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我が子への期待の罠~親子ボードゲームをススメる理由~

子どもが大きくなればなるほど、できることが増えていく。
そんな中、親は子への『期待』が大きくなっていく。


  「もう5歳なんやから・・・」

  「もう1年生なんやから…」

  「もう6年生なんやから…」

  「もう中学生なんやから…」

  「もう〇〇なんやから・・・」

『子どもへの期待が大きくなる』
というのは、子どもの
『やらない→やる』
『できない→できる』
を求めているということ。

突然ですが下の図を見たとき、どこに目がいきますか?


欠けたところに目がいきませんでしたか?
これは人間の脳のしくみで、どうしても『ない』部分に目がいきやすくなる。

『期待が大きくなる』ことで子どもの『やらない』『できていない』(欠けているところ)に目を向けやすくなってしまう。

「自分で着替えるようになってほしい」

「自分で起きられるようになってほしい」

「自分から宿題をやってほしい」

「自分で料理をつくってほしい」

「〇〇高校(大学)へ行ってほしい」

親だから子への期待ってやっぱりあるし、
それが親心だとも思う。

ただ、長年教員をしていて気になっていたのが、
期待していたようなことが『できたとき』『やったとき』
だけ大人が認めるということ。つまり

   ☆能力があるとき
   ☆結果をだしたとき
   ☆行動したとき
   ☆いい子をしたとき

 「だけ」認めるということ。

じゃあこの『条件がなくなってしまうとどうなるんだろう?』と不安になり『他人軸』にそってのみ生きている子もいる気がして、窮屈そうな感じがした。つまり、自分の感情や考えを置いてけぼりにして、親や大人などの期待ばかりで自分の行動が決まってしまうなど、まわりに合わせてばかりいる状態。周りの目だけが気になって、自分が自分でいられない状態。

『存在』だけでは親から認めてもらえない気がしているから、自分で自分を認めることも難しい。じゃあ、どうしたら『存在』を認めることになるの? 

それは・・・・

親子でいっしょに『笑う』ということ。
いっしょに笑うことで

「自分は素のままここにいても大丈夫!」

という安心感を生み出す。自分が自分でいられる状態。
それが条件抜きで『存在』を認めてもらえているということ。
自分のことを好きになるということ。

私も息子が大きくなるにつれて『これくらいはできるだろう』という期待から「〇〇しなさい」という言葉がげが多くなったのを実感。
ついつい我が子に「〇〇しなさい」ってセリフが多くなる。

あと親がカリカリしているときも「〇〇しなさい」って多くなる。

だからこそ、たまには親子でボードゲームを取る時間を意識的にとってみてはいかがでしょうか?

親が笑えば子どもも笑う


大人がまずは楽しみませんか。


小中学生対象~親子ボードゲーム会を運営しよう~

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