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日曜は私に嘘を運ぶ.4 〜真実〜 【後編】Ep.last

結婚して以来、久しぶりに迎える一人の朝。最近色々と考えすぎているせいなのか、例え寝る時間が0時を回ろうと、太陽が昇り始める早朝の時間帯に目が覚めてしまう。だからといって何も悪いことはない。その分の時間をこれからの事考える時間に当てられることは私にとってむしろ好都合だ。
さて、夫へ家のテーブルに明後日には帰るとメモだけを残して出てきた次の日の朝。私は街の中心部に新しく建てられた少しお高いホテルで一晩を過ごした。部屋はシングルサイズにしては大きく内装は英国式というのだろうか、テレビで目にする本場英国のホテルに引けを取らないほど精巧に作られていた。ルームサービスも充実していて、考えるために泊まった割には思わずくつろいでしまった。

高級ホテルの様々な誘惑を耐えながらも明日の夫と話す内容は仕上げることができた。しかし、この問題には彼も呼ばなければならない。あの関係は彼が受け入れてしまったのもあるが、全ての元凶はあの日の私にある。身体の中に渦巻いていた欲求不満が彼に牙を剥いてしまい、結果的に巻き込んでしまう形になってしまった。いつも彼と会ったあとは愛と同じぐらいの罪悪感に駆られてしまうことがあった。実は前に似たような話を彼にしたことがある。その時の彼は若干困ったように表情した後、私の手を取っていつもより優しく、そう例えるならマザーテレサを思わせる穏やかな笑顔で「大丈夫ですよ。僕は味方です。」そのだった二言の励ましで私の心は救われていた。彼となら私はこれからもやっていける。そう思えば強く生きられる気がした。
思い出に耽っているうちにすっかり日も上り都会の街に太陽という明かりが灯された。この時間に起きているだろうか?そんな不安も心に抱きながらSNSで連絡を一言入れた。これは以前、初めて早朝にしかも外で愛を確かめたあの日、今までは夫に関係がバレることを恐れてしていなかったSNSでの連絡先交換を行い、いつでも連絡をやりやすいようにと私から交換を提案し、今更にはなったがこれでわざわざ大事な話をしたい時に日曜まで待つ必要がなくなった。少しだけ日曜だけしか話すこともできなかった良い意味でのモヤモヤ感が薄れてしまうのはもったいないが、今のような状況になってしまってはそうも言ってはいられない。
連絡を入れてから約10分後、早朝にも関わらず彼からの反応があった。夫や仕事関係での連絡の仕方は慣れてはいたが、いざ彼とのやり取りとなると緊張してしまい、なんて送っていいか分からず「おはよう。」とだけしか結局送れなかった。しかし、そのぶっきらぼうな一言にも彼の言葉は温かく、「おはようございます♪」と子供みたいに音符の絵文字までつけてくれていた。勝手な思い込みかもしれないがこう言ったやりとりに不慣れな私を気遣ってのことだろう。

「ちゃんと送れたみたいでよかったです!」

「ありがとう。ところで早朝から悪いんだけど、今日どこかで会えない?話しておきたいことがあるの。」




今日の昼過ぎに彼と会う約束を取り付けた。朝から昼過ぎまで講義があるらしくそれが終わってからなら会えるという連絡をもらい、場所は後で伝えることにし、彼を大学生の本分である勉強に戻らせ、それまでの間、時間にして4、5時間程度の時間潰しを余儀なくされた。ならばと思い、私は自分の中で気持ちと頭の整理をするためホテルをチェックアウトし、1人散歩に出た。今までは街中を一人で歩くとなると夕食の買い物や近場でお茶をする程度。中心部を一人で歩くのは結婚以来久しぶりだった。来ていないと言っても2、3年ほどのこと。街自体変わり映えしていないはずなのに私の目には随分と変わってしまったように見えた。それも夫との結婚のせいなのか、それとも彼との出会いのおかげなのだろうか。どちらにしても私のこれから見る世界は一つ。それを掴むために、答えを出す為に、私は明日決断を出さなければならない。私の答えを話して彼が理解を示してくれるかどうかはまだ分からないが、今はそう願って私のできることをするしかない。
私はホテル近くにあるコーヒーショップでコーヒーをテイクアウトし、テラス席が設置されている図書館に立ち寄った。主婦になってからというもの家事にばかり追われる毎日で、本なんて読む暇もない生活を送っていたせいか幾多も設置された本棚に若干の目眩を起こしてしまいそうになる。それでもと館内を歩き回り、適当に本を手に取る。本の種類も主婦の性というやつなのか料理や家事関係のものを無意識に選んでいた。自分自身、すっかり変わってしまった本のジャンルに戸惑いながらも、ふと昔映画で見た原作の小説を発見した。当時20歳で友達と観た映画は、何を暗示していたのか不倫ものだった。夫との生活に疲れてしまった妻が夫とその同僚を家に連れてお酒を飲む機会があり、お酒の影響もあって不倫を犯してしまう王道の不倫もの。現代となれば王道過ぎてつまらなそうな小説でも恋愛を知らなかった私にとっては大人の世界を描いているようで刺激的だった。当時の純粋だった頃を思い出しながら彼がくるまでの間の時間潰しにはちょうどよかった。
それにしても、今思えば当時の私は何故この映画を見るになったんだろうか。確か本来は友達とその友達の好きな男の子と見るはずだったのを友達がドタキャンをされて仕方なくちょうど暇だった私が呼ばれたんだっけ。映画自体そこまで見るようなタイプじゃなかった私にとって、始めはただの勿体無い精神で一緒に観たわけだが、徐々にその話の面白さに惹かれて終わった頃には私の方がハマってしまっていた。多分それからなのだろう。心のどこかでそういう大人の危険な恋に憧れを持つようになったのは。それでも結局は平凡な結婚の道を進み、家庭を築き過ごしてきた。大人になればそれが幸せなのだと思うようになってしまったから。普通の人間が刺激なんて求めてはいけないと分かっていたから。最近までは本当にそう思っていた。むしろそう思っていたからこそ、私は彼に一瞬で心惹かれ、愛を育んできた。この話の主人公もそうだったように、、、。文字が頭の中で映像に、その映像が今までの彼との記憶にリンクして胸の内が思わず熱くなり、頬を伝う涙がポツリと机に滲んだ。

「あれ、なんで私、、、。」自分でもなんで泣いているのか分からなかった。小説のせいか、それとも今まで思い出を思い出してなのか、ただ心が熱く締め付けられるようで、無意識に泣いていた。

「なんで、泣いてるんですか?」突然背後から聞こえるその声に驚きを隠せないまま私は後ろを振り返った。するとそこに居たのはキョトンとした顔で困った様子を見せる彼の姿だった。リュックにトートバッグを持つ姿は再会したあの日を思い出させる。彼は私の泣き顔を見るや否や慌てた様子でポケットを真探り、ハンカチを探し当てるとそれを手渡した。
必死な様子とその慌てように思わず笑ってしまう。

「、、、ありがとう。授業は?」

「え?もう終わりましたよ?いや、そんなことより大丈夫ですか?何かあったんですか?」
もう終わった?伏せていた携帯を開くと図書館に訪れた時間からすでに4時間が経過し、SNSに彼からのメッセージが何件か送られていた。時間や連絡を忘れてしまうほど熱中していたみたいだ。気づけば積まれていた本の山に自分で驚きながら、彼からのメッセージを彼の前で読む。

「授業終わりました。どこで会いますか?」
「あれ?今日ですよね?」
「僕は一度図書館に寄って来ますので、また連絡ください。」

5分おきに送られていたメッセージに私は確認しながら彼の表情を伺うが、その表情は怒っていいのか泣いていることも心配とぎこちない様子。とりあえず人の迷惑にならないよう図書館近くのカフェに場所を移し、謝罪の意味も込めてコーヒーをご馳走し、2階の隅の席に腰を落ち着かせた。話が話だけに内容を知らない人でも聞かれると気まずいと、隅の席にしたのは正解だった。私が早速話を始めようとすると彼は突然リュックからパソコンを取り出しテーブルに広げた。聞くとパソコンで話をまとめて置いた方がわかりやすいとの事で、真剣に話を聞いてくれるのだと思った反面、少しだけ疑問もあった。

「それで、話って?もしかして、、、旦那さんとのことですか?」

「うん、、、。多分、夫は私たちの関係に気づいてると思う、、、。相手が誰なのかも。」

「え?もしかして、僕が配達に行った時から、、、ですか?」

「うん、多分。日曜の朝、家まで来てくれたでしょ?その後家に戻ったら、誰と会ってたのか聞いて来た。あの顔はもう全部知ってる顔だった。」あの顔を思い出すだけで寒気が走る。まさに蛇に睨まれた蛙の如く、じわじわと獲物を弱らせて確実に喰らう。今の私はそれに似た状況下置かれている。けど、ただ食われるよりは少しは反撃に転じて、夫には諦めてもらうほか方法がない。彼と協力して直接この事を話すんだ。
そう考える中、目の前では彼がひっきりなしにキーボードを叩いている。その表情は真剣そのもの。画面に向かう視線に吸い込まれてしまいそうになる。私の視線に気がついたのか、キーボードを打つ手が突然止まり、パソコンの画面を私に向けた。そこには私が話した内容とともに、簡単にだが今までの出来事がまとめられていた。彼よりも先に社会を経験しているはずの私よりも優れたその才能に、結婚前の会社勤めだった頃ならこの才能に嫉妬したはずだ。今となったらこの才能を伸ばして欲しいと少なからず母性のようなものが働いていると自分でもわかる。彼の姿に惚れ惚れとしている私の身体を揺すり現実に引き戻すと、改めてパソコンの内容を確認させた。
「この感じだと、どうするかはもう、、、決めてるんですか?」

「うん。夫とは別れるつもり、『私は』だけど。でも話をしてあっちが別れないって言っても意地でもなんとかする。」

「僕もなんとかサポートできるとこはサポートします。大事な人は手放したくないから。」周りで若い女の子達は談笑に花を咲かせ、またサラリーマンは束の間のブレークタイムに身体を落ち着かせ、また学生はいたずらに積み重ねられた参考書がミルクレープの層のように見える本人はそうも甘い事は言ってられない様子だ。そんな多種多様な表情が見える空間の隅の一角で、テーブルの上でお互いの手を重ね合わせ信頼にも似た愛を再確認し合う姿は、ここでは少しばかり異彩を放っているがさすが街の中心部に生きる人々は誰もそんな事気にしていない。二人ではない2人だけの世界で私たちは笑顔だった。


小腹が空き追加で注文したドーナツを頬張りながら行った明日の作戦会議を一通り済ませ、時間の流れと共にお客さんの足取りも落ち着いてきたカフェを私たちも後にした。ちょうどよくお腹も満たされて、頭の中でモヤモヤとしていた内容も彼との話し合いで形となり、翳っていた心の太陽もようやくその鼠色のしがらみから解放されて晴れ晴れとしている。カフェを出る時に思わず背伸びをしたのも解放感から無意識に身体がしてしまったのだろう。そのや様子を見て彼もクスッと微笑んでいたのがなんとも愛らしい。少し恥ずかしさを覚えつつも愛のあるからかいに収穫前のまだちょっと酸っぱいみかんのような酸味の効いた恋心を思い出す。夫と付き合いたての頃はまだお互い若く、こんなからかい合いも日常茶飯事で初々しい恋人同士のはずだった。でもそれも結婚してからは酸味どころか刺激のない薄味の生活に徐々に変化していき、お互いがその成り行きに惰性で生きてきた。けどそこで現れたのが彼だった。刺激では物足りない危険物のような彼の存在をたまらなく欲しくなり、手放したくなくなってしまった。彼とは別れたくない。その意思こそが今の私を支えている。私の出す答えは私だけのもの。これは誰にも渡さない。揺るぎのない意思はダイヤモンドよりも硬かった。
人の行き交う冷たいアスファルトの道を歩きながら、何故か彼が私の顔にチラチラと視線を送る。彼の手をグッと引っ張り人の邪魔にならない場所で何か質問した。顔に何かついてる?と確認すると、そっと優しく包み込むような手つきで目元に触れた。真っ直ぐこちらを見つめる瞳に胸の高鳴りが収まるところを知らない。その熱い視線に思わず目を閉じる。すると、
「やっと取れた。」
彼の声と共に目を開けると、その指にはまつげが一本。熱い視線を送っていた正体は、このまつ毛を取るのに真剣だった私の勘違い。自分の勘違いようには今までの胸の高鳴りが羞恥心を煽る嫌な音色に聴こえてくる。それでも少年のような笑顔で取れたまつ毛を見せてくる彼には勝てない。無邪気な笑顔に私もつられて笑顔でお礼を返した。

「ありがとう。」

「いえいえ、そうだ。まだ夜には時間もありますし、せっかくだから映画でも見ませんか?」

「映画?いいの?私と見ても。」

「いいに決まってるじゃないですか!今まで一緒に出かけるなんて出来なかったんだし、今日ぐらいはいいじゃないですか。」それもそうだ。今までは夫に関係が露呈してしまうのを避けて、配達というのを名目に家でしか一緒に過ごす事はできなかった。しかし今は、夫へのリスクなど考える必要はない。動物が小さな檻の中から広い外の世界に歓喜するように、私もその事実に喜びを隠せない。

「そうも、そうよね。行きましょう、映画。」

「やったぁ!じゃあ僕のおすすめの映画があるんで、それ見に行きましょ!」手を繋ぎ、2人で映画を見に行く。これも忘れていた恋人との触れ合い。これからはこうして生きていけるんだと思うと、私の胸の奥はポカポカと温かくなっていた。
映画館に到着し、何を見るのかも知らないまま彼が買ってきた半券を手渡された。タイトルは「嘘と真実」真実と書いてまことと読む。この感じはサスペンス映画か?などと考えつつ、再び彼が買ってきた飲み物を手渡され劇場に入って行った。薄暗い劇場の中はどこか人との距離感が急に縮まったように感じて、隣に座っているのが異性なら余計にそれを強く感じて、スクリーンの光に照らされて薄く明るくなる横顔に身体の奥が熱くなる。10分ほどの予告編を終え、いよいよ本編が始まった。内容は夫に嘘をついて色々な別の男と関係を重ねていく女性が、ある日夫にその関係がバレてしまい真実を話すと、実は夫は最初から気づいていて自分自身も別に奥さんが居た。という男女の不倫劇を描いたドロドロとした昼ドラっぽい内容の映画。まさに今の私みたいだ。初対面だった彼と関係を持ち、ある日それが夫にバレてしまって、私は夫と別れて彼と生きていく決意をしているけど、この映画の主人公のように誰とも生きず、最終的には孤独になるっていう結末も、もしかしたらあったのかもしれない。彼が私と生きたいと思わなければそうなっていた筈だ。ふとそう思うと、世の中の不倫している男女の中では私は恵まれているのだとひどく心に染み、涙が出た。
1時間ちょっとで映画は終わり、薄暗い劇場内から明るい場所に戻ると、妙に光が眩しくてまるであの映画の切なさを打ち消そうとしているのかと思うほどに。隣では私と同じく泣いていたのか目に涙の跡が残った彼。薄暗い劇場では見えなかったお互いの顔の変化に数秒見つめ合い、途端に笑いが込み上げてきた。特に面白いことがあったわけでもないが、感傷に浸った跡の顔になんとなく笑いが込み上げてくる。
「ふふっなんでこんなにも面白いんだろ。」

「本当ですね、なんでだろ。やっぱり一緒にいると楽しいからですかね。」

「そうだね。多分、そうなのかも。」ベットの上で身体を重ね合う時とは違う愛の形。久しぶりに感じた気がしていた。
外に出ると、空はすっきりとした青空から色を変え、淡いオレンジへと色を染めて、太陽は燃え盛る炎のような激しくも美しいグラデーションを宿している。私たちは沈んでいく夕陽を背に茹だるような人混みを明日に向けて歩いていく。





眠らない街に朝がやってきた。オフィスビルの陰から突き刺す朝日の眩さは都会の街に目覚めの合図を光となって降り注ぐ。カーテンから覗くその朝日と携帯から鳴り響くアラームの音で2人は目を覚ました。   

「おはよう。」

「おはようございます。」

長かったような短かったような2日間が過ぎ、遂にやってきた今日。そう思うと重苦しい感じがするが、不思議と身体は軽くなっていた。夫との決別を前に気持ちが楽になっているのか、それとも自分では気が付かない変化が私の身に起きているのか。どちらにしても、今日はやるべき事は決まっている。先にシャワーを浴び、映画を見た後に買っておいた朝日新しい洋服に着替えて準備を進める。朝食はルームサービスでモーニングを注文。腹が減っては戦はできぬ。これを考えた昔の人は食欲と戦いの士気とイコールに思っていた事に私も今納得した。その間彼も同じくシャワーに入ると、鏡越しに見える前よりどこか締まったように思える身体に、新しく買った服を身に纏い準備を終えた。
約束の時間まで残り30分。事前に時間と場所は夫から連絡があり、相談したところ私たちがいるこのホテルに直接来てくれるらしい。
心臓が締め付けられるみたいで苦しい。まだ頭のどこかで夫のあの笑顔がこべりついて取れない。うまくいくだろうか。一抹の不安とそれでも彼がいるから大丈夫という無茶な安心が入り混じり吐き気がしてくる。
「大丈夫?体調悪そうだけど、、、。」

「大丈夫、、、平気よ。」ここでリタイアするわけにはいかない。これが無事に終われば私にとって望む未来が訪れる。私は意思の強さだけでなんとか持ち堪え、彼と共に夫を待った。

そして、、、。

部屋のインターホンが甲高い機械音を上げ夫の到着を知らせた。鍵を開けると、いつも着ている黒のスーツとはまた違ったタイプの紺のスーツを身に纏い私たちの前に現れた。

「少し、痩せた?」

「別に、、、。」
四つ掛けのテーブルに私と隣には彼。そして彼の前に夫。その並びで腰を下ろし、決断の時がやってきた。
私は全てを話した。夫も知っているであろう今までのこと。出逢いから、いつ、どこで会っていたのかどこまで進んでいるのか、あの日の『誰と会っていたの?』の答え、そして私が本当に言いたかった言葉。
「私と別れてください。」嘘偽りなく今までの真実全てを話し、夫にその言葉を言い放った。これでも多少なりとも罪悪感の残りから頭を下げ、全てを聞いた夫が私の望みを聞いてくれることを願った。数秒沈黙と重たい空気が漂い、風が通るはずもない密室の室内にふわっと風が流れたと思ったその時、夫が静かに口を開いた。

「全部知ってたよ。最初から。」その言葉の中である1フレーズに私は疑問を持った。
『最初から』、、、?

「最初からって、、、どういうこと?」頭を上げ夫に強い視線を向ける。すると夫は一つ軽いため息をつき、私の隣に座る彼の肩に馴れ馴れしくも手を置いた。
「全部、彼から聞いているよ。今話してくれたこともその中にある細かい内容も。」

「え、、、?それって、どういうことよ!」私が話す真実より、さらに重たい真実をとてつもない勢いで突きつけられた。それはまるで地球に堕ちてきた小さな隕石が、私目掛けて堕ちてくるような思いもよらない衝撃が走る内容だった。私の問いかけに口を閉し、何も答えない彼との間に一瞬にして亀裂が入った。

「どうもこうも、彼に君との関係を続けるように言ったのは僕なんだから。」
そこから夫から真実を突きつけられた。

『彼が君と寝たその日、実は早く帰ってきてたんだ。家から出てくる彼の姿に驚いたよ。防犯の為に取り付けておいた盗聴器の内容の一部を聴き、僕は彼を呼び止めた。そして提案を持ちかけた。妻と関係を続けてくれ。と。そこからは君が話した通り。彼は君との関係をより深いステージに進め、遂には君の心までも魅了し、そして今こうして離婚の話にまで至っている。全て僕が考えていた通りのシナリオだ。』
夫の言っている意味がわからなかった。盗聴器?不倫継続の提案?シナリオ?同じ日本人で、話す言語も日本語のはずが話の内容がまるで頭に入ってこない。理解しようとするが頭が抑制をかけているのか。この場の状況に私だけが取り残されているみたいだ。

「つまり、全ては僕の上で不倫ごっこをしてただけ。楽しかっただろ?」

「、、、わけわかんない。何がしたいのよ!!ねぇ、どういうこと!?」彼の肩を掴み、鬼気迫る表情で私は問い詰めたが、彼はただ無言を貫くだけで答える様子はない。

「ただの遊びだよ。偶然が重なって生まれた遊び。元々、初めに不倫をしてたのは君だろ?僕を責める権利はない。」あの日と同じ笑顔で私を責め立てる夫はどこかこの状況を楽しんでいるように見えた。遊び、、、。今までの私の気持ちや愛も、全てが遊びだった?私は子供が遊ぶおもちゃと一緒だったってこと?頭の中に巡る彼との愛の記憶がガラスの割れるような音を立てて崩れ去っていく。腰から砕け落ち、倒れるように椅子に身体を落とす。
もう何もかも信じられなくなった。夫も彼も。
私のその姿を見て笑みを浮かべる夫。その横で俯き何も言わずにいる彼。もはや彼の横にも私の居場所ない。そう思うと一気に心の中に虚無感が湧き出てくる。真っ暗な暗闇にただ1人取り残され何も出来ず怯えるだけ。私は1人だ。

「じゃあそういうことだから。離婚はちゃんとするよ。君は僕に嘘をついていると思ったみたいだけど、嘘に踊らされていたのは君だったんだよ。、、、君があの日の一回だけだったら、君が僕の大切さに気づいてくれていたら、こうはならなかったかもね。」そんなドラマの捨て台詞ような言葉を残して夫と彼は部屋を出て行った。出るその時、彼は一度だけ振り返り、虚無に襲われる私を見て絞り出すように「ごめんなさい、、、。」そう言い残して出て行った。


部屋に1人、私は孤独だ。







あの日から1年後。家に帰ると夫の署名がされた離婚届とハンコが置かれていた。私はそれに署名し、全ての荷物をまとめて家を出た。都会の街にもう私の居場所ない。私は逃げるように地方の中小企業に再就職し、結婚以来、人生2度目の一人暮らしを始めた。ここでの暮らしは穏やかに時間が進み、都会の信用ない人間関係などなく、しがらみにとらわれず伸び伸びと生きている。夫と生活していた頃ほど裕福な生活は出来ないけど、こっちは向こうと違って人も優しい。近所の優しいおばあちゃんから野菜などをお裾分けなどしてもらい、一人暮らしするには十分すぎるぐらいだった。
ある日、雨の降る休日にテレビを見ていた私は、画面に映ったインドカレー特集に空腹を刺激された。しかし、家にそれを作る材料はない。そこで思い出した。商店街のカレー専門店はデリバリーもやっていたはず、携帯でその店を検索すると店の番号も入手でき、すぐさまそこにデリバリーを注文した。

20分後、玄関の扉を叩く音と「デリバリーをお届けに来ました!」という若い男の声で到着に気がついた。軽装に着替え、返事をしながら玄関の扉を開くと、レインコートに身を包んだなんと彼の姿があった。

「え、、、、なんで、、、?」

驚きを隠せないまま私は聞いた。何故ここに彼がいるのか。何故私のいる場所を知っているのか。全てが突然で、頭の中に一気に疑問が押し寄せてくる。
「あの後、旦那さんと別れたって聞いて、なんか居ても立っても居られなくなって、色んな人にどこに行ったのかきいて回ってそれで、、、。」顔を合わせた彼は途端に早口で捲し立てるように言葉を並べる。その様子は今まで見たことのないほど緊張しているようで、話を聞く私にもひしひしとそれが伝わってくる。顔は今にも泣きそうなぐらい弱々しく、何故か私は雨で濡れることも厭わず強く抱きしめた。身体に流れる雨粒の滴りなど意に介さず、雨足がさらに酷くなり、遠くでは雷鳴がその重低音を轟かせる中二人の男女は熱い抱擁を交わしていた。
「何も言わなくていい、、、。何も、、、。」この時、私の頭によぎったのは1年前のあの日、彼がホテルの部屋を出る直前に言った「ごめんなさい」の言葉。絶望の最中、あの言葉だけが唯一忘れられなかった。あの言葉だけ優しさがあった。頬に伝う雨とは違う熱いもの。いつのまにか私の目にも涙が溢れていた。
雨で濡れた彼を家に引き入れ、濡れた身体を拭いて落ち着きを取り戻した彼に改めて話を聞いた。
初めて会ったあの日、夫に関係を続けてくれと言われ続けた理由は、私と関係を持った証拠の音声データで脅され、続けなければ大学にこの事実を提出すると、それで仕方なく私の関係を続けていたらしい。だがその音声データも夫と私が別れたことで証拠としての効力を失い、データは破棄。今は夫とも関わりはないそうだ。では何故私に会いにここまでやってきたのかと問われた時に、彼は私に向かって真剣な表情でこう言ったのだ。
「好きになってしまったんです。初めは雰囲気に流されてって感じだったんですけど、時間を過ごすたびに心も身体も徐々に惹かれていったんです。だから、、、」

「だから?」

「だから、、、今度は僕と、真剣に付き合ってくれませんか?僕みたいな裏切り者、本当は顔も見たくないだろうけど、好きなんです!お願いします!」
私の心や身体を弄び、一度は絶望まで見せられた。けど、それは彼も同じ。夫に脅され怖い思いをしながらも、私にはそんな素振りを見せず付き合ってくれていた。偽りの愛だったはずなのに、嘘まみれの時間だったはずなのに、その中で私を本当に愛してくれていたのは彼だけだったんだ、、、。

「嘘が嘘を呼び、時間をかけていくといつしか嘘は形を変えて本物になる。」

「え?」

「前に見た小説でそんな一節があったんだ。その小説では主人公はいろんな人に裏切られるだけど、最終的には一番最初に裏切った恋人が実は自分のために裏切りを演じていたことに気づいて、2人は結ばれるの。」何故それを思い出したのか、まるで自分がその小説の主人公になったような気分になり思わずクスっと笑ってしまう。膝をつき床に座り込む彼を、私は再び今度は優しく抱きしめ母親が子供をあやすように背中を叩いた。抱き締める腕の中で彼の温もりを感じ、心が満たされていく。私は耳元で静かに囁きかけるように
「こんな私でよければ、、、改めてお願いします。」と返事をした。その言葉を耳にした彼は何も言わずただ私の腕の中で泣きながら強く抱きしめ返した。
降り続いていた雨も、唸りを見せていた雷もいつしかその姿を消し、厚い鼠色の雨雲の間から絶望を照らす希望の光のように降り注いだ。地面に落ちた雨粒がキラキラと輝き、スズメたちが元気よく可愛らしい囀りを交わしながら飛び交う。私と彼の2人だけの世界が優しさに包まれた瞬間だった。
嘘は言ってはいけない。昔からそう言われているが、嘘の中の真実に触れた時、その真実はより深い意味を持つようになるだろう。日曜にだけ交わされた嘘は私に真実の愛を運んでくれた。

私はこれから、彼と真実の愛を追い求めて生きていこうと思います。




〜あとがき〜

ここまで読んでいただきありがとうございました🙇
初めてnoteで連載小説を書いてみて、読者の皆さんは楽しんでくれているかな?とか色々考えることがありました。今回のこの「日曜は私に嘘を運ぶ」はタイトルな擬えて日曜投稿を続けてきましたが、日曜に間に合わないことも何度もありましたね😅
雑誌などで連載している小説家の人はやっぱりすごいんだなって思い知らされた気がします。
僕はまだまだ小説家なんて呼べない卵の卵の状態ですが、まだまだいろんな人に読んでもらえるような、オールジャンルを書いて楽しませられるようなそんな作家になりたいと思っています。拙い言葉と構成の甘い物語ばかりですが、これからも応援お願いします🙇





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