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SFプロトタイピング小説「北部回廊」2

2.穣

 ジェイ国の政府援助機関だった国際協力公団【ジカ】は、2050年にその名を「国際信用創造公団―ジェイ・インターナショナル・クレジット・エージェンシー」と変え、【新ジカ】として、デジタル通貨 J・トークンの発行を所管することになった。中央銀行の国立ジェイバンクを差し置いて。

 2010年代半ばから先鋭化したブロックチェーン革命は、ジェイ国の救いの主だった。「急激な人口減少と極度の高齢化は、何をやろうがもう避けられない」と本気で覚悟したジェイ国は2050年、経済成長に囚われない社会を目指し、自国通貨イェンの発行を停止、貨幣経済にサヨナラすることを決めた。

 でも、どうやって貨幣経済にサヨナラする? どうやって国民を食べさせる? 

「半分ワカンダ人の俺が言うと説得力ないかもしれんが、ジェイ人の我々は、根っからの“いい人”だ。他人のためなら自己犠牲を厭わず、利他的だ。さらに誠実で、奥ゆかしい。世界中の多くの人々が、その希少価値に気づき始めていたのさ」

「その唯一無二の価値を究極の“信用力”と捉え、かつ人口減少による希少性を逆手に取った。『ジェイ人のやってることなら“いいこと”に違いない、絶対に信用できる。でも、遠い将来いずれ国家が消滅してしまう』と。これ以上のブロックチェーンとの親和性は、望みようがないです」

「全くその通り。でもってここからがミソだ。じゃあジェイ国の中央銀行がブロックチェーンを使ってトークンを発行し、市場に流通させれば良いのか、っていう単純な話でもない。“信用”の原単位をトークンという形でデジタル化することの意味は大きいが、それじゃユーエス国が物理的に発行していた貨幣“ダラー”と実質的に同じだ。デジタルかアナログか、だけの違いに過ぎん」

「ハハハ、相変わらずぶっちゃけすぎですよ、ジュマさん。当時の我が国とユーエス国では信用度が違いすぎです。あと今世紀初頭までは『中央銀行が貨幣をデジタル化することによるメリットは何か』が議論の中心でしたよね。シニョリッジ、つまり通貨発行コストが劇的に下がるとか、インフレ・デフレ制御がそれなりに容易になるとか、トレーサビリティが増して不正が起きなくなるとか。こういうのって、当時はデカイ話だったと思いますよ」

「全くその通り。でもそんなメリットは取るに足らん話だって気づいていた先達が、我々ジェイ人のなかにいた。ホントにこれはラッキーだったぜ、ケトラ。“信用創造”の根源的な意味を考え抜き、当時まだ黎明期にあったエム・エム・ティー理論の本質を、見事に見抜いていた同胞がいた」

 まるで明日の政府間協議の予行演習のような、ジュマの長い“講義”が続く。マケレレ専門職大学院・宇宙太陽光発電コースの1年後輩でもあるケトラは、敬愛する先輩ジュマのいつものパターンに飽きることなく、熱心に耳を傾けていた。

「ケトラ、『ジェイ人のやってることなら“いいこと”に違いない、絶対に信用できる』って言ったよな。世界中が我々の希少価値に当時気づいたのはいいが、じゃぁ、ジェイ政府は“例外なくいいことやってる国民の集まり”であることを、どうやって世界に証明しようとした?」

「マリス・ナカムラの『厳格エビデンス提示論』ってやつですか」

「そうだ。でもって、“いいこと”の度合いをどうやって定量化しようとした? そもそも“いいこと”って何だ? マケレレ大学の2年で学んだはずだよな?」

 ジュマの悪い癖である。悪戯っぽい目がケトラをするどく刺す。ただし悪意は無い。

「ジュマさん、大学2年のときの講義なんて覚えてないですよ。でもジュマさんがいまトウキョウ大学のリベラルアーツ社会人学修コースでやってる講義、この前MOOCムーク上でアップされてたの見て、バッチリ復習させてもらいましたよ」

「なに、もうアップされてんのか?俺の J・トークンまだ増えてないぞ。どういうことだ?申請はとっくに出したぞ」

「ハハハ、過去10年でUPoS アルティメット・プルーフ・オブ・ステークのプロセスがめっちゃ複雑化しましたからね。電力問題から無縁なのはいいですけど、時間がかかるのはちょっとねぇ」

「笑いごとじゃない。時間がかかるって、トークンの信頼性の根幹にかかわる話だぞ、おい」

「まぁ、それも含めて明日、ワカンダのお偉いさんたちと相談すればいいじゃないですか。オンラインAR会議わざわざ止めて、せっかく会いに来たんですから、きっと時間取ってくれますよ。それよりさっきの質問、真面目に答えますよ」

 ケトラは窓外のハゲコウから目を逸らし、いつになく真剣にジュマの目を見た。

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