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From our Editors ── 「街のあたらしいつくりかた」をつくる

地元や現地を意味する「local」という言葉の語源の核は、「特定の場所」だといわれています。街を特定の場所たらしめるのは、文化、コミュニティ、風景、そして行き交う人々です。街の生活者はいま、気づき始めています。経済合理性の追求を超えたまちづくりがあることに。本当の「特定の場所」をつくることが求められていることに。
あたらしいまちづくり ── 。それは既存のつくりかたではなく、そのプロセスからあたらしくした先にこそ生まれるものではないか。そうした仮説をもとにNTT都市開発 デザイン戦略室は、“街のあたらしいつくりかた”を考えます。

Text by Mai Tsunoo
Editing by NTT UD & Takram
Artwork by Ayame Ono
Photography by Noriko Matsumoto

誰のためのまちづくり?

まちづくりは誰のためのものでしょうか。

これまで、私たちNTT都市開発 デザイン戦略室のnoteを読んできてくれた方々はご存じかと思いますが、「NTT都市開発(NTT UD)」はデベロッパーと呼ばれる企業です。全国のさまざまな街で、まちづくりを進めてきました。あたらしい商業施設や駅前の開発は、人々の話題になることもあります。しかし、私たちはふと足を止めて考えます。目まぐるしく変化する世界情勢やパンデミックを経て、これからの時代に求められる本当の街の姿とはなんだろうか? と。

これまでのまちづくりの多くは、「最大多数の最大幸福」を追求してきていました。それは、私たちが確立されたニーズのなかで、デメリットを感じる人が限りなく少ない、安定感のある選択をするということでもあります。ひとつの解であることは事実です。

しかし、時代のなかで必要とされるものは移り変わるものです。

そもそも、いま「最大多数」とは誰のことをいうのでしょうか。あなたや私は、果たしてそこに含まれているのでしょうか。

「最大幸福」が意味することとはなんでしょうか。かつての感覚のまま、まちづくりを続けていると、一見誰もが求めているような場所に見えて、その実、誰のものともいえない街をつくり出してしまう可能性もあります。

私たちNTT UD デザイン戦略室は、現状の開発の在りかたをアップデートする余地を模索するために、このnote上でリサーチや思考実験を繰り返してきました。そうした活動のなかで、もっと個人的な感覚を起点とした開発があり得るのかもしれないと感じ、まだ見ぬあたらしい価値やニッチなニーズ、こだわりあるスモールビジネスに光を当てられる可能性を探り始めました。

これまでデベロッパーが苦手としてきた領域だけに、その実現は簡単なことではありませんし、綺麗事や絵空事に聞こえてしまうかもしれません。ビジネスとして失敗したくないのならば、すでにある価値観に沿うほうが確実でしょう。

一方で世界に目を向ければ、オルタナティブと呼べる街の事例もたくさんあることがわかってきました。資本主義経済の上でのいわゆる正解だけではない解 ── 別解としての街の在りかた ── も可能だと教わってきました。その成功の理由を考えたとき、デザイン戦略室として私たちがたどり着いた仮説は「いまの社会の常識をそのまま受け入れるのではなく、自分の直感や価値観を信じること」でした。

「別解」としての街のつくりかた

「いまの社会の常識をそのまま受け入れるのではなく、自分の直感や価値観を信じること」とは、すでにある「正解(≒社会の常識)」を選ぶのではなく、誰もまだ気づいていないような視点やニーズのもとに生まれる価値観を見つけ、いまの常識(ルール)の隙間で展開可能なかたちに調整して、周囲の人から徐々に伝えていくこと。

するとかつてはたった一人しかもち得なかったはずの価値観が、やがて業界内外にも波紋のように広がり、徐々に経済的にも成立するようになる。それは、さながら「あたらしいルールブック」をつくる活動なのかもしれません。

今回の連載では、あえてまちづくりや建築から少し離れた3人に、この可能性を学ぶことにしました。一見して捉えづらいオルタナティブなアプローチであたらしい常識や価値観、文化をつくることにチャレンジしている3人です。

1人目は、魚の仲買人の長谷川大樹さんです。これまでの市場ではほとんど価値のなかった食材を発掘し、独自の方法で高級料理店にまで流通させてきました。専門知識と経験に裏打ちされた感覚とロジックを組み合わせ、社会がまだ知らないあたらしい欲望を見つけながら、長期的に価値を生む仕組みのつくりかたを知っています。

2人目は、サンゴでスタートアップを始めた高倉葉太さんです。生命のゆりかごであるサンゴに着目し、そこを起点に複雑な環境問題の糸口を示そうとしています。カーボン・オフセットやプラスチックなど、トピック単体で語られがちな環境問題ですが、本当はさまざまな要素がからみあっています。単純化して考えがちないまの社会において、複雑なものを複雑なまま捉える難しさとその実践を紐解きます。

3人目は、歌人の伊藤紺さん。大衆にはあまり馴染み深くない短歌という形態に取り組みながら、それを多くの人に届けようとしています。既存のメディアだけではない広げかたや伝えかたを通して、まだ光のあたっていない事象と社会との接点の見つけかたのヒントがあるかもしれません。

一見、この3人の活動はまちづくりとは繋がらないように見えるでしょう。しかし、あたらしいことを始めるからには、その方法からあたらしくする必要があります。私たちは、これまでのまちづくりの成功例とは違う側面から学びを得たいと考えました。実体のわかりにくい「まち」という存在から少し離れ、一人ひとりのやりかたを深堀りし、その学びをゆくゆくは人々の集合体である「まち」に還元するために。

3人に共通するのは、大きな数字に支えられた「いまの常識」に安住せず、自分なりの価値観を社会のあたらしい常識にしていこうとする働き方や考え方をしていることです。誰から頼まれたわけでもないのに自分であたらしい道を切り開こうと「ルールブック」を書き換え、これまでにない価値観をつくり出したり、見えなかったニーズを発掘したりしながら、経済活動としても成立させる方法を模索しています。そんな3人の仕事のしかたや哲学に、これからのまちづくりは学べる部分があるはずです。

不確実性が高く、将来の予測が困難な時代を独自の方法で生き抜く人たちを追いかけながら、一緒にあたらしいまちづくり、ひいてはあたらしい「なにか」をつくり出すヒントを探っていければと考えています。そして来年以降は、今回の学びを机上の空論に終わらせず、社会へオルタナティブを問うための実践を、小さな土地から始めようと企んでいます。

さあ、2024年の連載が始まります。ぜひ、私たちの“企み”にお付き合いください。


デジタルZINE 「ちいさなまちのつくりかた」

2024年も、4月10日から毎週水曜日に「ちいさなまちのつくりかた」と題したデジタルZINEを、全6回シリーズでお届けします。多様な視点をもったゲストへのインタビュー記事などを公開していきます。お楽しみに。

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主催&ディレクション
NTT都市開発株式会社
井上 学、吉川圭司(デザイン戦略室)
梶谷萌里(都市建築デザイン部)

企画&ディレクション&グラフィックデザイン
渡邉康太郎、村越 淳、江夏輝重、矢野太章(Takram)

コントリビューション
角尾 舞(ocojo