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理論的玄人と天才的素人-自分が子どもだったら!という『普遍的な専門性』-

1.「専門性」とは何か?
 40年前、初任として赴任した知的障害養護学校(現在の特別支援学校)の小学部では、当時流行っていた発達検査に依拠した系統的な指導が展開されていた。
 一方、中学部では、「農村型教育の展開」と称して、グラウンドの奥にある広い空間-夏場はサバンナのような雑草原になり野ウサギが飛び回っていた-を切り開いて「中学部の里」を開拓することになった。数年かがりの巨大プロジェクトであった。
 予算もなかったため、解体される民家があると聞けば、リヤカーを引いて廃材やトタン板などをもらった。現場の人と持参したお茶で交流した。廃材でその空間を取り囲む牧場風の柵を巡らせた。廃トタン板も活用し、雨天時作業用の大きな小屋を立てた。
 煮炊きできる釜戸も作った。本格的な炭焼き小屋も作った。当時は木製だった古い電柱で巨大アスレチックも作った。椅子やベンチは一体いくつ作ったろう…もちろん、畑も開墾した。収穫した芋や大根で鍋を煮炊きする傍らで、食品加工(切り干し大根等)をした。文部省(当時)が始めた「交流学習」(現在の交流および共同学習)の研究指定校となり通常の中学校と交流した。中学校側は「儀式的な行事」や「交流ゲーム」のような活動をイメージしていたのだろう……「中学部の里」での活動に目を丸くしていた。驚きながらも、回を重ねるうちに中学生も先生方も「本気」になっていく姿が印象的であった。
 さて、当時、初任であった筆者の目から見ても、-失礼ながら-中学部の先生方は専門性の高い先輩には思えなかった。少なくともこの世界の「玄人」ではなかった。「玄人」受けするおどろおどろしい「実態」把握などしない、理論など語らない。その意味では「素人」であった。しかし、子どもの年齢、発達段階、生活経験等を無視して、あえて小学部と比較したときに、どう見ても中学部の子どもたちの方が生き生きとし、学校を楽しみにしているように見えた。正に、「自立的に生きる基礎」(教育基本法第五条二項)ともいえるパワーがみなぎっていた。
 加えて、確かなことが一つだけあった。それは、中学部の先生方は子どもにも保護者にも好かれていた!施設提携校であったため、かなり障害の重い子どもが中心で言葉で会話が可能な子どもはごく一握りだった。その子どもたちも含めて、その先生方のことが大好きだった-それは子どもたちの活動ぶりや表情が雄弁に物語っていた。
 ……さらに、驚いたことがある。それは、当時の交流相手の中学校から、2年続けて先生が転勤してきたことだった。現在の「人事交流」ではない!「交流学習で感動した!自分もやってみたいと思った!」(数学科の先生)、「この活動の様子で音楽劇のような活動をやりたいと思った!」(音楽科の先生)……。子どもだけでなく、教師も楽しく・やりがいある活動は、その心に響くのだ。

                                                                   佐藤教授の研究室のある
                                                                  植草学園短大棟(A棟)

2.天才的素人という「専門性」
 さて、「専門性」という観点からこの不思議な状態をどう解釈すればいいのだろう?そもそも「生き生き」「楽しそう」という情緒的な観点は評価の対象にはなじまないだろうか?仮に、評価の対象とした場合、小学部の先生方の「専門性」と中学部の先生方の「専門性」には違いがあったのだろうか?違っていたのだとすればそれは何であろうか?
 見方を変えれば、当時の小学部は極めて理論的な「玄人」集団であった。一方の中学部は、「素人」とでも言うべき、着想の素朴さ、大胆さ、そして、熱量があった…。それは「天才的」とも言える感性のほとばしりでもあったと思う。それは今思えば、知的障害教育の核心でもあった。
 (知的)障害という困難性を抱える子どもたちは努力しても結果として「できない」、「不適切」になってしまうことがある。その意味では、「障害の困難性は治され」「発達が支援され」「教えられなければならない」対象となる。不適切行動が多いとされれば行動分析の「専門性」が期待され、コミュニケーション力や言葉が拙いとされれば言語指導の「専門性」が求めらる。「発達」支援、「障害」支援、「特別」支援という視点だけで考えれば、「あると便利で・役に立つ専門性」は、おそらく斯界には数多く存在する。そして、小学部の先生方の「専門性」もその有用性が高い方法の一つであったに違いないのだ。
 
3.「学校」の先生に子どもが求める「専門性」
 一方、「学校」に子どもが本音で求める、子ども目線での「専門性」とは何だろう?「学習塾」への求めではなく、「児童発達支援センター」とも違う、ましてや「医療機関」ではありえない「学校の先生」への求めや期待とは何か?どうやら「学校の先生」ならではの「学校の先生」にしかできない「学校の先生」の「専門性」を考える必要がありそうだ。
 考えてみれば、子どもたちは病院のように「悪いところを治す」ために学校に来るわけではない。障害という困難性の有無に関わりなく、子どもたちは仲間とともに楽しく・やりかいある学校生活を過ごし、「先生!今日は楽しかったよ、明日も来るね!」と本音で言える毎日を期待しているのだ。

 だとすれば、「自分が子どもだったら!」という感性と発想力こそ、「学校」教育における「学校の先生」としての「なくてはならない『普遍的な専門性』」といえるのではないだろうか。(つづく)


佐藤愼二
植草学園短期大学こども未来学科 特別教授
https://www.uekusa.ac.jp/juniorcollege/child_tro/child_tro_spe/child_tro_spe_002

植草学園大学・短大 特別支援教育研究センター
障害者支援を学ぶことは、すべての支援の本質を学ぶことです。千葉市若葉区小倉町にキャンパスをもつ植草学園大学・植草学園短期大学は、一人ひとりの人間性を大切にした教育を通じて、自立心と思いやりの心を育むことにより,誰をも優しく包み込む共生社会を実現する拠点となることを学園のビジョンとしています。特別支援教育研究センターは、そのビジョンを推進するため、平成26年度に創設され、「発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業」(文部科学省)の指定を受けるなど、様々な事業を重ねてきています。現在も公開講座を含む研修会やニュースレターの発行なども行っています。                                     tokushiken@uekusa.ac.jp

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