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『分かれ道』「明暦大火異聞(三)」

(前巻のおはなし:若尊に夢中)

江戸時代。
「感情こそが諸悪の根源である」という徳川家光の処断により江戸住民は感情を抑制されるようになった。有感情行動を取り締まる威力部門「感情奉行*1」与力の犬養殲衛門は業務執行中にポップミュージックを被爆。音楽の悪魔に取りつかれ《アート》蒐集のために有感情者の根城を襲い殺戮を繰り返す魔人と化した。殲衛門の次なる標的は……。

*1 江戸の三大奉行
感情奉行:江戸っ子の感情を取り締まる無慈悲の武力機関。
時社奉行:時空ポータル*2を管理する機密機関。
町奉行:江戸っ子の悩みに寄り添う司法機関。
*2 時空ポータル
特別に管理された龍脈にのみ出現する小型の虚数ポータル。無限に器物を吸い込み「同価値/同目的」の未来器物を吐き出す。(例:十手を入れると拳銃、寛永通宝を入れると銃弾が吐き出される)

月のない闇夜である。
面を宗十郎頭巾で覆い、単独で某大名下屋敷を訪れる犬養殲衛門の姿がある。郊外の大名下屋敷は監視の目が薄く居留守役の個人収入のため賭場や闇市に貸し出されることが多く、彼が訪れた闇ショップもその一つであった。

「友」「愛」

会員のみが知る符丁で店内に滑り込む。

「今日はいいのが入ってますぜ」

「丁」と染め抜かれた御簾の裏から主人が声を掛ける。有感情者御用達の闇ショップには闇ポータル産や時社奉行から横流しされた闇カセットテープがずらりと並んでいた。「松田」「中森」近年の流行トレンドはこのあたりのようだ。殲衛門はそれに目もくれず蘭楽コーナーへ滑り込む。流行に乗る有感情者はクズ。真実の音楽は蘭楽のみ。殲衛門の目は静かな怒りに燃えていた。

新譜を次々と懐に入れる。「若尊」「見廻り同心」「欧州」今夜も豊漁だ。
しかし、殲衛門は抜かりなく目を光らせる。今夜は感情奉行与力としての内偵も兼ねている。店内の配置を目に焼き付け、数日後の急襲に備える。このような闇ショップはいくらでもある。顔を覚えられる前に全てを焼き尽くすのが完全犯罪者の信条であった。

殲衛門が「旅路」の新譜『分かれ道』へ手を伸ばそうとした、その時!!

「まずい!手入れだ!!」

主人が叫び店員が次々と行燈を吹き消す。店内は漆黒の闇に鎖された。

「闇《アート》の詮議である。蔦屋塔三郎、神妙に縛に付け。」

BLAM! BLAM!

「グギャー!」「ぬわー!!」「ぎゃあああああ!!」

情け容赦のない無感情な銃声が弾け有感情者特有の激しい悲鳴が鳴り響く。捕方は正面出入口から徐々に蘭楽コーナー近づいてくる。しかし、そこは感情奉行与力犬養殲衛門。捕方の常套手段はよく理解している。まず派手に強襲して動揺を与え、我先に出入口へ殺到する有感情者を次々と無感情に射殺するのが彼らの基本戦術だ。

殲衛門は脳裏に焼き付けた見取り図を頼りに漆黒の闇を迷いなく勝手口へ歩みを進める。「十八」と書かれた暖簾を抜けると巧妙に目隠しされた勘定所があり、その裏が勝手口。裏路地には搬入用の水路がある。そこへ飛び込めば……。

しかし、そこにはすでに別動隊の同心が待ち構えていた。細い路地に三名のベレッタ同心。そして、それを指揮をするのは感情奉行の与力 犬養監物。殲衛門の義理の弟にあたる。

「さすが義兄上が熱心に内偵を進めていた闇ショップじゃ。出るわ出るわ。上客が次々とかかりおる」

「……!」

(あやつめ……仕事熱心もほどほどにせよ!)

殲衛門はひそかに懐中に忍ばせた「旅路」のカセットテープを握りしめる。感情刺激物《アート》を独占したいという熱狂的な我欲は思わぬ敵を招き寄せてしまう。それが親族、ましてや同じ感情奉行所の義弟とは。

二人の「分かれ道」が近づいていた。

(顔を合わせるのはまずい、かと言って正面突破は不可能だ)

殲衛門は意を決して勝手口を蹴り開ける。

スターン!! BLAMBLAM!!

飛び出した影をベレッタの火線が追う!!

チュインチュイン!! 

殲衛門は頭巾を下げ素顔が見えないように走り抜け防火樽の影に逃げ込む。同心達はベレッタをリロードしながら包囲を狭めていく。

謎の男が樽の陰からそろりと踏み出す。右手を腰のカタナに添えて抜剣の構え。

(……!)(……!)

謎の侍の威圧感が同心たちを圧倒する。

(撃った者から斬られる。ただモノではない)

「ぁぁぁぁおっ!!」「ぽぉぉぉおおお!!」

(((示現流か!!)))

同心達を威圧する裂帛の気合に監物は舌を巻いた。そして謎の侍は直立姿勢で間合いを詰めた……かに見えた。実際には殲衛門は一歩も前進していない。前進する姿勢のまま、スムーズに音もなくすり足で後退していたのだ。

彼が死中活に偶然編み出したこの歩法は、最も優雅なダンス技術であることを殲衛門はまだ知らない。

この残像を伴う神秘的な歩法が捕手に動揺を与え殲衛門は囲みを突破、謎の侍は月のない闇夜に紛れて水路へ飛び込み逃れていった。

「示現流……? 兄上の同門かもしれぬ」

監物は訝しみつつも多数の収穫を得たことを冷静に評価して闇ショップを後にした。

殲衛門は月のない夜を帰路に就く。懐中の合羽は「二人の分かたれた路」を殲衛門の耳へ届けていた。

[Worlds apart hearts broken in two…two…two]

【続く】

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