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短編小説『未来の自分』⑤(最終話)将来の夢


「嘘、、、そんなの嘘よ。鈴江君が、、、。そんなこと、そんなことあるわけがない」と先輩は言った。
「衝撃の事実だろう。これが、お前達が知りたがっていた真実であり、俺がそいつを殺そうとした理由の全てだ」

「詳しく話しなさい。最初から最後まで。あんたのことは当然信用できないけど、話だけは聞いてあげる」と原田さんは言った。
「いいさ。ここまで話したんだ。そいつの犯した罪の深さを、身に染みて分かるように教えてやろう」
僕は自然と、唾を呑み込んでいた。

 男は真剣な表情で話し始めた。
「今から38年後のことだ。2050年代の末に、第三次世界大戦が勃発する。世界は、資本主義陣営と社会主義陣営に分かれて争った。
資本主義陣営の主力が、アメリカ、イギリス、オーストラリア。社会主義陣営の主力が、ソ連、中国といった面々だ。
そう、ソ連は復活したんだ。数十年前の2030年代の半ばに、ロシアでは体制が再び社会主義に切り替わり、ソビエト連邦が再興した。そうしてソ連は社会主義陣営側として、第三次大戦に参戦することになった。
開戦から1年後の2060年代初頭、ソ連はアメリカの主要都市であるロサンゼルスとシアトルに、核爆弾を落とした」

 アメリカに核、、、。

「だがあのアメリカだ。報復しないはずがない。アメリカは開発して間もない新型爆弾を、ソ連の各主要都市に次々と投下し、跡形もなく消滅させていった。
その新型爆弾は、接触した物質を全て消滅させる恐ろしい威力を持っており、都市を丸ごと滅亡させるほどだった。新型爆弾が投下された都市に残ったのは、海だけだった。そして俺の故郷も、その被害に遭った都市の一つだった」

 この男は、日本人ではない。日系ソ連人か、、、。

「俺は当時、敵国のイギリスに出兵しており、爆弾の被害には遭わなかった。だが、故郷には家族がいた。婚約した恋人だっていた。大切だった人達が、爆弾のせいで一瞬で消え去ったんだ。
俺の全てを奪ったその新型爆弾の名が、『反粒子爆弾』といった」

 反粒子、、、爆弾。
反物質の、対消滅、、、。

「アメリカは開戦前から、『第2のマンハッタン計画』と呼ばれる反粒子爆弾についての実験を行なっていた。
その実験で最も主導的役割を担った人物が、数年前から単身アメリカに渡り、反粒子について研究をしていた日本人科学者だった。
実験はその科学者を中心に行われ、成功に導かれた。その結果、何千万という命が失われた。反粒子爆弾を製造した日本人科学者こそ、鈴江稔。お前なんだ」

「あり得ない」と野上先輩が言った。「鈴江君がそんな、そんな兵器を造るわけがないっ。何かの間違いよっ」
「残念ながら、それが紛れもない真実だ」
「証拠はあるの?」と原田さんは言った。「その話の客観的証拠は」

「あるさ。そういった機会もあるかもしれないと、証拠は常備してるんだ」と男は言い、肩に掛けていたビジネスバッグをこちらに投げて寄越した。
黒いビジネスバッグが、僕らの足元に落下した。
「その中に、証拠となる資料がいくつか入ってる。ご丁寧に、日本語で書かれた資料ばかりだ」

 原田さんは男に銃口を向けながら、恐る恐るといった感じでビジネスバッグを開き、中から新聞のような物を取り出した。
「暗くて見えづらいわ。あなた達、携帯のライトで照らして読んでみて」と原田さんは僕にその新聞を手渡した。

 公園内は街灯が設置されていないために暗く、確かに何が書かれてあるか分かりづらい。
「私が照らすね」先輩はスマートフォンのライトを点灯し、僕が手に持った新聞に光を当てた。
先程まで不明瞭だった新聞の記事が、鮮明に浮かび上がった。

 新聞は日本社会新聞の物で、見出しにはこう書かれていた。
『「反粒子爆弾の父」鈴江稔氏の戦争責任』

「反粒子爆弾の、父、、、」と原田さんが呟いた。

 そして記事には、こう書かれてあった。
『2054年に、反物質についての研究で48歳の若さでノーベル物理学賞を受賞した鈴江稔氏は、科学の発展に大きく貢献したことは言うまでもない。
しかし3年後、氏はアメリカに渡り、軍事研究の道に進んでいく。氏は軍のプロジェクトである『第2のマンハッタン計画』に参加し、そこでは中心的な主導者として実験を行うことになった。
そして、2059年から始まった第三次世界大戦で最も多くの死者を出し、甚大な被害を与えた存在が、氏の製造した反粒子爆弾であった。
大戦では資本主義陣営の勝利に終わり、計画に加担した軍や科学者たちが戦争責任を追及されることはなかった。
だが倫理的な観点から、全てを一瞬で破滅させるような非人道的な大量破壊兵器・反粒子爆弾を製造したことによる鈴江稔氏の責任が国際的に問われないことは甚だ疑問だ。
ましてや、開戦前は唯一の被爆国であった日本の科学者が、このような兵器を開発してしまったという事実は、同じ日本人として誠に遺憾である。』

 本心では信じたくなかったが、この男の言うことはどうやら間違っていないらしい。
僕は未来で、本当に取り返しのつかないことをしてしまった。大勢の命を、未来を奪った。

 他にも男のビジネスバッグの中には、別の新聞記事や雑誌が入っており、そのどれもが僕が反粒子爆弾を製造したことについて書かれていた。
新聞や雑誌は本物としか思えなかったし、この男が話の信憑性を高めるために作った壮大な偽物だとは、とても思えなかった。

「あんたが鈴江君に殺意を持った理由は分かったわ」と原田さんは言った。「だけど、彼はまだ何もしていない15歳の少年なのよ」
「原田さんの言う通りよっ。確かに、未来で鈴江君がやったことは絶対に許されることじゃない。だけど、どうしてこの時代の鈴江君が殺されなければならないの?」

「前に何かの記事で見たことがある」と男は言った。「鈴江稔は、この2021年の高校1年だった夏の時期に、ある本を読んで本格的に科学者を志したと。その本のタイトルは、『時空の大域的構造』」

 今日、僕が図書館で読んでいた本のタイトルだ、、、。

「だから俺は、科学者を志した時期のこいつを殺してやろうと、そう誓ったんだ。わざわざ昼間にこいつが図書館でその本を読んでいることを、実際にこの目で確認までしたさ。とにかく、この時期のこいつを殺すことに、意味があると思った」

「でも、あんただって理解しているでしょう?」と原田さんが訊いた。「タイムトラベラーが自分の時代と異なる時代で殺人をすれば、代償としてその人間は一切の痕跡も残さず消滅してしまうって」
「えっ、、、そうなんですか」と先輩が訊いた。
「ええ、そういう風に設計されてるの。歴史の改変を防ぐためにもね」

 なるほど、、、。道理で僕のような人間は、未来で大勢の人々から恨みを持たれているはずなのに、この15年間何事もなく生きてきたわけだ。
タイムトラベラーが犯す殺人は、自身が消滅してしまうという代償がある。
だから僕を殺そうと思っても、その代償の存在が抑止となっている。

「最初から心中覚悟の上だ。これ以上俺に失うものは無い。それに、こいつは未来であまりにも多くの命を奪い過ぎた。どちらにしろこいつは存在しない方が、後の世界にとっては有益なんだ」
「考え方なんて変わるわよっ」と原田さんが言った。「こんなに悲惨な未来を知っているのと、知らないのとでは、これからの彼の選択は必ず違うものになるわ」

「こいつは、悪魔なんだっ。鈴江稔は無条件に殺されるべき悪魔なんだっ」
「実際に爆弾を利用した軍だって悪いはずでしょっ? それを決定した政府だってっ。どうして鈴江君ばかり、この時代のまだ何もしていないこの子に、責任を負わせようとするのっ」と原田さんは言った。
「こいつさえ存在しなければ、反粒子爆弾は生まれなかったんだっ」

「僕は、僕は確かに漠然と科学者になりたいと考えていました、、、」
「鈴江君」
「だけど、その考えは今日で捨てます。この人の言う通りだ。きっと存在してるだけで僕は、誰かの迷惑になってしまう。だから科学部を辞めて、いや、学校すら辞めようと思います」

「辞めて、、、どうするの?」と先輩は訊いた。
「生きること自体を、放棄しようと思います、、、」と僕は答えた。
その瞬間、僕の頬に強い衝撃が走った。

「ふざけないで。次そんなこと言ったら、今度はもっと強く引っぱたくから」
そう言った先輩の瞳には、微かに涙が滲んでいるようだった。
「先輩、、、」
「生きることを放棄するだなんて、そんな悲しいこと言わないで、、、」と先輩は言った。「鈴江君、あなたは生きるのっ。科学部を辞めることも、絶対許さないから。先輩命令よ、これは」

「でも僕は、、、」
「鈴江君は、科学が心の底から好きなんでしょ?」
「はい、、、。だけど、、、」
「だったら、沢山の人を救う科学者になって」と先輩は言った。「決して、無差別に人を殺してしまうような破壊兵器なんか造らないで。人種や国籍関係なく、世界中の困っている人達の味方になるような、優しい科学者になって。平和を愛する人になって。そうすれば、未来の君がやってしまったことの、罪滅ぼしになると思うから」

「先輩、、、。はい、命を懸けて、誓います。そんな人間に、なれるように、、、。僕、生きてていいんですね? 生きて、科学者を目指しても」
「当たり前じゃない」と野上先輩は言った。「知らないの、鈴江君? 未来は変えられるんだよ」

 先輩のその言葉を聞いた瞬間、自然と僕は一粒の涙が流れ落ちた。

「ちっ、詭弁だ」
「詭弁で結構。とにかく、鈴江君は殺させないから」と原田さんは言った。

 僕は男に向き直り、頭を下げて言った。「未来の僕が、ごめんなさいっ。本当に、ごめんなさいっ。謝っても謝りきれないほどのことを、僕はやってしまいました。絶対に、やってはならないことを、、、。だけど、どうか、どうか僕にチャンスをください。もう一つの、全く違う未来を歩むチャンスを、、、」

 男は数秒間黙ってから言った。「未来のお前は、絶対に許すことはできない。絶対に許してはならない。だが、どうしてだろうな、、、。今のお前を見ると、どうしても責める気がしなくなった、、、。時間軸も確実に変わっているし、おそらくこの世界で反粒子爆弾が製造されることは、ないだろう」

「それは金輪際、鈴江君に手をかけることはないということね?」と原田さんは訊いた。
「ああ、そういうことだ」
「そう。信じるわ」と原田さんは言った。「鈴江君、野上さん、あなた達二人は帰りなさい。後のことは、私一人に任せて」

「えっ、どういうことですか。どうして原田さん一人で、、、」と先輩は言った。
「この人には、元の時代に帰ってもらう。未来に帰るまでの瞬間を、私が見届けるの。ただ、タイムトラベルの現場を別の時代の人間に見られることは、あまり良しとされてなくてね、、、」

「そういうことですか、、、」と先輩は言って、僕の顔を見た。「鈴江君」
「はい」
「帰ろう」

 その日の夜。時刻は21時49分。
あれから僕と先輩は、互いに真っ直ぐ家に帰った。

 僕はこうして自分の部屋の机に向かい、何をすることもなくただぼうっと時間を持て余していた。

 あんなことが起きて、あんなことを知った直後には、何をする気にもならない。
食欲だって湧かないし、かと言って、シャワーを浴びて就寝する気力だって湧かない。
ただ何もせずに、机の上でシャーペンを弄くり回したりするだけだ。

 窓の外の虫の鳴き声が、気落ちした僕を慰めてくれているような気がした。

 不意に、スマートフォンの着信音が鳴った。
原田さんからだ。

 僕はスマートフォンを手に取った。「もしもし?」
『鈴江君。原田だけど』
「原田さん」
『これから私が話すこと、落ち着いて聞いてね』
「え、、、はい」
『少し前に私は、あの男のタイムマシンが停めてある場所まで、一緒に向かったわ。彼が機体に乗り込む瞬間も見届けた』
「ええ」
『ただね、彼、何を思ったのか、、、機体を操縦し始めた直後よ。海に向かって、一直線に機体を突っ込ませたの』

「え?」
『私達の乗るタイムマシンはね、性質上、水中に浸かることは自殺行為に等しいの。雨とかは大丈夫なんだけど、水中に浸かった機体は強い負担がかかって、その状態では操縦が利かなくなるし、タイムトラベルも不可能になる。事実、彼の乗った機体は海から上がってこずに、そのまま沈んでいったわ』
「どうして、、、」
『分からないわ。元々精神的に追い詰められてて、何かの拍子に吹っ切れたのかもしれない。どのみち彼はもうこの世にはいないから、胸中は当の本人にしか知る由もないことだけね。ただ、君にはちゃんと私の口から伝えた方がいいと思って』

「そうですか、、、。いえ、教えてくれてありがとうございます」
『構わないわ。一応、警察にも匿名で通報はしておいた。自動車が海に落ちたって嘘を交えてね。警察には会いたくなかったし、そろそろ私も元の時代に帰らないといけなかったから』

 ということは、今頃警察は機体の引き揚げ作業に乗り出しているのだろうか。
もしかすればこの町は、世界で初めてタイムマシンが発見される町になるかもしれない。

「原田さん、、、すみません。今日のこと、なんて言えばいいのか、分かりません。本当に、ありがとうございます、、、」
『言ったでしょ、これは仕事なの。私の個人的な感情で働いた行為ではないわ。だから、あなたは色々と気負わなくていい』
「はい、、、分かりました」

『ああ、それとね、実はずっとあなたに隠してたことがあったんだけど、もうこの際だし、それも言っちゃうわ』
「何ですか」
『私、2055年の未来で、探偵社に勤務してるの。それで今回のこと、ある人に依頼されて仕事を請け負ったんだけど、依頼者、誰だと思う?』
「そんなの、見当もつきませんよ」

『聞いたら驚くわよ。依頼したのはね、野上さんなの』
「えっ、野上先輩?」
『そう。学生時代、あなたのことが好きで、事件当時は学校を暫く休むくらい本当に落ち込んでたみたい。自分の世界の時間軸ではあなたが生き返らなくても、別の世界の時間軸ではあなたに生きていてほしくて、依頼したそうよ。勿論、犯人が誰かも知りたがってた。野上さんは、事件から34年の月日が経っても、あなたのことは忘れたことがないと、そう話してたわ』
「そうですか、先輩が、、、」

 野上先輩が、僕のことを、、、。
先輩は、未来で原田さんに依頼して、僕の命を救ってくれていたのか。

 そうか。
だから原田さんは僕らと初めて会った時、一度は先輩の心情を考慮して、作戦の参加を許したものの、途中で方針を変えて急遽参加を認めないことにしたのか。
それは、時代が違っても、依頼者自身を危険な目に合わせるわけにはいかないという配慮だったのだ。

『それじゃ、話すべきことは話したから、私もそろそろ帰らなくちゃ』
「ええ。原田さん。本当に、お世話になりました。お気をつけて」
『鈴江君も。これからの君の未来に幸運があることを祈ってるわ』
「はい、真っ当な人生を歩めるように、尽力します。あと、それと、、、」
『うん?』
「未来で野上先輩に、ありがとうございましたと伝えてください。あなたのおかげで僕は、変わることができたと」
『分かったわ、ちゃんと伝えておく。それじゃあ、行くわね』
「はい」

 電話が切れ、僕はスマートフォンを机に置いた。

 野上先輩か、、、。
僕は一体、どうすればいいのだろう。

 翌朝。昨日と同じく、よく晴れた夏の朝だった。
青空の中を雲が緩やかに遊泳し、容赦のない日差しが地表を照らしている。
辺りに響き渡る蝉の鳴き声は、まるで僕の歩調を急かしているかのようだ。

 今日は科学部の活動がある日だ。
僕は制服を着て、リュックをからい、いつもの通学路を少し急ぐように走っていた。
少し狭い住宅地の中を、少し開放的な気分で。

 時刻は7時23分。7月29日。木曜日。
別に急ぐ必要はないのだが、どうしても身体が先へ先へと動いてしまう。

 野上先輩は夏休み中、いつだって部室の理科室に一番乗りだ。
学校まではバス通学で、決して距離が近いわけではないのに、いつだって先輩は誰よりも早く到着している。

 そんな先輩に一刻も早く僕は会いたくて、こうやって急ぎ足になっているのかもしれない。

 たまに家の庭先のアサガオや、塀の上の野良猫に目を配りながら、僕は学校までの道のりを走り続けた。


 数分後、学校に到着すると、校庭ではちらほらと運動部が準備体操なんかを始めていた。
僕は昇降口に向かい、下駄箱で靴を履き替え、理科室がある三階へと上がった。

 三階の廊下は人の気配が全く無く、閑散としていた。
夏休みで、こんな時間帯から校舎に足を踏み入れる物好きな生徒は、どうやらあまりいないらしい。

 誰もいない廊下を歩いて、僕は奥の理科室を目指した。
やがて理科室の前にたどり着き、扉の窓から中を覗くと、やはりいた。
野上先輩だ。他には誰もいない。

 野上先輩は理科室の中で、僕に背を向ける形で席に座っていた。
机の上にノートや教科書を広げて、ペンを動かしている。

 扉に手をかけて中に入ろうとした時、僕はふと思案した。
野上先輩は、僕のことを嫌いになっただろうか。
僕の、あんな未来を知ってしまって。

 いや、違う。
僕は変わったんだ。あんな未来は絶対に歩まないって、誓ったじゃないか。
他人が傷つくことを嫌い、平和の大切さを理解できるような人間になるんだって。
それは野上先輩だって、絶対に分かっていることだ。

 僕は意を決して扉を開き、理科室の中に入った。
「先輩」
「鈴江君」

 振り返った野上先輩の表情には、僕の不安を吹き飛ばすくらいの眩しい笑顔があった。





(エンディングテーマ)
Oasis『D'Yer Wanna Be A Spaceman?』

この曲は『未来の自分』という作品にとても合っていると思い、添付させていただきました。
良ければ、是非聴いてみてください。


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