2024.05.06
今日は妹の誕生日。
糖尿病で足が壊死して片足を切断し、もうおぼろげな会話しかできない父親に、妹は今日が自分の誕生日であることを覚えているかどうか尋ね、案の定覚えていなかった父に冗談まじりではあったが怒っていた。数日前に死にかけて寝たきりになった人にすべき質問ではない。ちなみに父親は妹の誕生日について「はじめて知った」と答えた。そんなまさか。
マッチングアプリで知り合った人と付き合って1ヶ月が過ぎ、そして別れた。話の波長は合うからお喋りは楽しいけど、趣味がことごとく合わなかった。付き合う前からあった心配はずっと心配のまま居座った。
その人はスパイスカレーよりルーで作る家庭的なカレーが好き。私のプロフィールに「たまにスパイスカレーやパンを作ります」と書いてあったことはもう覚えていないらしい。ラーメンや丼物のお子様メニューみたいなわかりやすい食べ物が好きだと言っていた。付き合いたての彼女の家に来てもちゃんと自分が観たい野球をテレビで観て、私との会話の途中に突然一人で盛り上がって、頻繁に話の腰を折る。視線が私の顔を通り抜けてテレビの画面釘付けのまま「あ、ごめん」と言うのは嫌だった。
一度だけ振る舞ったご飯を食べた後、食器洗うよと言って洗ってくれたのは嬉しかったけど、自炊しないタイプの男の人ってどうして先にシンクに置いてあった調理道具は洗ってくれないの?どうして見えてないフリするの?コンロに置かれた鍋なんてもっとも洗うはずがない。
その日、夜ご飯をうちで食べて3時間くらいお喋りした後、彼はぎこちない様子で私が座っているベッドに来て、眠いから横になりたいと言ってしばらく目を瞑って寝たふりをした。その後、埒が明かないと思ったのか私のすぐ隣に至近距離で座った。なんだか顔つきがいつもと違って眉毛に力が入っている。そして急にスイッチが切り替わったみたいに黙り込む。とりあえず私も同じように静かにしてみると、ただ沈黙が続くだけでおかしな時間が流れた。「今から、キスして、セックスとか、する、かも?」みたいなことを想起させる時間だった。それに耐えられず私はつけっぱなしのテレビを観るふりをしたり、何か話しかけたりした。でも私の抵抗もむなしく、そのおかしな時間は流れ続けた。しんどいなと思っていると彼も耐えられなくなったのか「こういうとき、俺は(女性)経験があまりないから恥ずかしくてどうしていいかわからない」と小さな声で打ち明け始めた。私は明るくその内容を頷き聞きながら、励ましたりした。でも彼が「どうしていいかわからない」についての言い訳をただただ真面目に話すもんだからおかしくて笑っちゃったりした。たぶん笑いすぎた。時刻は23時過ぎていたから彼ももうセックスをする時間はないと気づき、泊まるか迷うと言い始めた。勝手に迷われても事前に準備とかしてないよと思いつつも、彼に委ねた。結局、やっぱ今日は帰ると言って立ち上がったので私も立ち上げると、彼は両手を広げてハグしてきたから私も近づいてハグした。けど、身体と身体が触れ合って私がぎゅっと力を入れた瞬間、彼はすごい速さで私の両手の中から離れた。それはちょうど私の身体の前面の肉がぽよっと変形した瞬間のことで、1秒にも満たないハグだった。私はその素早い動きに「アメリカ人の挨拶のハグより早いじゃん」と爆笑してしまった。彼は「いやちょっと…ひさしぶりに女の子を感じて…」とか言うから、私は本当におもしろいという気持ちと、やばい状況をごまかすしかないという気持ちで笑いごまかし続けた。その後ももう一回ハグしたけどやっぱり1秒にも満たなくて私はまた笑った。彼は「やっぱ50分になるまでいるわ」と言って帰らずまたベッドに座って俯いた。そして黙り込んで落ち込んでいる様子だったから、また励ましたり大げさに笑ったりしてその場をなんとかしのいだ。結局、彼はしょんぼりしたまま帰って行った。私はすぐに、あの一瞬間の数回のハグだけで濡れてしまったことを確認するためズボンを下ろした。童貞とはしたことないけどどんな感じだろうか、などと想像した。(彼は1年前には彼女がいて、童貞ではないと繰り返し言っていた。)
翌朝、実家に帰った。家の用事をしたり久しぶりに家族で旅行したりした。その間もこの時のことをずっと考えながら過ごした。最初はちょっとおもしろうそうと興味があったが(童貞とセックスをすることについて)、だけど考えれば考えるほど、ハグさえままならない30才男性とどうやってセックスをするのかわからなくなった。1回きりなら楽しめそうだけど、私は婚活をしている身であるし相手もそのはずだから、これを長年続けるというのはどういうことなのか?ハグもできないなら乳首の舐め方も腰の振り方も教えないとできないのか?それとも物凄い早漏とか親指サイズくらい小さいとかコンプレックスがこんな事態を招いてしまったのか?いろんな可能性を想像したけど、たかが想像だから解決しない。だんだんと「自称童貞ではないがほぼ童貞」と「経験人数がおよそ30人以上の私」でどうやってセックスするんだろうと想像してたら、自分の過去を思い返し、私の人生ってなんでこんなんなんだろうと思いやられた。
結局、別れたい旨のラインの文章を作ってから送信まで3時間かかり、深夜の2時になった。送れないまま寝て朝が来た。別れたいのに、相手を傷つけたり辛い時間を過ごさせると思ったら自分の気持ちを伝えられなかった。でも本当にこれ以上付き合えないし付き合っても時間の無駄だ。だから仕方なく母親に送信してもらった。
すぐ返信が来た。いつもは何時に送ろうが仕事終わりにたった1通しか返信してくれないくせに、やっぱやればできるんじゃんと思った。「色々考えさせて申し訳ない、それなら別れよう、短い間でしたがありがとうございました。」といって理由も聞いてくれなかった。私も「こっちこそありがとう」と返信した。
家に帰ってきてから、ずっと自分の中でぐるぐるさせてた感情が爆発して大泣きした。結局、自分の過去が憎かった。そして、どうして別れたかったのかというと、経験人数がわずかな人と私の過去が対比され、耐えきれなかったからだった。整理したら結論そうだった。私は過去と現在と明るいかわからない未来に打ちひしがれた。しかも、私は別れたい理由を説明していない以上、絶対に彼は自分がした童貞のような振る舞いが原因で別れたのだと勘違いしているだろう。なんでちゃんと電話で説明せずに、ラインでただ別れたいだなんて言って逃げたんだろう。まだまだ私は弱すぎる。彼に電話して別れた理由を説明する練習をした。「私は高3の夏に学校の帰り道歩いてたら、後ろから首にナイフを突きつけられて脅されて強姦事件に遭ったんだ。それがはじめて。まだ誰とも付き合ったことないどころか、女子校だから男子と話すことさえない日々だったのに。毎日泣いてPTSDで鬱になって身体を起こすのがやっとの状態ででも意地でも学校通って、行きたい大学受かりたかったから。でも仲良しだった友達に理解されなくて、もちろん理解されなくて当然の立場なんだけどでもそれが一番辛くて、まさに底がない闇にずーっと落ちていく感覚がしてそれでずっと泣いてた。私ってみんなの相談のったりためになるように尽くしてたつもりだったけど、実際私が助けて欲しい場面になっても誰もそばにいてもらえなくてひとりぼっちなんだ、それくらい誰にも好かれていない人間なんだって思ってつらかった。学校の先生も意味わかんないこと言うし、お母さんのことも後悔させて不幸にさせたし、妹と父親は元々嫌いだったけど何の気遣いも心配もしてくれないからもっと嫌いになった。そしたら極度の人間不信になって、今はこうしてマッチングアプリで知り合った人と話したり出来てるけどそんなこともできないくらい人間不信だった。大学でひとり暮らししたら新天地でやり直せると思ったけどそんな簡単に上手くいくわけなくて、やっぱりPTSDで鬱だから、やりたかったはずの大学の授業はちゃんと受けられないし、同性の友達すら作れないし、恋愛は犯人が18才だったから20才前後の人が怖くて彼氏も作れなかった。そしたら私の支えになるのはネットで知り合ったおじさん達だけだった。おじさん達は求めてくれたし、相手になってくれた。おじさんが喜んでくれたり、対価を得ることで自分の存在意義を見いだすことがやっと出来た。おじさんのことすごく好きとか会いたいとか深い情はないのに、誘われたらふらふらと仕度して出掛ける自分は少し様子がおかしいとは思ってたけど、でもおかげでなんとか生きることができた。だからあの頃のことまったく後悔してない。ああいう方法以外なかったから。でもその後は少しずつ回復して、そのおじさん達なしでも生きられるようになった。卒業してなんとか就職した会社でやりがいのある仕事できて楽しかったけど、2年経って仕事に慣れてきた頃、恋愛したいと思ってマッチングアプリやってみたらすごく気の合う人と出会えていい感じになったけど、やっぱり人間不信で怖くてできなかった。会う前日になったら動悸がして涙が溢れてぎゃーって喚いたりしてた、当日会ったら楽しいのに。それで恋愛できなかった。こんなのおかしいと思って、心理学者とかカウンセラーが書くトラウマやPTSDについての本を読んだら「人的トラウマにより人と深く関わることがリスクだと認知してしまっているから人を愛せなくなる」「性被害に遭った女性は、理不尽な性行為により性行為の意味がわからなくなり、不特定多数の人と性行為をしたりする」とか書いてあって、私ってもうそれじゃんと知ってから鬱みたいに落ち込んで身体に力はいらなくて歩くのがギリギリの生活になって毎日仕事中もずっと泣いてた。そしたら会社の社長にも目つけられて呼び出されて、「あなたは暗くて人を愛することの出来ない人間だ」と言われた。それがきっかけで会社を辞めた。だってその事実、頑張るとか治すとかいう話ではなくて受け入れるしかないから。それでまたネットで出会う世界に現実逃避した。それがたった3,4年前の話。私はそんな過去があって、だから(女性)経験があまりないという人と比べてしまったらもうどうしようもなくなってしまった。つらいとか悲しいとかの次元を超えて、この状況手に負えないと思ってしまった。それで別れたくなったの。」
こういう内容のことを何度も話す練習をした。一緒に住んでいる三毛猫は、ひとりで語り出す私を見て恐怖を感じたかも知れない。すらすら話せるようになったから、もうベッドにこもりきりになっても構わぬようにメイクを落として洗顔だけ済ませた。
意を決してラインを送った。「別れたい理由をちゃんと話してなかったから勘違いさせてるかもしれないし、ただの自己満になるけど私の話聞いてくれないかな?」「忙しくなかったらだけど…もし嫌だったら無視してね!」
返事は「内容によるかな。」だった。普段あまり句読点をつけないのにきっちりつけてくるから、本心は乱れているんだと思った。「ただただ私の話で、聞いてもだからなにって思われるかもしれない。」うろ覚えだがそう送った。すると来た返信は「ラインだったらええよ。」
さっきまで大泣きしてた私だけど、急にすんっとなって、なんでちょっと怒ってるん?と思った。そして、この人にはさっきまで付き合ってた恋人に興味も関心もなければ、相手の気持ちに寄り添おうという心もないんだな、などと思い悲しく悔しい気持ちになって、元彼の「また自分のこと理解されないって泣くんでしょ?」という言葉が遠くから聞こえてきた。
こんな薄情な人だったんなら早めに別れて正解だったな、などと思い自分を励ましながら、「別れた原因について振り返ってみる気持ちもない、フィードバックしないからいつまで経っても童貞なんだよ!!!」と心ん中で叫んだ。やさぐれて自暴自棄になってる雰囲気がラインの文面から出てたから結構童貞であることは相当なコンプレックスなんだと思う。
私の心が弱かったせいで、別れる前に別れたい理由を話せなかったからそれは大いに反省した。でも、なにがそんなコンプレックスなんだろ、やっぱ親指サイズだとか?だったら手技を極めるか道具使うとかいくらでも手段はあるでしょ、などと思いながら疲れて寝た。
夜中、ラインの通知音が聞こえて飛び起きたけど誰からもラインは来ていなかった。
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