化け者心中

「化け者心中」蝉谷めぐ実(角川書店)
舞台上で贔屓に足を斬られ膝から下が無い、至極上上吉の元女形でいまだ女装をし続ける人魚役者こと上方出身の田村魚之助(ととのすけ)。図体はでかいが心優しく初心な鳥屋(鳥専門ペットショップ)を商う信天翁(あほうどり)こと藤九郎。歌舞伎中村座の役者を喰い殺しその姿に成り代わった鬼を捕らえる為、かり出された二人である。信天翁は懐に鳥の雛を抱え、化粧衣装を施した艷な人魚を背負い江戸の町を駆ける。
中村座では心中物がかかっている。六人の役者の内、いったい誰が鬼なのか?その一人一人の心の内を暴いてゆく二人だが・・・。
〈どうあれば人間で、どうあれば鬼であるのか。なにがあれば女で、なにがあれば男なのか〉
〈上り詰めるために己の性を忘れてしまった役者など末代までの恥だと思え!〉
〈どうや、信天。鬼が誰だかわかったかい〉〈・・・鬼はもう、いいんです〉
〈おいらはどうして喰うたのだろう〉
容姿と才能に恵まれた立ち役者、七光りで大役を得るも才がない女形、芝居が好きで努力を惜しまないが華のない脇役、他人を蹴落としても桧舞台で光を浴びたい役者たちの舞台への凄まじい情念。しだいに明かされていく魚之助の生立ちと舞台と己の性への妄執。そして突き止めた鬼の正体とは。その時、読者は鬼よりも《おとろしい》ものを目の当たりにする。
芝居小屋の表から裏まで、役者たちの声から所作まで、冷水売りや籠屋、町娘たちや遊廓の花魁まで、江戸の町の賑わいが迫ってくるような描写が素晴らしい。
芝居はもとより世事もろもろに疎い信天翁のボケっぷりは、時に江戸時代に生きていない読者の気持ちを代弁するようである。それに一々ツッコミを入れる上方言葉の魚之助の艶っぽさよ。二人の掛け合いが物語に軽みと温かみを与えている。物事を平らかに見つめる二人の目に、人々は本心をぶちまけてみたくなるのだ。魚之助からそれを引き出したのは信天翁だ。金目銀目の三毛猫〈揚巻〉や鳥屋の金糸雀たちも可愛い。続編が楽しみだ。


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