見出し画像

海を渡った明治の工芸にならう

私の母方の高祖父は、明治時代の銀器職人で、宮内庁お抱えの帝室技芸員でした。祖母の自慢は「おじいさんは橋本雅邦と一緒」。それを聞いた幼い私はさっぱり。祖母の出身地である台東区は、もともと錺(かざり)職人の地で、それが江戸銀器を経て、東京銀器という伝統工芸になりました。そういえば、御徒町のあたりは小さな宝石屋さんが多いですね。

祖母は銀器は普段から使えという人で、我が家の日々の食卓には純銀のカトラリーが並んでいました。幼い頃のベビースプーンも銀器。そして、私が結婚するときに、母が家で使っていた銀器を持たせてくれたのです。ちゃんと手入れをしていないので、いぶし銀状態で使っていますが、その味わいも気に入っています。以前、宮内庁の所蔵品展で、全く同じカトラリーが展示されていて、とても感慨深かったです。もちろん、我が家のものとは違いピカピカでしたが。

今はフランスで生活していますが、フランス人の友人が我が家にくると、初めてみる人からは必ずといっていいほど「蚤の市でフランスっぽい良いの見つけたね!」といわれます。高祖父のもので、裏面に日本語で「銀器」と書いてあるのを、どうだ! と印籠のようにみせると、おみそれいたしました! という気持ちがよい反応が返ってきます。もちろん、Empereur(天皇)と同じものという自慢も忘れずに。そもそも、日本人がカトラリーを使うイメージもあまりないようで、未だに日本人全員お箸しか使っていないと思っている人も。

画像1

我が家のカトラリーは全く日本のものに見えないようですが、かつて日本の工芸が、海外進出を目指した時期がありました。
それは、明治時代。維新の社会変革により、それまで工芸を支えていた武士や豪商が没落して、買い手を失った職人たちが廃業を余儀なくされました。そこで、明治政府は輸出振興の方策を打ち出し、海外博覧会への参加を推し進めたのです。もう日本国内では売れないから、海外に売ろう!というもの。
高祖父も、幕府御用の金属細工師の家を継ぎましたが、維新後は輸出品の仕事につきました。

中でも主に武士階級を相手とした金工、武士や富裕町人によってささえられていた蒔絵などは窒息状態に陥ってしまった。しかし、陶磁や染色は一時衝撃をうえたとはいえ、一般の日常生活必需品ではあったし、かつ各産地が特色をもっていたこととて、金工や漆工のような打撃をこうむることはなく、むしろ早くから西洋の材料・技術の研究すら試みていたのである。
(日本の美術9 No.41 明治の工芸 中川千咲 編より)

廃刀令により、特に金工と漆工が打撃を受けました。そんな厳しい状況を金工と共に分かち合った、漆工。今、輪島塗は、明治の工芸に習って、再び海外進出を目指しているそうです。

和樂webラジオ「日本文化スナック」で、漆芸の職人集団「彦十蒔絵」プロデューサー、若宮隆志さんがお話されていました。チキンラーメンのひよこちゃんや、キティちゃん、アトムなどのキャラクターを蒔絵でつくられる、とってもモダンな職人さん。もちろん、王道の古典的なモチーフもつくられます。ご自身も制作されつつ、他の職人さんたちのこともプロデュースされているという点も、工芸業界では新しい存在です。

輪島塗は、バブル崩壊後から、厳しい状況に立たされているそうです。50年ほど前の高度経済成長期に、一般家庭が豊かになった流れにのって、輪島塗が家庭に入ってきました。それまでは、お殿様の食器だったものが、庶民が手を伸ばせば届くものになったのです。

輪島塗の販売網の歴史も大変面白いもので、かつては椀講といって、地方を売り歩いていました。積み立てたお金で、1年に1回、輪島からきた商人から商品を買うというシステムです。輪島塗は遠くに売りに行くから、なかなかすぐに治せない分、丈夫に作ってあり、お値段が張るという話を思い出しました。
昭和40年代には、力を持ち始めた商社が、百貨店の商材にし、一気に全国区に広まりました。輪島塗といえば、豪華絢爛な蒔絵の印象が強いのですが、元々は無地が多く、この時期から華やかな装飾が施されるようになったそうです。

その後、バブル崩壊を迎え、発注が激減。今でもその痛手を引きずっているところから、明治の工芸に習い、海外進出を目指す、という流れになったそうです。
海外の方が人を支援しようとする意識が高く、漆の理解はそこまで深くはないかもしれないけれど、わかってもらいやすいそう。でも、やっぱり最終的には日本人にもわかってもらいたい、というお話が印象的でした。

今回は、いくつもの新しい単語に出会いました。

夜光貝:螺鈿用の貝で、沖縄で食べられる。
葦手絵:水の流れや、草などの絵画の中に文字を擬態させた絵のこと。
卵殻:漆で貼り、それから研ぐ技法。殻の薄さ、きめ細かさが求められるので、うずらの卵を使う。
麺塊:日清の社内用語で、麺のこと。

毎回、多くの学びがある、和樂webラジオには感謝です!

彦十蒔絵の動画がYoutubeにあるので、興味がある方はぜひ!


もし面白いと思う記事がありましたら、興味ありそうな方にご紹介いただけたら、とっても励みになります!記事のシェアが一番のサポートです!