雨月化鳥

雨月化鳥

最近の記事

ヒカリ文集

『ヒカリ文集』松浦理英子 講談社   ない、ことでさらその存在が際立ってくるものが、ある。不在の存在。   舞台セットも何もない空間に人物が現れ、我は王なり、と言えばそれは紛れもない王様である。演じる側見る側の間に交わされる暗黙の了解、想像力の契約だ。   劇作家兼演出家の破月悠高が未完の戯曲を残し30代半ばにして横死した。かつて悠高が主催していた劇団の団員達が久しぶりに集まりパーティを開く様子が遺作には描かれていた。悠高と実在の団員がモデルの5人。話はいつしか、パーティに来

    • こちらから呟ける

      • 断絶

        『断絶』リン・マー 藤井光 訳 (白水社 エクス・リブリス) 場面と場面をあるイメージでつなぐこと、またはひとつの事象を例えるなら人物などを場から場へと移動させること、緩やかな急激な転換をもってその場面を印象づけること、それをブリッジを架けると表現する。それは断絶を埋めていく行為であり、あるいはさらに断絶を浮かび上がらせ、ある事象をそこから切り放そうとする行為である。 2011年、中国で発生した〈感染症シェン熱〉が世界に蔓延していた。〈熱病患者たちは習慣性の生き物〉で

        • クララとお日さま

          『クララとお日さま』カズオ・イシグロ 土屋政雄訳 早川書房 ある日クララはお店のショーウィンドーに座ることになりました。クララたちAFはお日さまの光りを吸収し栄養にしているので、とても良い気分です。それにクララはお日さまだけでなく、外を見ることが大好きなのです。観察すると〈色々な行動や、色々な感情が見えました〉。ケンカしている人を見ました、隣にいた同じAFのローザは、その人たちは遊んで楽しんでいたと言います。外の世界に興味もないみたい。〈よく気づいて、よく学ぶAFなのね〉と

        ヒカリ文集

          化け者心中

          「化け者心中」蝉谷めぐ実(角川書店) 舞台上で贔屓に足を斬られ膝から下が無い、至極上上吉の元女形でいまだ女装をし続ける人魚役者こと上方出身の田村魚之助(ととのすけ)。図体はでかいが心優しく初心な鳥屋(鳥専門ペットショップ)を商う信天翁(あほうどり)こと藤九郎。歌舞伎中村座の役者を喰い殺しその姿に成り代わった鬼を捕らえる為、かり出された二人である。信天翁は懐に鳥の雛を抱え、化粧衣装を施した艷な人魚を背負い江戸の町を駆ける。 中村座では心中物がかかっている。六人の役者の内、い

          化け者心中

          フランスBLアンソロジー

          『特別な友情』—フランスBL小説セレクションー(新潮文庫) 〈君が来るとわかってたら、真っ赤なネクタイを締めてきたのに〉 〈気をつけろよ!〉〈火の色だぞ。火傷するのが怖くないのか?〉ジョルジュは少年の手を指先で愛撫していた。(俺ニ近ヅクト火傷スルゼ?) 全寮制の神学校に転入してきた14歳のジョルジュは、一目で黒髪青い目の溌溂とした同級生リュシアンに魅了されてしまう。ジョルジュを同級生として信頼するリュシアンは、互いを傷つけその血を混ぜ合わせる儀式に及んだ特別な友人、年長

          フランスBLアンソロジー

          ピエタとトランジ

          『ピエタとトランジ』藤野可織 講談社 (女子高生のピエタ、着崩した制服姿。正面の非常階段を登り上手上の踊り場に座る。カップアイスを片手にスマホを操る)スクリーンに打ち出される文字。 【〈これは小説じゃない。記録だ。備忘録。私と友人の冒険についての〉】(以下【】はスクリーン)テーマ曲。 (いつのまにか女子大生〜80代までの8人のピエタ現れ、それぞれの方法で記録をし始める。大勢の人が溢れてきて殺戮者達のステップを踏む。無音。下手前に女子高生のトランジ登場。標準仕様の制服。殺

          ピエタとトランジ

          「アムラス」

          『アムラス』トーマス・ベルンハルト 初見基・飯島雄太郎/訳 (嵐か鳥の羽ばたく音か重い扉の音。灯りに男が浮かび上がる。同じ背格好の男を背負っている) ヴァルター、聞こえるか?ヴァルター。〈わたしたち〉は幽閉された。この塔の闇の中に。さあ、此処に座って。(男を座らせる)鎧戸を開けて見るがいい。どうだ?〈奇形にされた林檎の樹〉が〈曲馬団の天幕〉が見えるか〈生存する不快感を催す人の群〉が!沈黙だ。ああ、駄目だ駄目だ発作だ。お前の死病よ。〈ティロール癲癇〉は悪化するばかりだ。わか

          「アムラス」

          クレイジーインアラバマ

          『クレイジーインアラバマ』 マークチャイルドレス/著 村井智之/訳 産業編集 センター 〈1965年の夏、アラバマで誰もがクレイジーになった夏だった〉。 12歳の少年ピジョーの夢は葬儀屋になる事。その時の為に葬儀場の間取図を書いている。犬小屋やプールもあるスゴイやつ。墓掘人だった祖父は、葬式中にクスクス笑いをしたのが遺族にバレてスコップで頭を割られて死亡。両親は墓場協議会の帰り父の居眠り運転あっけなくで死亡。2歳年上のクールな兄ウィリーと、大好きな祖母ミーモーとアラバマ

          クレイジーインアラバマ

          20世紀ラテンアメリカ短篇選

          『20世紀ラテンアメリカ短篇選』野谷文昭 編訳 さあ行こう 君と僕と。 大地を踏みしめ 沸き立つ水蒸気の その ゆらゆらの向こう とうに死んだ先祖たちの 目覚めを告げる やまない 深い深い吐息の くらいくらいの その。 さあ行こう。 地面から生えた たくさんの腕を掻い潜り つぎつぎと 亡者の腕が月を覆い たちまち密林となった その鳥の啼き声 その光る獣の目 その奥へ奥へと その。 行こう。 君が《青い目の花束》をねだったから 闇に踊る衣 熱い地面を蹴り 遠い物語

          20世紀ラテンアメリカ短篇選

          鍵のかかった部屋

          『鍵のかかった部屋』ポール・オースター 柴田元幸=訳 自分とそっくりの姿をした分身ドッペルゲンガー。第2の自我・生き霊の類いであり、死や災難の前兆とされるそれは、本人に関係のある場所に出現し、忽然と消える。そして、なぜかドアの開け閉めが出来るという。 7年前の11月、主人公の〈僕〉は、ソフィー・ファンショーと名乗る女性からの1通の手紙で、幼馴染のファンショーが身重の妻を残し、半年前に失踪していた事を知った。手を尽くして探したが行方は知れず、おそらく死んでいるであろうこと

          鍵のかかった部屋

          熱帯

          『熱帯』森見登美彦 文藝春秋 やりおった。森見登美彦がやりおった。完全に先を越された、抜け駆けである、超出し抜かれた感ハンパないんである、悔しいです。 ことの発端は大晦日に遡る。コタツもない、ミカンもない、TVもついていないこの部屋に、スマホの着信音が鳴った。学生時代の友人だ。年末の挨拶をするような奴だったか、と思い出る。果たして「沈黙読書会だ。1月6日18時、表参道に来い」と切ろうとする。待て、何だその〈沈黙読書会〉ってのは。どうにか聞き出したところによると、〈それは

          歌人紫宮透の短くはるかなる生涯

          『歌人紫宮透の短くはるかな生涯』高原英里(立東舎) 死の気配。 ひたひたと聞こえくる足音のせまるのにせかされふと覗き込んだ路地の、目を凝らす暗い闇の、時満ちた果実の身投げするばらばらと飛沫く血の音階の、歓びに身を震わせる人外の、雄蕊と雄蕊の睦言の不毛の、恋人の、永遠に耳元で繰り返される囁きの、嘘ばっかり。 14歳で詩作を始め、17歳で短歌の世界へ転じた夭折の歌人〈紫宮透(1962〜1990)〉。「紫宮透の三十一首」より表題となっている歌から印象的な語句を一つずつあげてい

          歌人紫宮透の短くはるかなる生涯

          10月

          『ざんねんなスパイ』一條次郎 (新潮社) (ザザザ、キーン、あーあー、本日は晴天なり。) 新宿の皆さんこんにちは!今月もやってまいりました「街頭書評」大変長らくお待たせいたしました。え?待ってない?はーい、ありがとうございまーす。まずは表紙を開いてこの真ん中の人物に注目。スーツ姿でサングラスの男が振り向きざまに右手で銃を構え、ネクタイが翻って格好良く、あズボンが短いです、ざんねん、老人臭が漂ってしまいました。しかしこの男こそが小説の主人公、長い清掃員勤務を経て73歳にして

          「 しき」

          『しき』町屋良平 河出書房新社 幕があがる。よく見えない見ることができない、だけどきっとたぶん何かあがる。プレパレーション。音楽がはじまる 直前の、用意、準備。〈血が、筋肉が、情緒が、あたたかにわきたちはじめた〉。音がなる。1・2・3・4。ワン・ツー・スリー・フォー。カウントも振りもあってる。けどいちばん伝えたいことがこぼれおちる。音と音の間に、1と2と3のすきまに。イチトニトサントシ、トの部分に。 彼/星崎/ほっしー16歳は夜の公園で踊る。動画サイトで見た「テトロドトサ

          2018・7・9

          地球にちりばめられて』多和田葉子 講談社 ちりばめられたものは語る 軍艦に乗るのかと思っていたのですがチラシの桶にちりばめられていました。匂いと温度と肌触りにまだなれません。ウニとマグロは俺が俺がと張り合いタコやイカは何だが冷たい、玉子や海苔は出生地が想像出来ないし何故か固く殻を閉ざした貝もいました。そんな皆が僕をトビコトビコと呼ぶのです。解せません。 ここに君とトビコの秘密を解く鍵があるかもしれない。と1冊の本をくれたのは、なんとクジラです。なんで桶にいるのだろう、で