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炎城

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明智光秀の右腕、秀満が炎に包まれる前の坂本城で想う群雄の時代。
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炎城(えんじょう)4

炎城(えんじょう)4

「……申す……」

 遠くで声が聞こえた気がした。

 天正十年の坂本城だ。

 子の刻を過ぎ、このような夜中に正面から来るものなどいるのか。耳を澄ます。

「お頼み申し上げる」

 野太い男の声だ。

 総門へ回ると、再度呼びかけの声がした。

 横の通用門を開けると、二頭の馬を引いた一人の老爺がいた。包囲する敵の大将・堀秀政その人だった。

「久しぶりでござるな。秀満殿」

 荒木村重の討伐の

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炎城(えんじょう)3

炎城(えんじょう)3

 ふたたび、天正十年坂本城。

 腹を切るための刀の手入れをしていて、ふと言葉が口をついた。

「結局、拙者は光秀様お支えできていたのか……」

 意味を改めてかみしめ、もう一度強く思った。自身では、光秀様の右腕のような気でいたものの、その実、そうではなかったのかもしれない。娘の鈴様と夫婦(みょうと)になり、晴れて義理の息子となったのちも、光秀様の拙者に対する距離は大きくは変わらなかったように思う

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炎城(えんじょう)2

炎城(えんじょう)2

 坂本城天主の窓から少し煙が入ってきた。我に返る。今が、天正一〇年(一五八二)六月十五日の未明であることを想起する。

 装束に着替え、辞世の句を残そうとしたが、何に書き付けてもこの場で果てるつもりであっては、燃えて後世に残らない。自分の愚かさを呪う。
すると、炎にくべた竹が爆ぜる音がした。

  破裂音で、遠き日の思い出が今一つ脳裏によぎる。

 〈平蜘蛛釜〉

 あの日は、信貴山城が燃えていた

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炎城(えんじょう)1

炎城(えんじょう)1

 遠くで炎が木を含み、はぜる音がした。

 小姓に頼んで、炭と松明を用意させておいたのだ。

 あと一刻(二時間)もしないうちに、敬愛するわが殿・惟任日向守光秀様が近江の要衝として築き、整えた坂本城に火をつける。しかも、その一の家臣たる我が手によってだ。乱世の習わしとはいえ、人が作ったものを壊すのは抵抗がある。それが、尊敬する人が心血を注いで作ったものならなおさらだ。

 腹を召す。

 武士であ

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