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批判的臨床推論


背景

臨床に出て、毎日の様に考えることがあります。それは哲学者ヴィトゲンシュタインが言った言葉を借りれば、
「検証されずに確信されていることが多くないか?」です。

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皆さんはどうでしょう?臨床において疑問に思うことはありませんか?
単に知らないことを疑問に思うのではなく、今まで信じていたこと、あるいは医療業界全体として”正しい”とされていることが本当に正しいのか疑問に思うことはありませんか?

まるで仕組まれたかの様に、臨床に出れば多くの人が”通例として正しいであろう”ことを教えられます。

やはりその多くは”通例的に正しいであろう”ことであって、”習慣的に正しいであろうこと”であって”故人の意見”であって、すなわちそこには”批判的”という観点が恐ろしいほどに欠落しており、しかしその事実に触れることなく「これが正しい」と教わります。

この事実はあまりにも教育者に”都合が良い”ことは考慮すべきです。教育者は通例に甘んじて、故人に拘泥し、つまり教育の責任を他人に押し付けているのです。

だから通説を批判するという行為は多くの人に”都合が悪く”、さらに批判によってもし臨床で今やっていることが否定されようものなら”明日から臨床で何をやれば良いか分からない”ということに悩まされ得るのです。

しかし少なくとも医療に対して”真摯に”向き合いたいという意思があるのであれば通説に甘んじることなく、自身のアプローチや考え、知見が誤っているであろうことを想定し、調べ、調査し、実践し考え続ける必要があります。

それは大変な道のりです。しかし多くの医療従事者が疎かにしてきた面でもあり、どこかで見直さなければなりません。

どこかで”責任”を追わなければなりません。どこかで自立しなければなりません。

ここでは”批判”というテーマで一貫して、様々な臨床を見ていきます。

例えば、トリガーポイント。これを担保するものは何ですか?トリガーポイントは古いものの臨床でよく利用されています。
しかしよく利用するに値するものでしょうか?

バイオメカニクスはどうでしょうか?
以前先輩(治療技術がすごいと言われている)に「まず骨格筋痛を見る医療従事者は何を勉強すべきだと思いますか?」と聞いたら『バイオメカニクス』という返答がきました。

しかしバイオメカニクスを考慮することで臨床の治療成績は向上するでしょうか?
バイオメカニクスは正しく見えるでしょう。だから批判的に考える必要があります。

疑う余地のないほど正しく見えるものはそれだけで常識は正しいと教わる様に”信じられてしまう”可能性があります。

まるで腰痛治療には姿勢改善が必要と一部で”信じられている”様に一見その人にとって常識的に、考える必要がないほど当たり前のものほど危険です。

医療業界、特に骨格筋痛を見ることはあまりにも批判を避けてきた様に見えます。
しかしあまりにも科学的にわかっていることが少ないことから考えれば、臨床哲学に頼ることも仕方がないとも言えます。そうは言っても、この”仕方なさ”が妥当性のないアプローチを許容する原因にもなっています。

1、姿勢は過信され過ぎ。姿勢信仰から脱却せよ!

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姿勢と腰痛の関係性についての議論はTwitterをみていてしばしばみられます。

姿勢と腰痛は関係ないという意見や、姿勢は腰痛の原因となっていると主張する人もいます。
たまに意見が極端になり
「姿勢が腰痛の原因になると言っている人は勉強不足」
「姿勢と腰痛が関係ないわけないじゃん」
という主張もみられることがあります。

どちらの意見も偏りが強く、中立的ではありません。そして科学的ではありません。

例えば論理的ではない主張には
「姿勢が悪くても症状がない人がいる」→これは姿勢と症状が関連ないことを意味しません。
「悪い姿勢を取った後に腰痛になる」→これはその時だけ(一過性)の腰痛であって、普段の腰痛の原因であることとは繋がりません。

といったものがあります。

科学は医療従事者のコミュニケーションを支える唯一のファンデーション(土台)であるためコミュニケーションを円滑に進めるには科学的観点が必要であることは明確です。

姿勢と腰痛の関連性を研究した論文は多数ありますが、それらの示す結論は一貫性がなく、いくつかの論文から結論を出すことができません。

ここでは姿勢と腰痛の関係性をアップデートします。
無料の範囲では以前私がブログで紹介した内容をまとめ、有料部分では最近の知見をまとめていきます。

まずみて頂きたいのはledermanの医療従事者の構造主義的観点にメスをいれた論文です。

Lederman E. The fall of the postural-structural-biomechanical model in manual and physical therapies: exemplified by lower back pain. J Bodyw Mov Ther. 2011;15(2):131–138. doi:10.1016/j.jbmt.2011.01.011
2011年なので、いまから9年前と少し古いですね。

ここでは姿勢に関連するいくつかの論文がピックアップされています。

タイトルに「姿勢構造生体力学モデルの没落(The fall of the postural-structural-biomechanical model)」と書いてある通り、この論文は従来の腰痛治療の姿勢や構造、生体力学にばかり着目したアプローチに疑問を呈しています。

この論文の中で姿勢と関連するところを抜粋すると以下のとおりです。

●10代の脊椎非対称性、胸椎後彎症、腰椎前彎症と、成人期に発症するLBP(腰痛)との間には関連がない。
●妊娠中の脊柱前弯、矢状面での明らかな骨盤の前傾増加は背部痛との関連性はない。
●成人では、側弯症と同様に腰椎前彎の程度は背部痛との関連を示さない。
●骨盤傾斜/非対称性、外側仙骨底角との腰痛との間に相関はない。
●長時間の立位、屈曲、捻転、ぎこちない姿勢(ひざまずいたりしゃがんだりすること)、仕事中の座位姿勢、長時間の座位と休憩中のような姿勢を含む、仕事と関係した姿勢とLBPの間の関連性がない

方法論的問題もあります。

2018年の研究では

6回の反復立位で51%の被験者が10~20%の腰椎前弯の変動を示し、29%が20%以上の変動を示した。
仙骨の向きは無症候性の被験者の53%が20%以上の変動を示し、31%が30%以上の変動を示した。 立位は個人差が大きく、再現性に乏しいと結論づけられる。

Schmidt H, Bashkuev M, Weerts J, et al. How do we stand? Variations during repeated standing phases of asymptomatic subjects and low back pain patients. J Biomech. 2018;70:67–76. doi:10.1016/j.jbiomech.2017.06.016

またこれは姿勢の検査の研究ではありませんが、臨床においては施術者の知識に影響され姿勢の評価を過剰にしている可能性もあります。

Plummer HA, Sum JC, Pozzi F, Varghese R, Michener LA. Observational Scapular Dyskinesis: Known-Groups Validity in Patients With and Without Shoulder Pain. J Orthop Sports Phys Ther. 2017;47(8):530–537. doi:10.2519/jospt.2017.7268

これらの研究に興味を惹かれ、私自身もsample=1で検証したことがあります。

被験者に検証の目的を伝えず、姿勢を2回撮影しました。1回目と2回目の間は5分あけました。

撮影と撮影の間は自由に過ごしてもらいました。(ストレッチなど影響が出そうなことはせず)

結果は地面からの垂線に対する肩峰-耳孔間角度が約10°変化しました。

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以上すべての研究から姿勢と腰痛の関連がないと結論することはできませんが、この関係性を疑う必要はありそうです。


戦略的学習

本noteでは痛み治療を戦略的に学習できる様にコンテンツをいくつかに分けています。

『批判的臨床推論』は「第3段:臨床を見直す」です。

第1段:痛みを知る『疼痛リテラシーアップデート
第2段:痛みへアプローチする『次世代の運動療法
第3段:臨床を見直す『批判的臨床推論
第4段:痛みの理解を深める『痛みのBPS modelコアアップデート

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1、姿勢はあまりにも盲信されている

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