい。
警察に連れて行った方がいいのかもしれない。

先日、馬越は高校時代の友人から久しぶりにご飯に誘われ、バイトを終えて指定の喫茶店へと向かった。

結婚の報告だろうか。
すごく良いやつだから盛大にお祝いしてやろう。
結婚式の司会とか頼まれちゃうのかな。
スーツ用意しなきゃな。
お金ないな。
でもこいつのためならえんやこらだね。

といったワクワク及び高揚感は、再会早々に友人から発せられた「お前に是非お勧めしたいものがある」というセリフによって打ち砕かれた。

「痩せるよ」
「イライラが取れてスッキリするよ」
「肌も綺麗になるよ」
「頭がシャキッとして仕事がはかどるし」
「最高の気分が味わえる」
「みんなやってる」
「やってない方が珍しい」
「ちょっとだけ試してみない?」
「試した方がいいと思う」
「今日、一緒に試そう」

友人から怒涛のように発せられる、もうそれだけで逮捕されちゃうんじゃないかという違法色にまみれた言葉たちに馬越はしばし絶句した。

そうか、ここは東京だった。
田舎者だったあの頃とは違う。
馬越がバイトに明け暮れる日々の中で、友人もこの大都会で様々な経験をしたのだろう。
それは仕方のないことなのかもしれない。

でも怖い。
すごく怖い。
今すぐにでも帰りたい。
帰りたいけど頼んでしまったメロンソーダがまだ来ない。
帰るにしても一口だけ飲んで帰りたい。
650円もするんだから。

そんなことを馬越が考えていると、友人の口から聞いたことのない誘い文句が飛び出した。

「とにかく身体が“トトノウ”んだよ」

ん?なに?
トトノウ??
ほぼ“トトトン”というリズム音にしか聞こえなかったが彼は今なんと言ったんだろう。
もうリズム音で会話をするほどに彼の脳は崩壊しつつあるのだろうか。
薬物の恐ろしさを改めて感じていたところ、彼はこう続けた。

「とにかく近くにいいサウナがあるから、今から行こう」

そう言われて、馬越は上野にある「サウナ&カプセルホテル北欧」に友人と足を運ぶことになった。

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血に染められたような真っ赤なビル。
友人を廃人にした悪の巣窟である。
サウナは表の顔。
裏には何が隠されているのか。

最上階の受付で入場手続を行う。
3時間滞在できる「クイックタイム」を選び、一人1,000円を払う。
3時間も滞在できるのにクイック?サウナに入るだけなのに?
もう怪しい。もう通報したい。
受付の後ろに舘ひろしのサインがあった。
馬越の鼓動が高まった。

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友人に導かれるままに浴場に。最初に身体を洗う。
なんだなんだ。ただの銭湯じゃないか。
そう言いたげな馬越を見て、友人は高らかに宣言した。

「サウナに、入るぞ」

サウナの中では、裸の男たちがひしめき合い、暑さに顔を歪めながら汗を流し続けていた。
時折、”ヴゥー”とか”グォー”とか”アツイヨー”いった声が漏れてくる。

地獄絵図とはこのことを言うのだと思った。
”アツイヨー”に関しては、みんな無視しつつもちょっとイラっとしてるのが分かった。

馬越の身体からも汗が吹き出す。
もうダメだというタイミングで友人と外に出て、そのまま水風呂に。

水風呂は想像の8倍冷たかった。
腹の底から冷たさが這い上がってくる。
急激な温度変化に体がパニック状態になったところで外気浴に向かう。

ここがととのいスポットだ

友人は恍惚とした瞳でそう口にした。
どういう意味か知りたかったのだが、友人はそこから何を聞いても「ここでととのう。ととのうんだ」としか答えなくなってしまった。
目の焦点が合っていない気がする。

友人との会話を諦めた馬越は、とにかく苦行に耐えた身体を休めることにした。
外気浴スペースに座り、天を仰ぐ。
灼熱からの冷水という天変地異を経験した身体は、全身がピリピリと静電気を帯びたような状態になっていた。

時間の無駄だった。
言われるがままにここまで来たが、何も起こらない。
なにが「ととのう」だ。期待だけしてしまった。
たかがサウナじゃないか。
だらしないおじさん達の堕落空間。
他には何もない。
身体を洗って先に帰ろう。

そう思い、立ち上がろうとした瞬間だった。


フワリッ


一瞬、体が宙に浮いた気がした。
なんだ。今の感覚は。一体。

あたりを見渡しても変わった様子はない。
裸のおじさんたちが思い思いに外気浴を満喫している。

気のせいか。
立ち上がって隣に座っていた友人に声をかけようとしたところ、友人は人差し指を立ててこう言った。

「もう1セット。全部で3セット行くよ」

全日本バレーのヘッドコーチかと思った。
自信に満ち溢れ、今にも「俺がメダルを取らせてやる。ついてきな」と言い出しそうな表情をしていた。
その眼力に逆らうこともできず、馬越は2セット目に突入した。

2セット目は慣れたものである。
サウナに入り、"アツイヨー"を無視しながら汗を流し、冷水に耐え、外気浴に突入。
今度はビーチチェアに仰向けになる。

あー。空がきれいだ。
そんなことを思いながら雲を眺める。
サウナで熱せられた身体内部の熱さと、水風呂で冷却された表面の冷たさが身体の真ん中で融合する。
ジワー。ジワジワー。
心臓の鼓動が心地よいリズムを刻む。
トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン…



スコーーーーーーーーン!



次の瞬間、馬越は宇宙を漂っていた。
果てしなく広がる宇宙空間。
馬越の身体も重力に逆らって浮遊し、宇宙空間に広がっていく。
どこまでも、どこまでも、どこまでも。

異様な幸福感に包まれ、自然と口角が上がっていることに気づいた。
笑気ガスか何かがどこからか噴出しているのだろうか。
チェッカーズの『ジュリアに傷心』が爆音で流れ始めて、首を掻っ切られるのかもしれない。

しかし幸いにも、馬越の番とはならず、ただひたすらに宇宙と一体になる感覚に身を委ねていた。

そう、馬越は”ととのった”のである。

初回でととのうなんてラッキーにも程がある。
後に友人は、悔しそうに笑いながらそう話していた。



次の週末、馬越は喫茶店で中学の同級生が来るのを待っていた。
十年以上ぶりの再会。
今は結婚して子供もいるらしい。

カランカラン。

喫茶店のドアが開き、同級生が現れた。
何も変わらない懐かしい顔。
彼が席に着くなり、馬越はこう言った。

「お前に是非お勧めしたいものがある」

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