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blew up spirit 2

「彩乃にぴったりの仕事があるんだよ」
西田彩乃は仕事を辞めてゴミ屋敷の様な部屋で貯金を切り崩しながら生活していた。
金を与えていた男は以前よりも入り浸る様になった。新山アキラと言う名前だった。
「一対一で接客する仕事でシンプルだし、好きな時に出勤していいんだ」
アキラは散らかっているゴミを片付けながら言った
「いつまでも引き篭もったままじゃ健康に悪いし、取り合えず始めてみなよ。知り合いの店だから優しくしてくれるからさ」
貯金は半分以上使い尽くし、実家からの連絡も断っている為収入が必要だった。
「まずは1週間だけお試しで入るってパターンもあるよ」

彩乃が風俗業に従事し8年が経過した。
アキラの言う通り基本1対1の接客の為雑務が少なくマルチタスクにもなり難い、休みも取り易く、適度に身体を動かし体力を使う所も彼女の性に合っていた。
最初の数年こそは手間取ったが、自分のペースで仕事を続けられる所も功を奏し少しずつ固定客が付き始め、3年目には店のナンバー1を獲得した。
しかし8年目を過ぎた辺りから固定客が遠のき始め、最近では暇になる事も増えていた。
彩乃には3歳になる娘が居た。アキラとの子供だが、籍は入れていなかった。育児に時間を割く為にも夜間のシフトを削らざるを得ず、収入に不安が生じていた。
「彩乃ちゃん、先週話した移籍の話は考えてくれた?」
彩乃の勤める風俗店の店長は小柄の女性だった。スタッフの体調管理や精神状態にも気を配り、多くの人間から信頼され、彩乃が長期間この店で働けたのはこの店長の力でもあった。
「まだ少し悩んでいて…」
移籍とは加齢により利用客との嗜好性にズレが生じた場合に行う修正人事の事である。この場合熟女店へ移籍する。
熟女店のメリットとは若いスタッフが需要が高い店舗に比べ、高齢のスタッフでも客がとれると言う所にある。逆にデメリットとしては、熟女店では「特別なサービス」をしなければならない暗黙の風潮が強いと言う点がある。本番行為と言う違法行為である。
彩乃は幸いにもそう言った行為をあまり行わずに続けて来られたが、熟女店に移籍となると話は変わってくるかも知れない。その為に移籍の話を受け切れずにいた。
「店長すいません、表に変な人が来て責任者を呼べと言っていて…」
事務所に若い男性スタッフが困惑の表情を浮かべながら店長を呼びに来た
「変な人?」
店長と彩乃は男性スタッフに連れられ表へと向かった。

「弱い女性を食い物にして恥ずかしくないんですか!?」
店の外で女が声を張り上げ叫んでいた。長髪黒髪で鼻ピアスをした瘦せ型で、黒の合皮のタンクトップにメッシュのカーディガンを羽織り、フレアーのパンツにハイヒールを履いていた。
「私は女性の権利を守るために活動をしています。風俗業の様に無知な女性を陥れる職業は看過する事ができません!店長を呼んでください。」
スタッフと通行人たちの間に(なにを言っているんだこいつは…)と言う空気が流れる。
「私が店長です」
店長は40代前半の女性で、黒髪のボブヘアで丸眼鏡を掛けている。白シャツの上に黒のベストとネクタイを着用しており、スラックスとヒールの低いパンプスを履いていた。
「あなたが店長さんですね。女性の方とは意外です。私は鏑木紗英(かぶらぎさえ)と言います。フェミニストです。」
鏑木紗英は店長を軽く睨み付けながら続けた。
「このお店では行き場のなくなった女性の立場を利用して悍ましい行為を強要しています。また場合によっては性行為もする違法な場所だと言うことをご自覚されていますか?」
店長は無表情のまま反論する
「いえ、この店で働く女性は皆自分の意志でこの場におり、自分の意志で仕事をしています。それに、この場所ではあなたの言う様な違法な行為は一切行われていません。証拠を出してください。」
鏑木紗英は吐き捨てる様に鼻で笑い反論した
「自分の意志だなんて!そんなのそう思わせる様に差し向けてるだけに過ぎない!」
鏑木紗英は彩乃を手で指し示しながら聞いた
「あなたは本当に自分の意志でここで働いていますか?お金のない状況に追い込まれ、他に何もできないと思い込まされ、ここに連れて来られたんじゃないんですか!?」
(えっ…………?)
彩乃は押し黙るしかなかった。鏑木紗英の言う事は当たっているとも言えないが、間違いとも言い切れない質問だった。
店長が怒気を込めて鏑木紗英に言った
「スタッフまで巻き込まないでください」
店長は少しため息を付いてから反論した
「お金のない人、他に行き場のない人も勿論この店にはいます。しかしその状態に追い込んだのは我々風俗業ではありません。原因は自分であったり世の中であったり様々です。そういう人たちの受け皿として風俗業が機能しているだけであって、原因を擦り付けるのはお門違いです」
彩乃はふと思った
(店長ってこんなに喋るんだ…)
鏑木紗英は腕を組みながら言った
「確かに風俗業がセーフティーネットの様に機能している側面もあります。しかし、言い換えるなら風俗業が蔓延っている以上他のセーフティーネットが生まれないと言う事でもあります。生活や人生に苦しんだ女性を受け止めてくれる受け皿が、見ず知らずの男の陰部をしゃぶる様な悍ましい場である事はあってはならないのです」
店長は鼻で笑いながら言い放った
「だったら、他に何があるんです?あなたがそれを準備してくれるって言うんですかね?世の中に風俗嬢が何人いると思うんですか?行き場のない女の子達がどれだけいると思っているの?その子たちをあなたが救えるとでも?」
鏑木紗英は神妙な顔つきで言った
「今すぐ全員を助ける事はできませんが、少しずつ変えていく事はできます。それにはまず風俗業を無くしていく事が先決ですが」
店長は諦め顔で言った
「どんな仕事があるの?」
鏑木紗英は言った
「今構想しているのは助けが必要な女性達の為の共同体の様なものを作り、そこで運営する事業の仕事を割り振る計画です。調理師、フラワーアレンジメント、キッチンカー業務、訪問介護などですね…」
彩乃は会社員時代にイベント業務に携わっていた事を思い出した
(そう言えば、会社のイベントにキッチンカー来てて面白そうだったなぁ…) 


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