見出し画像

「生き物好き」のスタートアップから学ぶ、複雑な社会との向き合い方 ── 社会起業家・高倉葉太

世界で初めてサンゴの人工産卵に成功し、モーリシャス沖の重油事故では現地調査を行った環境移送ベンチャー「イノカ」。今回取材する高倉葉太さんは、その創業者。海洋環境の保全にも関わる企業の創業者と聞くと、使命感に燃えた熱血漢が思い浮かぶかもしれません。しかし、実際は熱血漢とは遠く、落ち着きのある、知的好奇心あふれる人物です。そしてなにより「生き物が好き」。サンゴの生態に惹かれた高倉葉太さん率いるイノカの面々は、「生き物好き」という個人的なパッションのもと集い、グローバルアジェンダにアクセスしようとしています。(デジタルZINE「ちいさなまちのつくりかた」)

Text by Takram
Editing by Takram & NTT UD
Photography by Shintaro Yoshimatsu

高倉葉太|Yota Takakura
イノカ最高経営責任者(CEO)。1994年生まれ。東京大学の暦本研究室で人工知能や機械学習を研究。大手企業からスタートアップまで数多くのシステム開発に従事。大学院を卒業直後の2019年に、生態系を陸上に再現する「環境移送技術」を研究開発する東大発のベンチャー企業「株式会社イノカ」を創業。

青い光が外に漏れ出すガラス張りのオフィス。奥に並ぶたくさんの巨大な水槽。そこには、サンゴ礁生態系や干潮と満潮を繰り返すマングローブの生態系、ゲンゴロウが生息する沼地などが再現されていました。さながら小さな水族館のような空間の主は、高倉葉太さんが代表を務めるサンゴ礁生態系の研究を中心とする環境移送ベンチャーのイノカです。

研究の中心にあるサンゴ礁は、“生命のゆりかご”とも呼ばれています。地球の全表面面積においてはわずか0.1%ほどにもかかわらず、全海洋生物種の約25%が依存するといわれるほど、海洋の生物多様性を保つ重要な役割を果たしています。しかし近年、その数は劇的に減少していて、今後20年で70〜90%のサンゴが消滅するという予測もあります。しかし、高倉さんは「環境保護」の観点からサンゴを研究対象としたわけではありませんでした。

イノカは教育事業にも力を注いでいます。そのひとつが「サンゴ礁ラボ」。たとえば、水族館の水槽などで“サンゴ礁のように”見えるものは、実はプラスチック製のことも多いそうです。そこで、海の環境に目を向けてもらいたいという思いから、イノカは子ども向けに本物のサンゴに触れる機会を全国でつくっています。

「メディアなどでは、社会起業家的な文脈で紹介いただくこともあります。ただ、実際はサンゴを守る環境活動のためというよりは、サンゴという生き物への純粋な興味と、イノベーションの源泉としてのすごさに可能性を感じて会社を立ち上げたというほうがより正確ですね。サンゴから新薬が開発されたりしていますが、研究対象として未知な存在であることに気づいたんです」と高倉さん。

起点は知的好奇心。その真意を高倉さんは「守りたいというよりは、守らなければダメというか、いなくなったら困るじゃないですか。感覚としては、推しのアイドルの解散を止める活動と近いんです。海のことを思っているので、守るのは当たり前すぎることだと思っていました。でも、外に向けて『守る』と言わないと伝わらないことにも気づいたんです。もちろん、やりたい研究はたくさんありますが、まずは海を守ること、環境問題に尽力しています」と話します。

生き物好きというファンダム

イノカには、一つの決め事があります。それは、好きを軸に仕事するということ。好きを軸にしながら社会の課題やニーズを学び、自分たちの好きが社会に実現されるための方法を考えることを大事にしています。

ベンチャーというと経済的に成功できるかどうかの合理性が世界線にあるイメージですが、そことは一線を画す考えをもったのは、起業家支援のプログラムで出会ったメンターからのひと言だったと高倉さんは振り返ります。

主な事業内容は、アクアリウム内にさまざまな海洋生態系を再現しながら行う基礎研究。ほかにも、サンゴに悪影響を及ぼす日焼け止めクリームの成分の解析、サンゴ同様に減少しつつある海草の植生の調査、船底にフジツボが貼り付きにくくするための塗料の研究など、多岐にわたります。

「メンターの方に、Appleのように世界を変えるハードウェアの会社をつくりたいと相談をしたら、『キミは周りに流されて、くだらないヤツだ。自分のなかの好きなものはないのか?』と問われたんです。そこからはじめて自分の『好き』を考え始めました。アクアリウムはずっと好きでしたけど、趣味のマーケットのなかではかなりニッチです。ただ、メンターのひと言でアクアリウムがもつ価値を社会につなげていく発想であれば、可能性があるのではないかと気づかされたんです」

その考えはイノカ社内のユニークなポジションにも表れています。たとえば、「チーフ・アクアリウム・オフィサー(CAO)」。役割は、研究内容などに沿って海洋生態系をアクアリウム内に再現すること。ちなみに、前職で工場勤務をしていたCAOが、プライベートでとてつもないアクアリウムをつくっていたことをきっかけに巡り合いました。いわば「アクアリウム趣味」の“いき過ぎた同志”。この特殊なまでの能力を趣味に終始させず、どうにか世の中に還元してほしいという思いから、イノカに迎え入れたそうです。

社内には、CAO以外にも社会課題の解決に情熱を燃やすメンバーや再生医療の研究者など、さまざまな興味とバックグランドをもったメンバーがいます。そこに共通するのは、興味・関心の領域は違えど、高倉さん同様に「生き物が好き」という気持ち。生き物好きの“ファンダム”としてのイノカ。それを支えるメンバーそれぞれのパッションを、うまく社会の課題やニーズと組み合わせることで、世界初のサンゴの人工産卵成功というイノベーションを起こしているのです。

シングルイシュー化の功罪

イノカの特徴の一つは、「複雑な問題を複雑なまま扱い、一つずつほぐして考えること」。マイクロプラスチックや海洋酸性化などの、ある種の“わかりやすい”大きな課題に「トップダウン型」で向き合うのではなく、生き物をベースに「ボトムアップ型」で課題解決をめざしています。

「現在の海の環境課題と聞くと、真っ先にマイクロプラスチックの問題が思い浮かぶかもしれません。ただ、サンゴや海草の減少に限ると、実は工場排水や防波堤の建設などのほうが影響が大きいと考えられています。生き物視点でボトムアップ的に現地の課題ベースで考えるのと、大きなトピックで区切るのとでは、異なる課題が浮かび上がるんです」と高倉さんは説明します。

多くの人に関心をもってもらうためには、シングルイシュー化することも必要になるでしょう。一方で、地球温暖化がカーボンニュートラルだけで語ることができないように、トレードオフとして抜け落ちるあまたの事象があることも忘れてはなりません。地球は本来すごく複雑です。さまざまなバランスに目を配ることも必要なのだと高倉さんは話します。

「本来、日本は自然のなかに人間も含まれ、複雑な自然をコントロールできないものとして理解し、受け入れようとしてきたと思っています。そこに西洋の、自然を人間とは別の存在として理解し、コントロールしようとする視点が入ってきたことで、この考え方が少しずつ薄まり、科学が発展したのではないでしょうか。
 私は、自然のなかに人間が含まれる日本の考えが好きです。でも、それだけでは急激な環境変化や課題には対応できないかもしれない。そこで、それぞれ異なるベクトルで自然と向き合う日本と西洋の考えを“いいとこ取り“するために、テクノロジーを組み合わせたほうがいいと考えました。だから、イノカは複雑なものに立ち向かいつつ、自然を人間とは別の存在としてコントロールしようと試みています。その“いいとこ取り“の入り口が、目の前の一匹の生き物から考えるということなんです」

パッションとモチベーション

環境問題や研究について語るとき、高倉さんは「パッション」と「モチベーション」という言葉を使い分けます。

「『パッション』とは自分の内から出る意志で動こうとする感覚。それに対して、『モチベーション』とは外的に動機づけられたものだと捉えています。モチベーションだけで動いてしまうと、シングルイシュー化された課題を解決するための、目的の見えないアクションに陥りやすくなります」と高倉さん。だからこそ、その行動原理は、パッションからくるものなのか、モチベーションからくるものなのかを考えてほしいと続けます。

企業が取り組むサステナビリティにも通底する考え方ではないかと高倉さんは言います。企業がサステナビリティに取り組むことは重要ですが、その動機に目を向けたときに「守りのサステナビリティ」になってしまうと、消耗戦になってしまうのではないか、と。つまりは、要件を外部から規定されている限りは、やるべきリストは永遠に増える一方で、企業はそれを守るためにリソースを割き続けることが求められてしまうからです。

「だから、どこかで『攻めのサステナビリティ』に転じる必要があります。事業戦略としてサステナビリティを扱うようなことですね。“与えられたリスト”を遵守するのではなく、自社はなにをやり、なにをやらないのかを、自らの意思で規定する。たとえば、お仕着せのようにあらゆる認証を取得するのではなく、どれを取得し、しないのかを自発的に検討することもひとつです。そのうえで、自社の利益となり、かつ社会がよくなる方法を探っていく必要があるのではないでしょうか。地球と経済の両方の発展を考えることが当たり前になる社会であるために」

素人発想、玄人実行のまちづくり

このような発想の転換には、イノカが大切にしている「素人発想、玄人実行」というモットーが関係しています。大学時代の恩師から受けた言葉だそうです。驚くことに、イノカには環境系の学問を専攻してきたメンバーばかりではありません。それゆえに、発想が柔軟だと高倉さんは言います。

「たとえば、いかにして電車の最高時速を100キロから110キロに上げるかという課題は、『玄人発想、玄人実行』で扱うべきテーマです。もちろん、これも重要です。一方で、『いっそ、飛行機をつくって空を飛んでしまえばいいんじゃない?』と、問いそのものを捉え直して飛躍した構想を描くのが、私たちが志向する『素人発想』。そして、それを素人だからと妥協せずに、玄人としてきちんと実現することが『玄人実行』です」

日本中から仲間を探すために、自らが「INNOVATE AQUARIUM AWARD」なるアワードを主催し、受賞者を実際に採用するなどのリクルーティングを試みています。

高倉さんの語りに耳を傾けていたNTT都市開発デザイン戦略室のメンバーは、イノカのような発想をまちづくりに活かせないかと、高倉さんに水を向けました。すると、まちづくりにおいても、同じような感覚でつくれるのではないかと、アイデアを披露してくれました。それは企業のもつ理念をベースに街をつくる方法です。

「会社には理念があって、それがすべての基準となります。街にも企業のような理念を定めるのはどうでしょう。街として経済活動が活発なことは大事だけど、この理念に沿っていないとテナントとして参加ができないんです。もし、イノカタウンなる街があれば『自分たちが好きな自然を見続ける』が理念になります。テナントさんも、その理念をベースに決めていく。同じく自然を見続けるアウトドアスポーツのお店は入りますね。コーヒーショップもほしいです。でも、環境コンシャスなブランドに限られますね(笑)」

時に、みんなが同じ方向を向くためには、シングルイシューとして捉えたほうがうまく進む場合もあります。しかし、多様なものを多様なまま扱うからこそ、すくいあげられる事象がたくさんあることも事実です。そのためにどうすればよいか。大事なのは、わかりやすいテーマに思考停止せず、自らのパッションをもう一度観察して課題を見つけること。それこそが、あたらしいイノベーションの種を見つける道になるのかもしれません。


▼「ちいさなまちのつくりかた」バックナンバー一覧▼

主催&ディレクション
NTT都市開発株式会社
井上 学、吉川圭司(デザイン戦略室)
梶谷萌里(都市建築デザイン部)

企画&ディレクション&グラフィックデザイン
渡邉康太郎、村越 淳、江夏輝重、矢野太章(Takram)

コントリビューション
角尾 舞(ocojo