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ゲスト紹介①高橋司さんご一家

どうしてつかさくんなのか。

この春、福島のことや、3.11を振り返りながら未来のことを語る場をもうけたいなあ、と思った時に、まず話を聞きたい。東京のみんなと話をしたいな。と思ったのは、高橋司さんでした。

高橋さんは、生まれも育ちも福島県相馬市原釜。3.11の前から今もずっと、原釜幼稚園の先生として、子供達とともに毎日過ごされています。
その毎日の中で、感じられることを、ありのままに聞かせて欲しいと思ったのが、素直な想いです。

また、メキシコから嫁いだ、奥様が感じられていることも伺ってみたいと思いました。彼らは、2011年5月に、原釜の浜辺で結婚式をあげ、今は可愛い二人のお子さんも一緒に、元気に暮らしてらっしゃいます。

東京に住んでいると、福島で元気に暮らしているみんなの声というのは、あまり聞こえてきません。だからこそ、普通に暮らしているみんなの様子というのを伝えて欲しいと思っています。

福島と、普通、が同じテーブルにのること。福島も、東京も、実は一緒なんだよ、ということが、語られることこそが、今の東京、日本には必要なんじゃないかと思っています。

高橋さんとの関わり

私と高橋さんは、JICA青年海外協力隊の同期という関係です。
2005年秋、高橋さんはメキシコ合衆国へ「青少年活動」という職種で、ストリートチルドレンのプロジェクトへ配属。私はエルサルバドル共和国へ「村落開発普及員」として、現地の青少年リーダーたちと、地域についてのビデオを作って村々で上映会をするプロジェクトに配属されました。

同じ福島県出身というだけでなく、学年も一緒、大学もお互いに関西、と、共通点がたくさんありました。でも、当時の私には、魅力で溢れている高橋さんは脅威的でした。

2年間の活動で、彼がメキシコで大活躍している様子は、こちらまで聞こえてきていました。
私は自分の甘さ加減に打ちのめされ、それまでの人生全てで流した以上の涙を流し、周りのみんなの(エルサルバドル人のみんなの)支えをひしひしと感じながら帰国しました。

帰国後の協力隊員は、それぞれの道を模索するのが常なのですが、それは高橋さんも私も同じ。

私はとにかく様々な職種に挑戦させていただきました。といえば聞こえがいいですが、何しても長続きしないつぎはぎだらけのキャリアです。

一方、高橋さんは、帰国後に相馬・原釜の海に入っている瞬間、「ここでじいちゃんになるまで、生きて行こう」と決意し、原釜幼稚園の先生になることにし、そこからずっと続けてらっしゃいます。

立場の違い

そんな私たちが帰国後に再会したのは三〜四回。
まずは帰国後の県への表敬訪問。次は、二本松訓練所で行われた協力隊の同窓会。三回目は、2011年の東日本大震災が起きた後で、福島県の協力隊関係者の方々が企画された、被災地の現状を知るためのツアーに東京から参加した時。同じ福島県出身ですが、高橋さんは被災された時のこと、それからのことをお話したくださり、私は東京在住のため、それを聞く立場で、ただただ自分ができることがないように感じて、言葉をなくしていました。

ツアーの中で、私自身の故郷である、福島市渡利をバスで通る時もありました。その時に確か近くに座っていて、「渡利も放射線量が高いんじゃない。」そして、「今は隣で一緒に走ってくれる人が一番ありがたい。」と話てくれたことを覚えています。私はその立場にはいないなあ。と。またもや無力感に苛まれ東京に戻ったのでした。

こどもはそれでも生きていく

それから数年の月日が流れ、2018年、夏。
たまたま福島に帰省中、家族みんなで相馬の海に行こう!ということになり、高橋さんに連絡してみたところ、サーフィンで海にきているとのことで、再会がかなったのが、この写真。2018年に震災以降初めて海開きをした、原釜海水浴場。たくさんの人が遊びにきていて、とっても賑やかでした。相馬の海は、私たち家族の行きつけの海。8年来れなかったけれど、我が息子も一緒にこれたことに、嬉しさでいっぱいでした。

私も一児の母になり、場所は違えど、「これからの命」に向き合う毎日を過ごしています。そうなった今だからこそ、少しは高橋さんとお話をできるのではないかなと思って、今回声をかけさせていただきました。

正直東京でのほぼワンオペ育児は闇そのものと感じることも多かったです。福島に帰った方が、実家の母の手もあり、安心できて、楽だったりします。

放射能を避けて、住むことをやめた福島の方が、明るくて、のんびりしていて、子育てしやすくて、息子も笑顔になる。

可能性がいっぱいあるからと思ってしがみついてきた東京には、人はいっぱいいるけれど、挨拶はしないし、誰かが危害を加えるのではないかとハラハラすることもありました。

どっちの安全をとるんだろう?
何が安心なんだろう?
「これからのいのち」にとって、大事なのはなんなんだ???
それは私たちがつくっていけるものなのか?
どうやってつくっていけばいいのか?
それともすでにあるのか???

わかりきっていることかもしれません。
みなさん知っているかもしれません。
だけど、だからこそ、平成が終わる前に、新しい時代が始まる前に、
次の時代に語り継ぎたいこと、逆に挑戦したいことを、
あえて場をもうけて、一緒に考えられたら嬉しいです。

びっくりするほど明るい高橋さんご一家と、楽しく過ごしながら、今の福島のリアルを、まずは知ることからはじめて、自分たちの足元、ふるさとを感じる時間をご一緒しましょう!

高橋さんご一家のお話は3月8日夜と、9日午前中に予定しております。
詳しくはリンク先またはsongs.for.flowers311@@gmail.com(@を一つ決してください)までお問い合わせください。
また、この機会に、高橋さんご一家に聞いてみたいことも、事前にメールまたはイベントページのコメント欄でお寄せいただけましたら幸いです。

●3月8日(金) 19:00〜21:00 
オープニングパーティ
「Songs for Flowers in FUKUSHIMA〜花迎えのうた〜」
カフェスローさんの美味しいごはんを楽しみながら、福島の花を愛で、唄い、そして聴き合い、語り合いましょう。さながら福島夜桜の会。お子様同伴可能です。お友達やご家族でご来場の方には、お一人につき500円の割引をさせていただきます。

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●3月9日(土) 
時間は昼間に、そして場所は少人数のスローギャラリーへ移して、引き続き、お花に囲まれ、唄とお話を楽しむ場です。福島からのゲストとじっくりお話されたい、お話を聴きたい方に特におすすめです。お花のエネルギーを借りて、楽しく真剣に。お子様同伴可能です。

第一部 11:00〜12:30 
ライブつきお話会「福島のこどもたちの今と、おとなのためのわらべうた

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スペシャルビジョンランチ 12:30〜13:30
高橋司さんご一家、高橋真一さん、また他のご参加者のみなさまとご一緒にカフェスローさんのランチをお楽しみください。テーマはみなさんの見ている未来について。
参加費はご自身のご飲食代のみ。ご予約不要です。
みなさまのご来場をお待ちしております!


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