2023年1月の記事一覧
ショートストーリー「空飛ぶ少年兵」
眠れなかった。
ベッドの上で毛布にくるまってから何時間も経つのに、まだぼくは夢の世界を訪れることができなかった。
きっと、幽霊がいっぱい出てくる映画を観てしまったせいだ。就寝前にそんなものを観るから、恐怖が眠気を上回っているのだ。
まるで深い深い森の奥で、捨てられておびえた子犬になった気分だ。
冴えた目で、天窓に四角く切り取られた星空を見つめながら、そんなことを思った。
ふっと短く
掌編小説「1984年のサンセットサイダー」
夕方のニュース番組は、ロサンゼルスオリンピックの様子を報道していた。
真面目そうな三十代前半くらいの女性アナウンサーが、今日は日本の誰がどの競技で何色のメダルを獲得し、どんな感想を述べたかといった客観的な事実を簡潔に伝えていた。
僕はテレビの向こうの彼女が読み上げる選手の名前を誰一人として知らなかったから、特にこれといった興味を抱かなかったし、どんな感慨も覚えなかった。
僕が知ってい
ショートストーリー「人魚狩り」
「人魚を狩りに行こう」
突然ルームメイトにそんなことを言われたら、誰だって戸惑うに違いない。
実際、おれもちゃんと戸惑ったし、「何だって?」とちゃんと訊き返した。
「だから、人魚狩りだよ」とルームメイトは少し口を尖らせながら、潮干狩りみたいなニュアンスで言った。
「人魚を狩る?」おれは首を捻った。「そもそも人魚って実在するのか?」
「おいおい」ルームメイトは呆れたように笑った。「実在しないも
ショートストーリー「絶対に名は明かせない」
喋ってみると、名無しの権兵衛は意外といいやつだった。
彼の部屋は僕の隣で、以前から気になる存在ではあった。
だって、決して自分の名前を明かそうとしない同学年の隣人なんて、気にならないはずがない。
だけど同時に、決して自分の名前を明かそうとしない彼のその特殊性は、周りから一定の距離を置く役割を果たしていた。事実、彼は寮の中で浮いていた。
だけどひょんなことから、僕は彼と親しくなった。