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青春ミステリー小説『放課後の冒険』 第5(最終)話「予想外の邂逅」

 およそ1時間前に来た際と同じ道のりを通り、やがて拓実と葵は室見川まで到着した。

 空はまだ明るく、空気は暑い。
川の水面に陽光が反射して輝き、穏やかに揺れている。

 夕方の6時という時間帯のためか、室見川沿いの道は、先程より少し人が減っていた。

 自転車に乗った二人は、目的のベンチの前までやって来た。
二つ並んだベンチの後方の道を挟んだ先に、セブンイレブンが建っている。黄色いレンガ調の外壁が特徴の、見慣れた建物だ。
解読により浮かび上がった地点は、間違いなくここのようだ。

 拓実は奥のベンチの隣に自転車を駐めて、すぐにその周囲を歩き回り始めた。
「何してるの?」と葵は訊いた。
「いや、何か仕掛けられてないかなって」と拓実は言った。
「まさか、爆弾なんて怖い想像してないでしょうね」と葵は青ざめた顔で言った。
「ないない、そんなダイハードみたいなこと起こらないって」と拓実は笑って言った。「案内状や暗号文みたいな紙がまた隠されてないか、一応ちょっと調べてるだけ」
「あぁ、そういうこと。でもご存知の通り時間が指定してある訳だから、それはないと思うわよ」
「分かってるよ、念のため調べてるだけだって」

 拓実は1、2分程度その捜索作業をしていたが、何も無いことが分かると、やがてベンチに座っている葵の隣に自分も腰を下ろした。
二つある内の、奥の方のベンチだ。その隣に、二人の自転車が駐められている。

 拓実は腕時計を確認すると、時刻は午後6時18分を指していた。
指定の7時半という時間まで、まだ1時間12分もあるのだ。

 拓実と葵は数分程度、ベンチに座っていた。その周囲は木陰になっているが、やはり暑いことには変わりない。

 拓実は心の中でため息をついた。やはり、1時間という時間は長すぎる。
図書館で時間を潰すべきだっただろうか?
いや、どっちみち早くこの場所に向かいたいという欲望は止められなかっただろう。

 だが、この気温の中で1時間待ち続けるというのは相当しんどい筈だ。
最悪、熱中症になってもおかしくないんじゃないか?
この後何かが起きるまでに、倒れでもしたら、それこそ水の泡だ。

 何かが起きる、、、。
そうだ、何が起きるのか分からないからこそ、用意が要るんじゃないか。
拓実はふと思いつき、葵にある提案をすることにした。

 「なぁ、葵」
「何?」
「一旦さ、家に戻らねぇ?」
「えっ」
「デジタルカメラ取りに行きたいんだよ。これから予測不可能な何かが起きるとするなら、その瞬間を写真に収めたい。それに、このままずっとここで待ってるのも億劫だしさ」と拓実は言った。
「確かに。こんな炎天下の中にずっと居たら、熱中症になっちゃうんじゃないかって気がするよね」と葵は言った。
葵も同じことを考えていたのだ。だがそれを敢えて口にしていなかったのは、拓実が暗号文を解いた手前、言い出しづらかったのだろうか。

 「うん、私も一度家に戻って、自転車置いて来ようかな。ほら、7時半以降だと辺りも暗くなるし、夜道は自転車だとちょっと危ないかなって」
「あー、それもそうだな。よし、俺も家にチャリ置いて来て、そんで歩いてまたここに来る」
「拓実は何時頃戻る?」と葵は訊いた。
「えーと、そうだな。一旦帰って、またここに歩いて来るのに3、40分てところかな。だから、7時には着くようにする」
「じゃあ、私も7時に着くことにしようかな」
「なら、その時間を再集合時間にするか」
「オッケー」

 そうして拓実と葵は再度自転車に乗り、一旦それぞれの自宅まで向かった。

 二人は室見川沿いの道から離れ、住宅街をしばらく走っていた。
それぞれの自宅に通じる道に分岐する手前で、拓実は言った。「また後でなっ、ちゃんと来いよっ」
「あんたこそ、遅刻しないでよね〜っ」と葵は言った。拓実は6年2組の中でも、きっての遅刻の常習犯なのだ。
「するかよっ」と拓実は笑って言った。

 葵は、拓実とは反対側の道を自転車に乗って走っていた。

 走りながら葵は、ふと心に浮かんだ疑問について考えた。
拓実の解読により浮かび上がった文章には、7時半という時間が指定してある。
でも、どうして7時半なんだろ?その時間じゃなければ、何かいけない理由でもあるのかな。

 あっ、まさか誘拐とかそんなことはないよね、、、?
この時期なら、辺りが暗くなってきて、外で遊んでいた小学生が家に帰る時間帯がそれくらいだろうか。
大体その時間までなら、小学生が外にいてもそんなに怪しまれない、、、。
だから誘拐犯は暗号文を残して、私達を指定の場所に誘き寄せている、、、?

 いや、全然違う。室見川なんて結構人もいるんだし、誘拐に適した場所なんかじゃない。
それに、あの封筒をどうやって小学生が拾うように仕向けるのよ?
学校の近くの公園に落ちたのだって、あんなの完璧な偶然じゃない。誘拐な訳ないでしょ。

 しっかりしてよ、私。何で、そうやってすぐにネガティブなイメージを持っちゃう訳?心配性にも程があるわよ。
拓実のようなあの楽観さを、少しは見習うべきよ、本当に。
あっ、でも一応防犯ブザーは持って行くか、、、。

          *

 葵は一度家に戻って、自転車を置いて来た。
それから徒歩で、再び室見川沿いのベンチまで辿り着いた。

 時刻は午後7時になろうとしている。太陽が傾き、夕暮れの空が浮かんでいる。街は、だんだんと夕暮れの色に染まり始めていた。

 拓実はまだ来ていない。葵は、先程座った際と同じベンチに座っていた。
正面に広がる水面は、空の薄暗い青色と淡いオレンジ色のコントラストを投影させている。

 数分待っても、拓実は来ない。
時刻は約束の午後7時をとっくに過ぎている。
「するかよっ」なんて満面の笑みで言ってたクセに、見事に遅刻してるじゃない。

 葵はふと訝った。
拓実、まさか来ないんじゃないでしょうね?色々考えた挙句、怖気付いて行くのやめちゃったとか?

 いや、あいつに限ってそれは絶対に無い。
私の知る限り、拓実はクラスの誰よりも好奇心の強い性格だわ。そのせいで、たまにトラブルを起こして先生に叱られちゃうくらい。

 とにかく、拓実は遅刻することはあっても、来ないってことは絶対あり得ない。

 時刻は午後7時10分になろうとしていた。
その時、道の向こうから拓実が走ってやって来くるのに葵は気付いた。
彼の無我夢中の全力疾走ぶりに、思わず振り返る通行人もいる。

 葵の座っているベンチに辿り着く頃には、拓実は額に大粒の汗を流していた。
「遅いよっ」と葵は咎めるように言った。
「はぁーっ、悪い、はぁーっ、ちょっと、遅くなった、、、」と拓実は息切れしている。
「まぁ、拓実の家、ここから少し距離あるもんね」
「それもそうなんだけどさ、、、カメラ探すのに、ちょっと手間取っちゃって」と拓実は言って、葵の隣に腰を下ろした。

 「何?自分のカメラじゃないの?」と葵は訊いた。
「いや、親父のカメラ。部屋ん中探しても、なかなか見つかんなくてさぁ。でも結局ちゃんと見つかったんだけど」と拓実は言った。「ほら、これ」と拓実はショルダーバッグからソニーのデジタルカメラを取り出して、葵に見せた。黒く塗られたボディの、高級そうな一眼レフのカメラだ。
「わぁ、高そうねぇ、それ」
「実際かなり高いよ。だから、壊さないように気を付けないと」
「無断で持って来たの?」
「うん」と拓実は頷いた。
「悪ガキ〜」と葵はからかうように言った。
「それは自覚してるってばよ」と拓実はおどけたように言った。

 「そういえば、今日も宮田先生に怒られてたよね、拓実」
「あぁ、3日連続で宿題の漢字ドリルやってこなかったのは、さすがにマズかったのかな」
「当たり前でしょ、ただでさえ宮田先生、提出物にはうるさいんだから」
「分かってるんだけどさぁ、何か宿題ってやる気出ないんだよなぁ。漢字なんてさ、書くよりも見て覚えた方が早い気がするんだよ」
「そうかなぁ、私は書いた方が感覚的に覚えやすい気がするけど。まぁ、人それぞれだよね」
「そうそう。宿題やるもやらないも、人それぞれだな」
「それはやらないといけない物なのっ。そんな不真面目だから、よく宮田先生に怒られちゃうんでしょ」

 「確かになぁ。俺ってさ、怒られない日の方が珍しいから、何かあの先生に精神的に鍛えられてる気がする」
「あんたねぇ、、、」と葵は呆れたように言った。
「つーか、大体葵は、ちょっと真面目すぎるくらいだぜ?硬過ぎ、硬過ぎ、もっと肩の力抜けって」
「はぁ?何言ってんの?私はこれが、フツーなんですけど」

 そんな他愛もない話を二人がする中で、室見川沿いの道は、帰宅途中の会社員や学生の往来などで少し賑わい始めていた。
葵が先程、到着した時よりも多くの人が行き交っている。

 そして空には日が落ちかけ、辺りはだんだん暗さを帯び始めている。

 たまに吹く風がちょっぴり涼しく、拓実の汗を乾かしてくれていた。
それと同時に、後方の樹々が静かに揺れている。

 気温が少し下がったこの時間帯なら、熱中症になる心配はないが、それでも暑いという事実に変わりはない。

 「にしても、あっちいなぁ、、、」と拓実は呟いた。「あっ、そうだ。真後ろのセブンでアイスでも買いに行く?」
「賛成〜。そうしよ、そうしよ」

 拓実と葵は、横断歩道を渡って、すぐ正面にあるセブンイレブンに向かった。

 自動ドアが開き、足を踏み入れると同時にチャイムが鳴った。
店内は冷房が効いており、外の気温など、まるで嘘であるかのように涼しい。

 二人は、アイスが陳列されてあるショーケースまで歩いた。
少し逡巡した後、拓実は『トラキチ君』を、葵は『しっとるケ』を手に取った。
冷凍されていたアイスのパッケージは、ひんやりと冷たく心地良い。

 「それ、貸せよ。奢ってやるから」と拓実は言った。
「え、良いの?何で、何で?」と葵は訊いた。
「えっと、ちょっと遅れたお詫び」と拓実は素っ気なく言った。
「ありがとう」と葵は笑って言った。
拓実は葵からアイスを受け取って、レジまで歩いた。

 二人は、先程の室見川沿いのベンチに戻って、買ったアイスを食べていた。
この暑さの中で食べるアイスは格別だ。口内から伝わる冷気が、身体全体を一気に冷やしてくれる。

 拓実が食べている『トラキチ君』は、縞模様にチョコレートがコーティングされたバナナ味のアイスバーだ。
パッケージに、野球のユニフォームを着た虎のキャラクターが描かれている。

 一方で、葵が食べている『しっとるケ』は、爽やかなヨーグルト味のアイスバーだ。
葵はこのアイスが特に好きで、駄菓子屋やコンビニで好んで買うことが多かった。

 「ちぇっ、10点か。実質ハズレだな」と拓実は言った。
「100点集まったら、もう1本貰えるんだっけ?」と葵は訊いた。
「あぁ、だから俺、よくこればっか買うんだけど。でも、このパッケージの虎が着てるユニフォームってさ、アレだよな。どう見ても阪神タイガースだよな」
「本当だ、九州でしか売ってないのに、何でホークスじゃないんだろうね」と葵は不思議そうに言った。

 拓実は野球をしている訳ではないが、たまにソフトバンクホークスの試合を野球中継で観たりすることはあった。
対する葵は、野球にはあまり興味がなかった。ホークスの選手の名前も、一人か二人言える程度だ。
「なっ、不思議だよな。あっ、まさか、球団との癒着、、、」
「な訳ないでしょ、バカね」と葵は呆れて言った。「あっ、私もハズレだ。残念」

 アイスを食べ終えた二人は、近くのゴミ箱に棒やパッケージを捨てた。
拓実は『トラキチ君』の10点分の当たり棒は、捨てずにショルダーバッグの中に仕舞っておいた。

 それから刻一刻と時間が過ぎていき、時刻は午後7時25分になっていた。

 空は夕暮れから夕闇へと変化し、辺りは薄暗い。等間隔に並ぶ街灯は、既に点灯している。夕闇の空を反映させた室見川の水面は、街の様々な色合いの灯りを投影している。
そんな室見川沿いの道を歩く通行人は、先程から途切れることはなかった。

 「ねぇ、7時半になったら、何が起きると思う?」と葵は訊いた。
「分からねぇ」と拓実は間髪入れずに言った。
「即答」と葵は笑って言った。
「いやぁ、こればっかりは、マジでどんな予想もできねぇよ」

 何かが起きるまでに、残り5分。
その時間が近付く度に、拓実の心拍数は確かに上昇していった。
きっと葵も同じだろう。自分と同じく、葵の緊張した表情を見れば、それは簡単に想像がついた。

 二人が座るベンチの前を、人々が通り過ぎて行く。
この時間帯は特に、仕事帰りの人達の帰宅ラッシュだ。混んでいる訳でもないが、決して人が少ないという訳でもない。

 拓実と葵が緊張した様子でベンチに座っていると、そのそばを通りかかった女性が声をかけてきた。
「君達、何か待ってるの?」とその女性は穏やかな表情で訊いた。20代前半くらいだろうか。黒髪を後ろで一つに結んでおり、整った顔立ちをした美人な女性だ。

 「あっ、えーと、その、、、」と拓実が言い淀んでいると、葵がそれに被せるように言った。
「何も待ってません、ただお喋りしてるだけです」そう言った葵の口調は、はつらつとしている。
「あっ、そうなんだね。何か二人とも、凄く真剣な表情してるから、何かあったのかなって思っちゃって」
「いえ、本当に何でもないんです」と葵は答えた。
「本当?それなら良いんだけど。でも、あんまり遅くまで話し込んでちゃダメだよ。おうちの人、心配するでしょ?」とその女性は微笑んで言った。
「はい、分かってます。ご忠告、どうもありがとうございます」と葵は早口で言った。
そうしてその女性はにっこりと頷き、南の方角へ歩いて行った。拓実達が住んでいる街の方向だ。

 「どうしたんだよ、葵?あんな突っぱねたような言い方して」
「私達が何かが起きるのを待ってるってこと、他の人に教えない方が良い気がしたの。ほら、さっきのあの人も言ってたみたいに、この時間に小学生が外にいるのってちょっと心配されるでしょ?」
「あぁ、子供扱いしやがって、って感じだよな」
「いや、子供だから。それでね、これまでの経緯を話しちゃったりしたら、余計に心配されて、最悪警察なんて呼ばれたら大変じゃない。色々話してる内に、問題の時間も過ぎちゃうかもだし。さっさと、話終わらせたかったの」
「そっか、なるほどな。俺、そこまで考えてなかった」と拓実は感心して言った。「あの人、すげぇ美人だったから、ちょっと見とれちゃってたよ」
それを聞いた葵は拓実を横目で睨んだが、彼はそのことに気が付かなかった。

 腕時計の針は、午後7時29分を表示していた。残り1分を切っている。
「あぁっ、緊張する、、、」と葵は呟くように言った。
「大丈夫だって、周りには結構人いるし」
「だよね、、、」

 そして時刻は午後7時30分になった。
それは突然のことだった。

 夕闇の空に、一つの赤い光が上昇して行き、その直後にそれは大きな赤い花に咲き誇った。
その後少し遅れて、辺りに鈍い音が轟いた。

 花火だ。
南の空に、綺麗な赤色の花火が浮かび上がり、付近をその色に染めている。

 拓実と葵は驚きのあまり、自然と立ち上がって、呆然とそれを眺めていた。

 道を歩く人々も、立ち止まって空を見上げている。一瞬で、辺りにはどよめきが起きたり、「わっ」と歓声が上がったりしている。

 続いて今度は、青色と緑色が混合した色合いの花火が打ち上がった。
「花火だ、、、すげぇっ!」拓実は、川沿いの手すりまで駆け出した。
葵もつられてその後を追った。二人は手すりに乗り出し、南の方角に浮かぶ花火に見入っている。

 花火は次々と打ち上がり、夕闇の空を様々な色合いに染めていく。
暗くなり始めている街は、空に浮かんだ巨大な花火に照らされている。

 「何でっ?こないだの室見川の花火大会は、雨で中止になった筈でしょっ?」と葵は驚きを隠せずに言った。2日前の月曜日には、7月初旬の毎年の恒例イベントである、室見川の花火大会が行われる予定だった。しかし雨天により中止になっており、延期の予定もなかったのだ。
「分からねぇよっ、地元の花火師が特別に打ち上げてるとかっ?」と拓実は興奮するように言った。
二人の声は、花火の音と周辺の歓声で、自然と大きくなっている。
「凄い、、、信じられないくらい綺麗、、、」と葵は呟いた。

 周囲の人々からは「何で」、「どうして」といった戸惑いの声が聞こえる。
しかしそれ以上に、色鮮やかな花火に対する沢山の歓声が湧き上がっている。
もはや、突然花火が打ち上がった理由を考えられないくらい、殆どの人がその壮麗さに見惚れているのだ。

 「これってほら、いわゆるゲリラ花火ってやつだろっ?」と拓実が言った。
「ゲリラ花火って何よっ?」と葵は苦笑いして言った。
「ゲリラ豪雨があるんなら、今みたいに、ゲリラ花火があってもおかしくないってこと」
「何よそれ、おかしい」と葵は笑った。

 煌びやかな様々な花火の色がほんの数秒間、街をその色に照らしている。
付近の空や川の水面や様々な建物を、一瞬だけその色に変えていった。

 「これが、解読の答えなんだな」
「うん、、、。私、何かちょっと感動するかも」
二人は今日の出来事を振り返りながら、噛み締めるように言った。
「いや、こんなの本当に予想外だよ、、、」
「あっ、拓実、写真は?」と葵は訊いた。
「そうだ、そうだ。忘れてた」と拓実は言って、バッグからデジタルカメラを取り出した。

 それから拓実は、その直後に打ち上がった花火に向けてシャッターを切った。
液晶画面を確認すると、最も花火が大きくなる瞬間を、写真に収めることができた。

 花火は、およそ1分程度で終わった。
どうやら、それ以上打ち上がる気配は無いようだ。

 突然の花火を見物していた人々の中からは、自然と複数の拍手の音がしている。
「えぇ〜っ、もう終わり?」なんていう落胆の声も聞こえる。

 葵は、じっと夕闇の空を見上げたままの拓実の横顔を見た。
「花火、終わったみたいだよ」と葵は言った。
「分かってるよ、ちょっと考えてたんだ」と拓実は言った。「結局、風船とか案内状とか暗号文とか、誰が何のためにやったんだろうって、、、」
「確かに、、、。それは結局分からなかったよね、、、」と葵は頷いた。

 周囲の人々は、止まっていた足を動かして、歩き出していた。
拓実と葵もその流れに乗るように、室見川沿いの道を南の方角へ歩き始めた。
少し歩いた先に、自分達の街がある。

 「あっ、でもずっと向こうの室見川から、打ち上げてた訳でしょ?だったら、このまま道を南下して行けば、どういう人が打ち上げたのか分かるかも?」と葵は思い付くように言った。
「いや、花火が打ち上がってた距離は、概算して多分こっから5キロ以上はあるだろうし、今から走って向かっても、着いた頃には多分解散してるんじゃないか?」と拓実は言った。
「そっか、もっと近くだと思ってた、、、。5キロもあるのね」
「まぁ、大方の概算だけどね」
仮に今から家まで自転車を取りに走って、そこから自転車に乗って向かったとしても少なくとも1時間以上はかかるだろう。
そんな時間まで、花火を打ち上げた人間がそこにいるとは思えないし、夜道はやっぱり危ない。
拓実にはそれが分かっていたから、敢えてそこまで向かおうという気は微塵も起こらなかった。

 「そうだよね。いくら誰が花火を打ち上げたのか確かめるためと言っても、今から5キロも移動する気なんか起きないよね」
「いや、花火を打ち上げたのは間違いなく花火師だよ。2日前に、雨で中止にならなかったら、通常通り打ち上げる予定だった人だ。それは断言できる」
「えっ、そうなの?」
「あぁ。だって、花火を打ち上げる資格を持ってるのは花火師だし、本来打ち上げる予定だった筈の人が数日遅れで、仕事をしたって考えると自然だろ?ただ、案内状や暗号文を仕掛けた人間は、おそらく別の人物なんだ。それがどうしても分からない、、、」

 「え、そうかな?普通に考えれば、花火師の人がやったって思えそうだけど」と葵は言った。
「違うよ」と拓実はかぶりを振った。「花火師は、誰かに頼まれて打ち上げただけなんだ。勿論、行政とかには許可を取った上でだろうけど。そもそも、花火を打ち上げる準備で忙しい筈の花火師が、案内状を載せた風船を飛ばしたり、街の図書館の蔵書に暗号文を挟んだりと、そんな複数の手の込んだギミックを施す暇があると思うか?」
「あっ、確かに、、、」
「つまりそれは、花火が打ち上がることを事前に知ってた人間が、花火師以外にいたってことを意味するだろ?しかもその人間は、花火師に今日の7時半にサプライズで打ち上げるように依頼した人物だって考えると、尚更筋が通る。そしてそいつこそが、それらの仕掛けをやった張本人なんだよ。俺にはそうとしか考えられない」

 「なるほどねぇ、納得。でも、それってさ、絶対誰なのか分からないよね」と葵は苦笑して言った。
「いや、今夜中に解いてみせるよ」と拓実は口角を上げて言った。
「えっ、本気っ?」と葵は驚いた。
「本気だよ。この謎は、そいつからの最後の挑戦状なんだ。何が何でも、必ず解いてやるさ」

 「だけど、、、手がかりなんてあるのかな」
「多分、どこかに見落としてる点がある筈、、、。それさえ分かれば、解決の糸口が掴めて、犯人に辿り着くと思うんだけど、、、」と拓実は呟くように言った。
「ちょ、犯人って、、、その人に失礼じゃない?結果的に花火まで見せてくれたのに」
「う〜ん、、、じゃあ、数々のギミックを仕掛けた人間だから、仕掛け人?」
「仕掛け人、、、。うん、犯人よりよっぽど聞こえが良いよ」
「そこ、そんな重要かよ?」と拓実は苦笑して言った。
「重要よっ」と葵は言った。「でも、拓実なら誰がやったのか、確かに突き止められそうな気がするかも」
「だろ?俺って天才だかんね〜」
「あっ、何かそれって悔しいけど、今日だけはちょっと否定できない」葵は、拓実の今日の活躍ぶりに、心底感心していたのだ。
「え、マジ?感謝するよ、葵ちゃん」と拓実は言って、葵の右肩を軽く叩いた。
「調子乗んなっ」と葵は言って、拓実の左腕を強く叩いた。

 二人は川沿いの道を離れ、街灯が照らす住宅街の夜道を歩いていた。
辺りはすっかり暗くなり、見上げる夜空には沢山の星が散らばっている。

 「考えたらさ、今日の出来事って、凄い偶然だよな」
「それ、私も思った」
「やっぱり?だってさ、学校の近くを偶然あの風船が飛んでて、それを偶然カラスの群れが割って、その瞬間を偶然俺達が目撃しなかったら、さっきの花火なんて絶対見れなかった筈だよ」
「そうだよね、、、。こんなにも偶然が積み重なるのって、何だか奇跡みたい」
「あぁ、だからさ、ここまで来ると、これってもはや偶然じゃなくて、逆に必然だったんじゃないかって気さえしてくる」
「えぇ?偶然、必然って一体どっちなのよ」と葵は戸惑うように言った。
「俺も分かんねぇ」
「何それ」と葵は笑って言った。
拓実もそれにつられて笑った。

 しばらく歩いていると、拓実と葵はそれぞれの自宅に繋がる分かれ道に立った。
「じゃあ、また明日な」
「うん、また明日」

 拓実が背を向けて歩き出した時、「拓実」と葵は後ろから声をかけた。
「何?」と拓実は振り返った。
「今日、ありがとう」
「えっ」
「拓実が真剣に暗号解いてくれたから、花火見ることできた。室見川の花火大会、雨で中止になっちゃって残念だったから、さっきのこと嘘みたいだったし、凄い嬉しかった」
「たかだか1分程度だったけどな」
「それでも充分すぎるくらいよ。それに、アイスも買ってくれたし、ありがと」

 拓実は少し間を置けて言った。「あ〜あ、本物の財宝が欲しかったなぁ。そんでぇ、それを独り占めしたかったなぁ〜」
「ちょっと、何よそれっ。人がせっかく感謝を口にしたのにっ」
「ふっ、冗談だよ。俺も花火見れて良かったと思ってるって」
「本当?」
「あぁ。それに暗号だってさ、葵がいなかったら俺、途中で面倒くなって諦めてたと思う」

 「それは良かった」と葵は微笑んで言った。その直後に、「あっ」と葵は思い付くように呟いた。
「どうした?」と拓実は訊いた。
「今日の花火ってさ、別にあのベンチじゃなくても見れたよね?暗号で解読した文章には、どうしてわざわざセブンの前のベンチって指定されてたんだろ、、、」
「、、、確かに。いや、本当にそうだよな、、、」と拓実は考え込むように言った。

 「もう1つ、謎があったね」と葵は苦笑いした。
「葵、、、サンキュ。これって何か、重大なヒントだって気がする」
「誰がやったのかの、手がかりになるかな?」
「なるよ、いや、絶対突き止めてみせる、今夜中に」
「じゃあ、明日楽しみにしてるね」と葵は微笑んで言った。
「あぁ、学校で教えてやるよ」と拓実は口角を上げて言った。

 「じゃなっ」
「うんっ」
そうして拓実と葵は、それぞれの家路を歩いて行った。

 拓実は歩きながら、遥か先の壮大な星空を見上げた。
こんなにも沢山の星達が散らばっているのをずっと見ていると、弾けたビーズみたいに、地球に落下してきちゃうんじゃないかとすら思えてくる。

 そんな今にもこぼれてきそうな星空の下で、拓実は色々な想像を巡らしながら、駆け出して行った。



(エピローグへと続く)

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