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【禍話リライト】三田さんのマンション

 怪談には、「確かに不思議な話だが、それは人が怪異に影響されたのか、怪異が人に影響されたのかどちらだろう」というものもある。あるいは、これは卵が先か、鶏が先かというものなのかもしれないが。
 この話は、そんなことをぼんやりと考えていただきながら読んでいただければ。

【三田さんのマンション】

 テーブルトークRPG(TRPG)という遊びがある。ボードゲームとRPG(ロールプレイングゲーム)を足したようなもの。
 ゲームマスターという人がプレーヤー何人かに物語を示し、その中で戦闘や成長、謎解きを楽しむ遊びだ。今では、携帯のアプリなどで昔のようにテーブルを囲む必要もなくなっているという。
 禍話もそのモチーフとなっているそうなのだが、ゲームの形にするには、しっかりとした舞台背景、物語などの骨子が必要なのだという。

 Aさんは、仲間内でホラーのTRPGを作っていた。といってもこのご時世のこと、仲間のBさんとWEB会議サービスを用いて話し合っていたのだという。しかし、アイディアも出尽くし、時間も深夜に差し掛かった。こういう時のアイディアは時を経て見直すと粗が目立つことが多い。深夜のテンションが成すものなのだろう。
 そのときは、二人で「イケる」「面白いんじゃない」と言っていたものの、翌朝どうだろうと思いながら、走り書きのメモを見直してみた。

 内容は、密室脱出系のもので、あるマンションが夜の10時になると防火シャッターが下りてしまい施錠される。その後、部屋に隠れていないと「警備員(仮)」が出てきて、見つかると襲われるというような設定だった。
「なんじゃこら」
 メモを見て思わずつぶやいた。そんな設定の映画があったなと思いながら、すみっこに走り書きされた下手くそなシャッターの挿絵を見やる。
「マンションが10時に閉まるのは設定的に無理があるか。オフィスビルや病院の施設ならまだしも。逆に斬新だと感じたのか……」
 翌日、一緒に物語を作っていたBさんに「これはないな。棚上げにしておこう」とSNSで伝えると、「深夜テンションで作るとダメだね。私も手元のメモを見た。施錠の感じや警備員(仮)のディティールが書いてあったけど全然面白くなかった」との返事があり、互いに笑ったという。
 「まぁ、冷静になって時間を置いたら生かす方策も見つかるかもしれないから、1週間ほど置こう」

 そう言って2日たった晩、Aさんは夢を見た。
 大学時代の友人Cさんの夢だ。当時は一緒の寮に暮らしており、卒業後に就職してからは、互いに近くに住んではいることを知っていたが直接的な行き来はなかった。
 知ってはいたが、使ったことのない番号から連絡があり、Cさんの家に行くことになった。
 Cさんの単身者用の部屋はマンションの二階にあった。夢の中なので、セキュリティなどはあいまいなままだ。その部屋を訪れチャイムを押す。返事はない。ノブに手をかけると問題なく開くものの、Cはいなかった。部屋に入ると、チャイムが鳴って大学時代の友人が次々と訪れてきた。さながら、プチ同窓会の様相を呈す。
「何だよあいつ、呼んどいてさぁ」
「まだ帰ってこないのかよ」
 狭い1LKは人で一杯になり、玄関先まで人であふれた。それぞれ持ち寄った食材を口にしながら、立食パーティーのようになる。Aさんは人に押されて、部屋の奥にある窓際まで追いやられた。何気なく擦りガラスを開けると、薄暗い裏道が見えた。何の変哲もない細い路地だった。
 そうするうちに、再度チャイムが鳴る。周りの顔ぶれをみると、他に来るような心当たりはない。誰かが扉を開け、やり取りをしている声が聞こえる。
「すみません、こんなに人がいるんですが、家主は留守なんです」
 一番入り口にいる同級生が、説明をしているようだ。
「何だって?」
 その後すぐに玄関近くまで戻ったAさんがその同級生に聞くと、「このマンション10時に入口が閉まっちゃうらしいよ」と返ってきた。冷静に考えると、おかしなことなのだが、夢の中の自分は気づかない。時計を見ると、10時を5分ほど回ったところだった。
『過ぎちゃってるけど、確認で周っているということなのか』Aさんは内心で思う。
 遠くで金属とモーターが動く音が聞こえてきて「ほら、これじゃない?」と応対した同級生が言う。
「どんな人だった?」
「え? 普通の警備員さんみたいな人だったけど」
 Aさんが混乱する。『これは夢?それとも……』
 数日前に話したゲームの設定との奇妙な共通点に気付いたときに目が覚めたという。
 夢の中では小さな違和感を感じただけだったのだが、ベッドの上で起き上がると、汗でびっしょり濡れていた上に、声がガラガラだった。おそらく、大声で叫んでいたのだ。
 げっそりと痩せているほどの感触だったという。
 髪の毛や脇は汗でびしょびしょなので、そのままシャワーを浴びながら、『ゲームのことを考えすぎたから夢に見たのかな』と納得はしたものの、『なぜ行ったこともないCのマンションだったのだろう』と小さなしこりはぬぐえなかった。

 夢を見た次の日、同窓会の誘いが来た。その週の金曜の晩に近くの居酒屋での開催だという。「おお、いいよ」と二つ返事で了解して、仕事を早めに切り上げて会場へ向かった。
 店では、夢で見たメンバーがたくさんいて、くだらない話を繰り広げた。「仕事はどうだ」「結婚の予定はないのか」「その後あの彼女とどうなった」等々。その場には、夢には結局出てこなかった部屋の主、Cも来ていたという。
 ひとしきり盛り上がった後に、AさんはCと同じテーブルに二人きりになった。近況などの話題は出尽くしていたし、数日前に見た夢などのこともあったので、少し気味が悪いなと思っていた。
 たまたま、居酒屋のポスターがお化けがらみのものだったことから、「そういえば昔ホラー映画を見に行ったな」という話題から発展してCが言う。
「ホラーじゃないんだけど、最近うちのマンション、夜になると妙に静まり返っちゃうんだよね」
と水を向けてきた。偶然とは言えない話題にAさんが問い直す。
「いや、それまで人の出入りがあるのに、夜の9時か10時を過ぎると急にね、静かになってしまうんだよ」
 ホラーゲームの設定のことや、夢のこともあったので内心大いに驚いたが、「そ、そうなんだ」と控えめな返事をした。
 Cは話を続ける。
「それで人気のなくなったマンションの中を誰かが歩き回るんだ。それも、エレベーターを使えばいいのに、階段で。うち、古いマンションだから非常階段に出る扉が重くて大きな音がしてさ、それが響くんだよ。あれ、誰なんだろう。そんな時間まで管理人がいるわけないし」
 Aさんは、あまりの気味悪さに酒が進んでしまい、泥酔してしまった。本当は、二次会に行く予定だったが、ぎりぎり自分が客観視できる程度まで鯨飲してしまったので、家へ帰ることにした。

 あまりにAさんの足元がおぼつかないため、帰る方向も近いということもあって、Cさんが送ってくれることになった。タクシーに乗ったらシートで戻してしまいそうなほどだったため、酔い覚ましも兼ねて歩いて帰ることにした。居酒屋とAさんの家の間にCさんの住まいがあるような位置関係だったという。
 ところが、歩いて帰宅していると、あまりにAさんの酔いがひどい。
「これじゃ家まで帰れないぞ、明日休みなんだから、うちにきて少し休んでいくか、ほら、そこだ」とCさんが指す。
 Aさんが目を向けると、夢で見たのとは全く違うマンションだった。当たり前だが、オートロックもしっかりしている。
 入ってすぐのところに管理人室があった。『あれ、これ、夢で見たような』ぼんやりとカーテンを引いた小窓に目を向けてAさんは立ちすくんだ。カーテンの柄などに見覚えがある――ような気がする。しげしげ見ていると、その向こうで誰かがお辞儀をしたような気がした。反射的に思わず会釈を返すと、Cが「おまえ何してんの?」と聞く。
「中真っ暗だろ、7時過ぎたら管理人さん帰るんだから、人なんかいないよ。ガラスに映った自分に会釈するなんて、まだ相当酔ってるな」
と笑われた。確かに、中が暗い部屋のガラスは鏡のように反射するものの、鏡像が先にお辞儀をする・・・・・・・・・・・ようなことがあるだろうか。
 エレベーターを上がる。その様子も、降りる階も、外階段の様子も玄関のしつらえも全く夢とは違った。Aさんは内心、安心しながらもCさんの部屋へと辿り着いた。
「水を持ってくるから、そこのソファーで休んでろ」
「ありがとう」
 少し横になったこともあってか、楽になってきた。夜風に当たりたくて、部屋に備え付けの小窓を開けた。すると、そこにあったのは夢で見たあの裏路地の光景と全く同じだった。
 『あれっ!? これヤバくないか』
 完全な一致にあらかたの酔いが醒めてしまった。全部が一致したのなら、本当に恐ろしいが、裏路地の光景のみが重なるのはかなり気味が悪い。デジャヴどころの話ではない。
「俺、ちょっと気持ちが悪い」
「知ってるよ、だから、俺んに来たんじゃないか」
「そうじゃなくて……。休んで、だいぶ良くなったから。歩いて帰るわ。近所だし。大通りに出れば道も分かるし」
「待てよ、こんな時間なんだから泊って行けよ」
 Cの申し出に、壁掛け時計に目をやると10時前だった。一次会で帰ってきたのだから順当な時間だが、社会人にとってそれほど遅い時間だろうか。
「な、遅い時間なんだから」
 CはなおもAさんを引き留めようとする。
「いや、いい。大丈夫だから」
 無理矢理に、部屋を出ようとする。Cは玄関先まで見送り、何度も「大丈夫か」との言葉を繰り返した。
 振りほどくようにして何とかマンションを出て、大通りの車道を挟んだ向かい側でマンションを見上げると、こちらをみているCがいた。大丈夫だとおどけたジェスチャーで示して自宅へと歩を進めた。
 心の中では、「怖えぇなー」との思いをぬぐえなかったが、無事自宅へ帰りつくことができた。

 翌日、休日にもかかわらず、朝からメールの音で目が覚めた。二日酔いで頭がズキズキしたが、仕事のメールなら大事おおごとなので携帯をチェックする。と、ゲームを一緒に作っているBさんからだった。
 文面は「結局どうする、あのゲーム。三田さんの家のやつ」というものだ。
 Aさんの体から一瞬で血の気が引いた。
 Cさんの苗字は、三田さんなのだ。
 そのまま、知らぬふりをしてBさんに「三田さんって何だっけ」と返事をする。すると「ほら、警備員の名前だよ」と書きこまれた。
「そんな名前だっけ」
「夜中でテンションが上がっているときに、その名前で盛り上がったよ」
 Bさんとしては、それで盛り上がったうえ、自身のメモにも警備員の名前として三田さんとの記述があるので、Aさんが覚えているものだと思ってそう聞いてきたのだそうだ。
「Aさんが、その名前にしようっていったんだよ。ゲームの名前も」
との返事があった。
 Aさんは、全く覚えがないうえゲームの設定を考えていた当時は、しばらく会っていなかった友人の名前をホラーゲームのクリーチャーにしてしまうのが恐ろしくて、「とりあえず、その名前はやめよう」と提案した。
「三田さんという名前じゃ怖くないし」と理由にもならないようなこじつけでBさんを説得したという。別に、確定事項ではなく、名前がゲームの核心になるわけでもないので、あっさりと了承はしてもらえた。 

 日曜の晩に、同窓会の幹事から連絡があった。泥酔していたので、割り勘を間違えたかなと電話に出る。
「おまえさ、あの日、三田(Cさん)に送ってもらってたけど、何か様子おかしくなかった?」
と聞いてくる。確かにおかしかったが、それは自身の夢などとの一致だから人に言うわけにはいかない。
「そんなことなかったよ。心配して途中まで送ってくれていたし」
「あいつな、自分のマンションでトラブル起こしたらしいんだ」
 あんなことがあった後なので、焦燥感にかられる。
「深夜に帰ってきた同じマンションの住人に襲い掛かってけがをさせたって言うんだよ」
「えっ? えっ!」
「全然フロアが離れている相手に、『こんな時間に帰ってくるなんてどういうことだ』って隠れていた先から飛び出して切りつけたんだそうだ」
 大事にはいたらなかったものの、刃傷事件なので警察沙汰にはなった。
 事件は示談で済んだのだそうだが、三田さんは引っ越してしまい、その後の行方は分からないという。

「なんで、ホラーゲームのどうでもいいキャラクターに三田さんと名付けたのか。警備員のような体形もしてないし。それをすべて忘れてしまい、メモにも残っていなかったのか。うまく言えないが、何かに導かれて、そうやってしまったような気がする」
 Aさんはこう話しを終えた。

                       〈了〉

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出典

元祖!禍話 第十夜(下) (2022年7月2日配信)

8:35〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/737217427

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi

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