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全てはなるようになっている


この言葉は、友人の友人の方が、「ノンデユアリテイ」というものを教えてくださった時にお聞きした。(それ以降、大して勉強していないので詳しいことは知らないのだけど)


人間生きていると、「なんでこんなことが私に起きるの?」とか「なんで私ばっかりこんなに苦労しないといけないの」と思うことが、何度があったという人がほとんどだろう。

私も、何度もある。

息子が亡くなった時も、
スクールを解雇された時も、
コロナの時も、

何回もそう思った。

ただ、一つを除いて私は「このようなことが起きた理由」を、自分なりに納得していた。
つまり「起きたことは変えられないけど、捉え方を変えることで、自分が納得する」ということを、やってきた。

ただ、たった一つ。
息子が亡くなったことだけは、どうしても納得が行かなかった。

なぜ息子が亡くならないといけなかったのか?がどうしても納得できていなかった。
そうは言っても、事実を変えられるわけではないことはわかっている。
それでも「なぜ?」という思いは消えてなかった。

そんな時、「全てはなるようになっている」という言葉、でズーンと深いところで
ようやく納得ができた。

私を含め、人は自分が世の中をコントロールできている、少なくとも自分の人生は
自分でコントロールできるもの、と勘違いをする。
でも、考えみれば当初自分が描いていた人生とは全く違う人生になっているし、
予想もしなかった出来事が次々に起きた。

今もその渦中にいる。
実は誰でもそうなのだ。自分のコントロールできないことばかりに囲まれているのだ。
自分で思い通りにしているのではなく、何かの力に従って動いた人が、「思った通りにいっているだけ」なのだ。

だから自分に聞いてみても、わからないことはそのまま放っておいていいのだと思う。
やがて、いつか、その答えがわかる時がくるのだから。

犬や猫を見るとわかる。
彼らは、自分の人生の行末なんて考えてない。

その行末をコントロールできるとも思っていない。
「今」この瞬間、楽しいことと居心地が良いことを求めているだけだ。

人に可愛がってもらえたらラッキーだけど、人に放っておかれたらその放って置かれた状況で楽しむ。

「人間も、動物なんだよ」

と妙に説得力ある言葉を娘が言った時に、難しいことを考えるのをやめた。

必要なものは与えられるし、
不安に思うことはなにもないし、
最後はなるようになる。

そう思ったら、目の前で起きていることも、いちいち腹を立てることもない。
もちろん、悲しいことがあったら悲しいし、悲しいのは当然だし、悲しいと思っているんだという自分を認めればいい。
その悲しい事実は変わらないけど、「なるようになっていたんだ」と思うことで、少し心が軽くなる。

もちろん、なにを信じるのか、どう考えるのか、はそれぞれの自由なので、決まりはないが、私にとっては「なるようになっている」と思うことで、かなりのことが楽になり、不安がなくなっていった。

「あなたにとっての幸せとは?」

という問いが、購入した手帳に書いてあった。
即答えが出てきた。

「心の平穏」

これに尽きると思った。


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