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Eclipse-Part1

「あ、月が欠けてきた!」
 暗い夜道、広場ですれ違った母子は足を止め、夜空を見上げていた。
「月食、はじまったわね」
 Eclipse・・・月食、いや月蝕。
 月が蝕まれてる・・・俺の心のように。

 少しずつ黒く欠けていく月を見上げながら、ゲンの言葉を思い出していた。
「Eclipse、月食とか日食の意味なんだけど、カッコよくない? 太陽と地球と月が重なるとか奇跡的だし、これをうちの工房の名前にしない?」
 そう提案したのはゲンだった。
ゲンはいろんな事を知っていた、俺と違い本もたくさん読んでいて・・・本の何が面白いのかと聞くと「リョウちゃんみたいに賢くないからさ、本で色々勉強してるし、色々知る事が面白いんだ」と屈託なく笑ってた。

 俺たちが知り合ったのは、フリマだった。自分もアクセサリーを作ってたゲンは、俺の作るシルバーアクセサリーを気に入り、いつ しか俺の仕事を手伝うようになっていた。
「リョウちゃんのデザイン、すごくカッコいいよね。華があるっていうか、おれには絶対真似できない」
 ゲンはとても楽しそうに俺の仕事を手伝ってくれてた。

 華やかなアクセサリーだが、実際の製作作業は地味で根気がいる。
 金属を切ったり、曲げたり、溶かしたり、削ったり、何度も磨いたり。
 力仕事もあれば、繊細な作業も多い。そんなたくさんの工程を経て、やっとひとつの作品が出来上がる。
 デザインは好きだが、実はそういう作業は苦手な俺にとって、そうれを一手に引き受けてくれるゲンはまさに救世主だった。 
 いつしか俺はデザインをメインにし、製作はゲンにまかせるようになっていた。

 その頃は、不思議とデザインのアイデアが次々とわいてきた。
 指輪やブレスやチョーカー。どれも派手なデザインだったから、 それを実際に形にするゲンは苦労していたけど・・・
 地味なシルバーだけでなく、ゴールドや派手な石を使ったアクセサリーも増やし、さらに売り上げも大きくはねあがった。
 そんな作品には、自分でデザインした太陽の刻印をいれた。昔から太陽が好きだったから。
 それが次第に話題になり、フリマだけでなくネット販売等でも売れ始め、セレクトショップ等にも並べてもらえるようにもなった。
 もうゲンだけでは生産が追い付かなくなり、俺たちは工房を大きくした。
 その工房の名前は“Eclipse”。
 そう、太陽の刻印を入れていた俺の工房にちょうど似合うと、ゲンが名付けたのだった。

 工房が出来、俺のデザインをゲンが最初に作り上げるまでは変わらなかったが、その後は同じものを他の人に作らせるシステムになった。
 前より楽になったはずのゲンだったが、いつも工房で作業をしていた。
 不思議に思って訊ねたら
「実はさ、自分のデザインも最近ちょっと作り始めてて・・・恥ずかしいんだけど」
 ゲンは照れながら自分の作った指輪を見せた。
 それはシンプルなデザインだった・・・でもゲンらしい丁寧な美しいフォルムのシルバーリングだった。
「ふうん、わるくないんじゃない? お前のも、うちのネットで売ってみたら?」
 その言葉にゲンは目を輝かせた。

 俺の作品じゃないとわかるように、と、ゲンは自分の作品には月の刻印を入れた。
「太陽はリョウちゃん、俺は月で、重なるからEclipse、って。実はいつか自分の作品作れるようになったら、そうしようって決めてたんだ」
 ゴールドの多い俺の作品とシルバーのゲンの作品は、たしかに“太陽と月”という感じではあった。

 当初、ゲンのアクセサリーは、それほど売れなかった。
 でも俺はそれでいいと思っていた。
 ゲンのデザインがあるお蔭で、オレのデザインがさらに際立って見えると感じていたから。

 だが、ある時期から俺の作品があまり売れなくなってきていた。
 逆にゲンのシルバーアクセは逆にジワジワと売り上げをあげていた。
 もちろんゲンのはシルバーなので、ゴールドの多い俺の売り上げよりはぜんぜん低かったが・・・。

 それでも俺の心は穏やかではなかった。
 俺のデザインは高価だし、デザインが実用的じゃない。
 逆にゲンのアクセリーは指になじむ、とか毎日つけていたい、なんて声も聞こえてきて。
 俺は、もっと売れるもの、目立つ作品を作らないと!
焦れば焦るほど、デザインが思い浮かばなくなっていった。

 そしてある日、やっとひねりだしたデザインをオレはゲンに見せた。
 月と星をモチーフにした久々の自信作だった。
「これ、どうだ?」
「カッコいい・・・けど」
 ゲンは口ごもる。
「なんか、似たデザイン見たことがあって・・・」
「おい、盗作だとでもいうのか!」
 俺の剣幕にゲンはあわてて首をふった。
「いや、ちょっと似てるのを見た気がしたから・・・そうだ、この 前みたブランドのカタログに・・・」
 俺ははっとした。
 数日前に見た有名ブランドの新作写真・・・オレも見ていた。
 自分では意識せず、脳裏に残っていたあのデザインを使ってしまっていたのかも・・・。
 だけど俺はそれを認めたくなかった。
「いいから、それ作っておけ! 売るかは後で決めればいいから」

 数日後、ゲンはオレのデザイン通りの指輪を作り上げていた。
ゲンは珍しく旅行に行くとかで、作り上げた指輪だけが工房に置かれていた。
 それはいつもながら見事な仕上がりだったが、あらためて実際に   その指輪を見ると、やはり有名ブランドの新作に似ているのは否定できなかった。
 その時に偶然、セレクトショップの担当が工房を訪れた.。
 そして指輪を見るなり声をあげた。
「新作ですか? いいなあ、これ、絶対売れますよ! 久々の大ヒット間違いなしだ!」
 オレは心を決めた・・・

 その指輪は売れた。
 だがすぐ、有名ブランドの指輪の盗作デザインではないか、という噂がながれた。
 ネットでも叩かれたが、幸い完全な盗作とは証明しづらいというのもあり、うちがその指輪を販売しないという約束で、なんとか事を収めてもらったが・・・。
 が、客からの人気だけでなく、業者からの信頼も地に落ちた。
 俺の工房がつぶれるのも、もう時間の問題だった。

「リョウちゃん、ごめん。あの時もっと強く言ってれば」
 ゲンが謝る事じゃないのに・・・。
 盗作の疑いをうけるのが理解ってたのに、俺が製作を強行した。   売れそうだ、という声の誘惑に負けて。
「あれはおれが作った事にしよう。おれが責任とってやめれば、みんな納得してくれるよ」
ゲンの申し出に俺は言葉をなくした。
「ほら、あの指輪、太陽の刻印入れるの忘れてただろ。だからおれが勝手に作ったって事にすればいい。それで責任をとってやめれば、リョウちゃんもこの工房の評判も落ちなくてすむから」
 ゲンは迷いもなくすべての責任を自分がとり、俺のもとを去った。
 たしかにゲンの作った作品には刻印が入ってなかった。
 でもそのまま太陽の刻印を入れなかったのは忘れたからじゃない・・・。
 俺はわかっていて、あえて刻印を入れないまま、その指輪を世にだした。

 俺の身代わりになったゲンは消えた・・・。
 連絡もとれなくなり・・・彼はすべてを背負って消えた。

 隣りの親子が、欠けていく月を見上げながら話を続けている。
「なんで月が欠けていくの?」
「欠けてるんじゃなくて陰なの。月はお日様の光を受けて光ってるんだけど、地球がその間に割り込んで、地球の影でああして見えるのよ」

 月がさらに暗く欠けていく。
 まるで俺の心のように、蝕まれていく・・・。
 俺は結局、工房を閉めた。デザインもアクセサリーももう作れなかった。
 そう、俺は太陽なんかじゃなかった。
 実は俺を照らしていたのはゲンの方で、俺はただそれを受けて光って見えていただけだったんだ、と。
 本当の光を放っていたのは、ゲンだったのだ。
 俺は一人歩き出した・・・太陽の輝きを失った月のように。

     ~ Fin ~


別のEclipseのお話

Eclipse-Part2
https://note.com/u_ni/n/n0720645c10c0

Eclipse-Part3
https://note.com/u_ni/n/n81956f979ca6

Eclipse-Part 4
https://note.com/u_ni/n/n40a4c4189692


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