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Eclipse-Part4

呼ばれたアトリエの部屋。
おれが入っていっても誰も気づかず作業を続けている。
目の前では固い銀がバーナーで赤く熱されていた。
それがある瞬間いきなり溶け、光る銀の玉に変わる!
ほうっと思わず声をあげたおれに、その人はようやく振り返った。
「おお、リュウ来たか」
おれに気づいたのは俺を読んだ主、レンさんだった。
「悪い、キリのいい所までやっちゃうからさ」
「あ、はい」
おれは作業台のすみの空いてる椅子に座り作業を見守った。

ここを見て、華やかなアクセサリーを作ってる場所とわかる人は少ないだろう。
広いとはいえない部屋の中、それぞれ皆、黙々と仕事をしている。
糸ノコで銀の板を切る人。
輪にした指輪にヤスリで模様を刻む人も。
レンさんはバーナー仕事を続けてた。
銀のパーツの間に銀ろうという小さな銀のかけらを置き、それをバーナーで熱すると、小さな銀ろうだけが溶け、パーツの隙間をつなぐ・・・いわば溶接作業だ。
おれもアクセサリーを作っていた手前、一応は知ってるけど、あまりやったことはない。
こういう面倒な細かい作業は、なるべく避けてたし、やらなきゃいけない時は人に任せてた。
レンさんは慣れた様子でいくつかのパーツをつなぎあわせ形にしていく。それがだいたいの形になったところでようやくバーナーの火を消した。
「よっしゃ、コーヒーでも飲みにいくか。退屈だったろ?」
「いえ、でも、けっこう新鮮で」
「アハハ、新鮮か、なるほど」
立つとでかいレンさんの豪快な笑いに、俺はちょっとほっとした。

「地味だよな、彫金ってさ。でも地味だけど、それぞれの個性は出る」
公園近くのカフェのテラス席に場所をかえたのは、他の職人たちには聞かせたくない話なんだろうと感じてた。
「作った人の性格が出る・・・ような気がする、そう思わないか?」
「あ、そうかも・・・」
そんな話をするためにおれをわざわざ呼び出したわけじゃないはずだ。
「いやな・・・お前のアクセサリーは大胆で奔放だ。あんなデザインは俺にはできない。マジですごいて思ってた」
レンさんは黒ずんだ太い指でマグカップをつかみ、コーヒーをぐいっと飲んだ。
「そしてある時期から繊細さも加わった・・・ちょうどゲンがお前の仕事を手伝いだした頃だな。二人の個性がうまいことからんで、無敵だと思っってた・・・つまり・・・遠まわしはやめよう、あの盗作だと騒がれた指輪、ゲンのデザインじゃないよな?」
俺はなにも言えなかった。
ちょっと前にうちの工房で起こった騒動・・・うちで作って販売した指輪が、有名ブランドの新作の盗作と騒がれた事件だ。
その事件の責任をとったのは、長いこと俺のアクセサリー作りを手伝ってくれてたゲンだった。
あの指輪、本当はおれがデザインしたとレンさんは気づいていた。
「もちろん、実際に指輪を作ったのはゲンかもしれない、けど・・・」
「責任は感じてます、おれも。だから」
「工房やめたのがお前なりの責任の取り方、ってことか?」
そう、俺はゲンがやめたあと、アクセサリー工房を閉めた。
「だがな、今も責任をすべてを背負ってるのはゲンだろ? それにゲンがいなかったら工房も続けられなかったろうし」
心の奥になにかが刺さった。
自分でも気づかないふりしてたけど、工房を閉めたのは責任をとるだけじゃなかったのかも・・・実作業のほとんどをゲンが取り仕切ってたから。
「まあ、これはお前とゲンとの問題で俺は部外者だ・・・今日、お前に言いたかっのは別にある。俺はうちでゲンを雇おうと思ってる」
「・・・え?」
レンさんの言葉に俺は驚いた。
「ゲンは、本当にこの仕事が好きだし才能もある。俺はこのまま奴を埋もれさせたくない。だが一応お前に話しておくべきと思ってな。いいか?」
「・・・はい・・・よろしくお願いします・・・」
おれはレンさんに深く頭を下げた。
不思議な気持ちだった。
嬉しいような、申し訳ないような、情けないような・・・。
「そういえば・・・今日、日食らしい」
レンさんは空を見上げた。
「ここらへんでは見えないらしいが。お前らの工房の名前が"Eclipse"で、こんな話を今日お前にするのも、なんか縁だな、って」
"Eclipse"・・・それはゲンが俺たちの工房につけた名前だった。
俺の作ったアクセサリーには太陽の刻印を入れていた。それでゲンは月の刻印を入れ、そこから”日食””月食”とういう意味の"Eclipse"と名付けたのだ。

仕事があるからとレンさんが立ち去ったあと、一人残されたおれは妙な気分だった。
心の中の重しがちょっと軽くなったけど、まだ何かモヤモヤしたままで。
おれは空を見上げた。
太陽は今日も普通に光っていて、見えないどこかの土地で月に蝕まれてるなんて事はおくびにも出してない。
「お兄ちゃん、なにみてるの?」
スケッチブックを持った子供が不思議そうに声をかけてきた。
「ん・・・太陽だよ」
「でも、まぶしすぎて見えないじゃん?」
「まあ、そうだな」
たしかに、日食とかだとようやくその形がわかるけれど、太陽は普段は光だけでその姿はわからない。
「ちょっとそれ貸して!」
おれはスケッチブックとクレヨンを貸してもらい、描きだした。
「なに描いてるの?」
「太陽だよ、ほら」
おれが黒いクレヨンで描いた丸をみて、その子は不満げに声をあげた。
「えー、真っ黒じゃん、太陽じゃないよ」
「そうそう、太陽は熱くて焦げちゃうからホントは真っ黒なんだよ。これが太陽の本当の姿」
「変なの?」
不満そうな子の為に、俺はスケッチブックをめくり、もう一枚絵をかいた。
今度は夜空をやさしく照らす三日月の絵。
強すぎる太陽の光では見えないが、月のまわりでは星が一緒に輝く、まるでゲンを守る人たちのように。
「わあ、きれいだね! お兄ちゃん、上手だ。これ、もらってもいい?」
その子は目をキラキラと輝かせておれをみていた。
この目の輝き、なんか思い出す。
そうだ、ゲンの目だ。
そしておれのアクセサリー喜んで買ってくれた人たちの目。
あの気持ちを思い出そう・・・そしたらまた、太陽も輝くはず。
地球のどこかで”Eclipse”が起こってる日、おれはまた歩き出した。

    ~ Fin ~

ここまでの別のお話

Eclipse-Part1
https://note.com/u_ni/n/ncf58f512000e

Eclipse-Part2
https://note.com/u_ni/n/n0720645c10c0

Eclipse-Part3
https://note.com/u_ni/n/n81956f979ca6


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