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【禍話リライト】おとうさんはおかあさん

 どれほど物覚えが良いひとでも、記憶、というのは確固たるものではない。しかも、周りに聞いて自身の記憶との齟齬があると、それはもう立派な怪談となる。
 加えて日常の中の少し不思議な事・・・・・・・というのは、まぎれてしまいやすい。
 これは怖い話じゃないけど、妙な体験だったとかぁなっきさんが聞いてきた話。

【おとうさんはおかあさん】

 Aさんが高校生の時の話。
 夜の10時ごろ、二階の自室でイヤホンでラジオを聞いていた。
 それほど遅い時間ではないものの、寝るのが早い両親に気を使った形だ。目の前の勉強机には、教科書とノートを開けているが、心はどちらかというとラジオに傾いていた。
 イヤホンは、左耳だけで右耳は普通の状態だったという。
 だから、小さな音でドアをノックする音にも問題なく気付いた。
 しかし、ここで若干の違和感を感じる。
 この家は、建てられてからずいぶん経っていて、この部屋に続く階段を音を立てずに上ることは不可能に近かったからだ。
 また、ノックをするなどというのはA家のルールにはなかった、建付けの悪い階段を上る音で接近は分かるだろうというのが共通認識だったからだ。
『なぜノックなんかするんだろう?』と疑問に思いつつも返事をした。
「何ぃ~?」
「お母さんだけど」
 おかしい。
 母を名乗るその声は、父親のものだった。
 加えて、自宅で母の一人称は「お母さん」ではない。
「はぁ?」
「お母さんだけど」
 不毛なやり取りがもう一度繰り返される。
 父親は真面目一辺倒の堅物で、こんな冗談をするような人ではない。しかも、ここしばらく会社の仕事が忙しいということで、いつもより遅い帰宅が続いていた。
 コンコンーー。
 ノックの音は続く。
「父さん酔ってるのか」
 反抗期の息子にすれば、この程度の反応はありうることだろう。
「お母さんだけど」
 明らかに父親の声で同じことが続く。そのタイミングで、聞いていたラジオが耳なじみのあるジングルとともに、CMに移った。
「何だよ、もう」と扉を開けると、そこには誰もいなかった。
 階段も電気が点けられていない。下へ続く真っ暗な空間の向こうに、一階の豆球の明かりがぼんやりと見えた。
 部屋に戻って、続きのラジオを聞く。
 しかし、奇妙な出来事に尻のすわりが悪く、内容が入ってこない。
『どうせ友人の誰かが録音してるだろう』と、ラジオの電源を落とす。
 確認というほどでもないが、階下の様子見に降りた。

 足音を忍ばせて、両親の寝室のふすまを少し開けた。
 中には布団が二つ並べて延べられており、母親が寝ていた。隣に寝ているはずの父親の布団は、今しがた抜け出した後のように掛布団がめくれている。
「あれ?」
 小さな疑問符にも母親が目を覚ます気配はない。
 廊下に戻って小さな家の一階を見渡すが、トイレもリビングも電気が点いている様子、人がいる気配はない。
『タバコでも買いに出かけたのか』
 玄関を確認するものの、父親の靴も、近所用のつっかけもある。
「おっかしいなぁ」
 疑問は解消しないままだが、母親を起こすほどのこともないと思ったので、二階へ上がってそのまま寝た。

 翌日朝起きても、父親の姿はない。
 ガレージを見ても、出勤に使う車もそのままだ。
 母親に聞いても返事は要領を得ないし、何よりそれを聞くことが何かはばかられるような感触を受けたのだという。
『母親は何か知っていて、特別な用事でもあるのか』
 そう思って、二日ほど経った。学校から帰宅すると普通に父親がおり「おかえり」と迎えてくれた。
 いつも通りの父親だが、普段ならこの時間はまだ会社におり、家でテレビを見ながらくつろいでいるようなことはない。
 何となく、「数日家にいなかったよね」と聞きそびれた。
 聞くことができなかったのは、母親の自然な対応も後押しをしていたという。

 成人した後に、「そういえば昔こんなことなかった?」と母親に聞いてみたことがある。
「そんなことあったかね」
「いやあったよ、二日ほどいなかったことが」
「あんたが高校2年の時といったら、父さん大事な仕事を任されていて、結構、連日遅くまで会社にいた時期だから、そんなことあったら大騒ぎじゃない。ストレスで失踪だなんて。ないない、ないわよ」
 そこまで言い張られると、反論もできない。また、母の真剣な表情を見ていると自分の記憶違いなのかとも思ってきた。
 それでも、最後に確認をしたくて、直接父に聞くことにした。
 ただ、直球で「二日間いなかった」と聞くのは母の反応もあって気が引けたので、こういう質問の仕方をした。
「覚えてるかな、酔っぱらって俺の部屋に来て『お母さんだよ』って言わなかったっけ?」
 すると、堅物の父親は相好を崩し、
「そのことは言わないでくれよぉ」
とだけ言って、Aさんの肩を握って、そそくさとその場を後にしたのだという。
 残されたAさんは、「気持ち悪っ」とだけ口にして、以来確かめることはしていない。

                          〈了〉

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出典

禍話アンリミテッド 第九夜(2023年2月18日配信)

22:30〜

※本記事は、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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