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世界一周の旅で出会った人たち#5 「ロンドン」

10月上旬。
イギリス、ロンドンは最高の季節だとショップ店員のお姉さんが教えてくれた。
そして、その言葉は100%正解だった。日本の秋も美しいが、ロンドンの初秋も本当に美しい。
あの映画「ノッテイング・ヒルの恋人」のロケ地として有名になった「ノッテイングヒルブックショップ」に行く途中の、黄色の落ち葉を見ながら頬に当たる心地よい風を、私は一生忘れない。
どこまでも歩いていけそうなくらいの晴天で、(おそらくロンドンには珍しい)地下鉄のノッテイングヒル駅から20分ほどの道のりを、ウキウキしながら歩いたのを覚えている。



素敵な住宅街
建物だけで、「絵」になる
ノッテイングヒル ブックショップ
観光客がたくさんいた

ただ、ここロンドンで最も印象に残った人は、この初秋のロンドンの美しさを教えてくれたショップ店員のお姉さんではない。
私が宿泊したアパートメントの「執事(バトラー)とでも呼ぶべき黒人中年男性だ。


宿泊したアパートメント入口

ニューヨーク同様、ロンドンのホテル代も半端なく高かった。
調べても調べても一泊50,000円以下なんて見つからない。
車がある人や、清潔さを気にしない人ならば、見つけることはできたかもしれないが、女一人旅で、治安は大事だし、三泊四日のタイトスケジュールではロンドン中心地に地下鉄で行け、極度の方向音痴のため、空港からも簡単に行ける場所で、清潔で、となるとなかなかない。
マリオット系列を諦め、アゴダで調べ始めた。
そして地理的にも値段的にも納得できるアパートメントを見つけた。
アパートメントとは、長期滞在向けのキッチン、洗濯機、冷蔵庫付きのこじんまりしたホテルだ。
それでも一泊40,000円はするが、場所が地下鉄駅に近く空港から一本で行けるとわかったので、方向音痴にはありがたいと思い、予約した。


最寄り駅


乗る必要がなかった「ヒースローエクスプレス」
パデイントン駅到着 ここも必要なかった

それなのに何故かヒースロー空港から違う列車に事前予約までして持ってしまい、帰りのチケットは必要ないので結局キャンセルもできず捨てたし、駅から歩いて辿り着いたアパートメントでは「予約がない」と笑顔の可愛い言われ、予約票を見せると「別のアパートメントです」と言われようやく辿り着いたアパートメントの入口に彼はいた。


アパートメントの外観は、この街、いやロンドンにぴったりの中世風、二階建て建物で、中を綺麗にリノベーションしているのがわかった。チェックインをするのは、若い愛想のない男性スタッフ。
その脇にあるミニロビーにある、ファブリックチェアに座っていたのが、「バトラー」なのだろう、黒人中年男性だった。
私が入ってくると、立ち上がりながら「Hello」と言い出迎えてくれた。
このビシッとワイシャツにベスト、磨き上げた革靴を履いた、細身の黒人男性は何をするのだろう、と思いながらカードキーをもらって部屋に一人向かった。

アパートメントを出て、地下鉄駅へ向かう道
わずか5分ほどの便利な場所だった
こんな「住宅街」ってすごい
こんなところに
住むのは、やっぱり憧れる


開かない。
カード式のカードをタッチしても、うんともすんとも言わない。
「古いから壊れてる!」
と思い込んだ私は全ての荷物を持ち、フロントに戻った。
私の慌てた様子を見て、黒人バトラーは立ち上がった。
「鍵が開かないの」
そういうと「Ok」と完全に落ち着いた様子で、一緒に部屋まで向かってくれた。
私がタッチすると、「No」と言って、カードキーを私の手から取ると、「差し込んだ」
え?
これはタッチじゃなく差し込み式?

と聞くと「そうだよ」と優しくいう。
「ありがとうー」と大きな声でお礼を言ったのは恥ずかしかったから笑

無事部屋に入ると、良い。
すごく良い。
1人で「暮らす」のにちょうど良い広さと家電、バスタブまでついてる!
普通シャワーだけ、というホテルが多いのに。


アンテイークなテーブルと
椅子

荷物を出してクローゼットに服をかけ、ロンドンでの暮らしに備える。
やっと一息ついて、唯一のアンテイークなテーブルとセットの椅子に座る。
小さな木枠の窓の下には中庭が見える。
柔らかな夕陽が差し込み、ずっと前からここに住んでいたような感覚になる。

実は、13年ほど前に母と叔母を連れ、娘の留学先であるポーランド、ワルシャワ
に旅をしたことがある。娘と合流し4人で訪れたロンドンからウイーンへ移動する地下鉄で娘がすスリにあってしまったことがある。混み合っている地下鉄で離れ離れになってしまった(これも犯人たちの手口だと思うが)守り切れなかった。
幸いにも娘の財布には、3,000円ほどしか入っておらず、財布も3,000円くらいのものだったのでクレジットカードを即止めてことなきを得た。(まあまあ手続きは大変だったが)


そのためロンドンには良い思い出がなかったのだが、ここはしっくりきて、悪い思い出の上書きができそうだという予感がした。

少し落ち着くと「洗濯しよう」と思い立ち、日本製ではない全自動乾燥機付き洗濯機を回そうとするが、うんともすんとも言わない。
外出前に洗濯機を回したい私は、室内にある内線電話で事情を伝えようとした。
受話器を取ると、普通鳴るはずの「ツーン」という音がしない。フロント番号9を押してみても、案の定何も言わない。「電話が壊れてる」、
二つの壊れたものの報告のため、再びバトラーのところへ向かった。
彼は以前と同じく、ロココ調のソファに、細身の体を乗せていた。その背筋はどんな時もピン、っと伸びているが、その動きは滑らかだ。
「どうした?」という表情を浮かべた彼に「洗濯機が動かないの」というと、すぐに立ち上がり、私の部屋に再度来てくれた。

キッチン


ベッドも十分な大きさ

キッチンの下に備え付けられている洗濯乾燥機のつまみを、一つ一つ操作しながら教えてくれる。
すると、中に何も入っていない状態で、洗濯機は動き始めた。その都度、説明を加えてくれる。
そして、動き出したのを確認してから、再度彼は手順を教えてくれる。
「このつまみを右に捻って、このボタンを押して・・・」と、とてもわかりやすい英語で説明をしながら、操作してくれる。そのおかげで私は、しっかりと操作方法を覚えることができた。
「Thank you」と言って、再度彼を見送ると、私は早速洗濯機に洗濯物を入れて、回し始めた。あとは、「買い出し」だ。
着替えを終え、クローゼット内にある貴重品ボックスに、パスポートなどの貴重品を入れていくことにした。黒い鉄製の箱を開け、中に貴重品類を入れ鍵を閉めようとするが、私が慣れているはずの方法では、うんともすんとも言わない。「壊れてるんじゃないか」とまた思い、電話について言い忘れていたため、再度バトラーのところに向かう。

やはり彼は、あの椅子に座り、落ち着いた様子で居心地の良いミニロビーにいた。
「どうした?」という表情を再度すると、私は「セーフテイボックスの鍵が閉まらないの」と伝えると、またまた彼は私の部屋に向かってくれた。
クローゼットを開け、彼に見せると、無言で操作を始めた。それをみていると、私のやり方とは全く違う。「え、そんなふうにするんだ」と私がつぶやくと、再度説明しながら教えてくれた。
「OK。わかったわ」というと、彼は「じゃあ、やってみて」と、まるで先生になったかのように、私のやり方をテストする。いや、単に私が信用されてないだけだ。
こんなに何回も聞きにくるゲストなんて、そうそういないはずだ。
でも、彼が優しいのと、親切なおじさんっていう雰囲気が、私に「わからないことはなんでも彼に聞けばいい」と思わせてくれたと思う。

「わかった。まず暗証番号の設定・・・」というと、彼はくるっと後ろを振り向き、その番号が見えないように配慮してくれる。
「もう設定終わったかい?」と聞くので、「はい、終わった」と答えると、こちらを向いて私のやり方を見守る。
「その後にこれを押して、セット完了」「そうだね。じゃあ、開けてみて」というと、また彼はくるっと後ろを振り返り、私が暗証番号を入力すると、再びこちらを向いて、「これを押して、こうすると、、、開いた!!」という私に、「よくできました」と言わないが、そんな表情を浮かべた。
何度も何度も私のために足を運んでくれた彼に、「教え方がすごく上手いわね。すごくいい先生だわ」と、褒めると、肩をすくめた。まあ、あまりにも私が機械音痴過ぎるのだろう。それは私も自覚しているが、「Thank you so much」と何度も言って、彼をドアまで見送った。

アールズコート駅

おそらく彼は、こんな時のためにフロントスタッフとは別に採用されているのだろう。なんとなくだが、このホテルのオーナーととても長い付き合いで、以前はきっとホテルで働いていた経験があり、オーナーに「なんでも係」としてここにいてほしい、と言われているのだろうと想像した。
その物腰と口調はとてもソフトで、こちらに警戒心を与えない。さらに、機械の扱い方は完璧に覚えていて、簡単な故障なら彼は治せそうな気がした。3度の「トラブル対応」で、すっかり彼を信頼している自分がいた。そして、電話の故障を言い忘れていた、と気づいた。

貴重品ボックスに鍵をかけ、安心して出かけようとフロントに向かうと、「彼」があの椅子に座っていた。そこで、「スーパーに買い物に行きたいんだけど、近くにお店はあるかな?」と聞いた。
すると、彼は今までと同じように丁寧な口調で、「ここをまっすぐ歩いていくと、駅がある。その駅のすぐ隣に一つスーパーがあるよ」と教えてくれた。ついでに「電話が故障してつながらないみたい」と言うと、「OK。直しておくよ」と簡単に引き受けてくれた。
私はまたまた安心して、スーパーへと買い出しに出かけた。結局毎日このスーパーに出かけ、自分で料理をして、食費を節約した。まさに「住むように滞在した」のだ。


スーパーへの道 流石の私でも迷うことは
なく、たどり着いた
地下鉄も綺麗になっていた
「ノッテイングヒル」という地名を見て、あの映画を
思い出した

翌朝も、その翌朝も彼はいつもの椅子に座っていて、「Good Morning 、Madam」と言って挨拶をしてくれる。まるで家に執事(バトラー)がいるかのような安心感を彼は与えてくれていた。
どんなトラブルがあっても大丈夫、だと思えた。

それほどお世話になった彼に、ロサンゼルスで買ってきたチョコレートを渡したいと思ったが、チェックアウトの日だけ、彼はあの椅子にいなかった。代わりに40代くらいの白人男性が、チェックアウトの手続きをしてくれた。最後に会えないのは、本当に残念だったが、ロンドンに行ったらまたあのアポートメントに泊まりたい、と思わせてくれた彼との出会い、やり取りを私は決して忘れることはない。

「人にはそれぞれの役割がある。気づいていてもいなくても、やがてその役割を果たすようになる」

彼と接していると、そんな言葉が浮かんできた。

ITの時代になり、接客業もどんどん「省力化」している。
人が必要なくなっていることは、コスト削減にもなるし、トラブルも減るだろう。
一方で彼のような人が、一人そこにいるだけで与えてくれる安心感を、私は改めて感じたし、それを含んだホテル代ならば決して高過ぎはしない、と思った。

実は彼との出会いをきっかけに、私は「ザ・スターズ」と言う小説を書いて、只今応募中だ。(結果が出るまでは公開できないので、ごめんなさい)

まさに彼は、あの場所にいるべき人なんだ、と私には思えた。

この世界一周の旅で出会った人たちは、私に大事なことを教えてくれようとしている。
この旅に「背中を押されるように」出かけた理由が、おぼろげながらわかった気がしていた。

次回へ続く


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