西瓜の季節(季節の果物シリーズ⑧最終話)
あなたからの手紙を読んでから、僕はあなたの気持ちを尊重し、あなたへ連絡をする事はしなかった。
というのは自分をごまかす為の嘘だ。
僕があなたへ連絡をしなかったのは、あなたへかけるべき言葉が思いつかなかったからだ。
暫くの間、理解できないでいる答えを探し、ぶつけどころのない怒りを抱えながら、悶々とした日々を送っていた。
7月の中旬まで、その時期の天気と同じようにじめじめと自分の殻に閉じ籠ったあと、夏の訪れと共に自分を開放した。
きっかけはバイト先の居酒屋で、来ていた2人組の女性客から飲みに誘われた事だった。
同じバイト仲間の友達が乗り気で、断りきれずについていった。
その男女2対2の飲み会の3件目のバーで、皆がそれぞれ1杯づつ飲んだあと、友達が1人の女の子を連れて店を出て行った。
「私達も出ましょう」
残った彼女がそう言ったあとは、僕の記憶の中ではもうホテルのベッドの上だった。
彼女から、付き合おう、と言われるがままに、僕はなんとなく彼女と一緒に夏の始めを過ごした。
8月の初旬、飲み会をした4人で神奈川の海に行った。
僕がたくさんの缶ビールを詰め込んだクーラーボックスを肩に掛け、友達が黄色いパラソルと赤いネットに入った大きなスイカを持って砂浜へと着いた。
一頻り、水辺でお決まりのようにはしゃいだあと、僕はパラソルの下でビキニを着けた彼女達を眺めながらビールを飲んだ。
「くだらない」
濃いサングラスの位置を直しながら、ひとり呟いていた。
彼女達がパラソルへ戻ってくると、スイカ割りをすることになった。
僕は最後でいいよと言い、他の3人が先に割ってくれないかと思いながら、バカみたいに楽しそうな3人の様子を見ていた。
3人ともスイカには当たらず、僕の順番になった。
タオルで目隠しをされた僕は、皆が10回まわされてたところを、3回でスイカに向かって走りだし、思いきり棒を打ちつけた。
「ねえねえ、うんちく語ってもいい?」
彼女が新聞紙に乗せられた割れたスイカをパラソルに運びながら、皆に向かって喋りだした。
「あのね、農林水産省では、1年のうちで発芽から花が咲いて実ができて枯れていくのが野菜で、果物はそれが2年以上かかるものを言うんだって。だからこのスイカとかメロンとかイチゴは野菜ってことになるの。でもね、総務省と厚生労働省のなんとか調査では、果物や果実類に分類されるんだって。結局どっちよって思わなーい」
僕は、そんなのどうでもいいよ、って思った。
歪に割れたスイカの一塊を彼女から手渡され、かぶりつく。
生ぬるいスイカの汁が顎へと伝い、落ちた汁の滴が砂浜に黒い染みを作った。
あなたのことが頭に渦巻き、それをはね除けるように、僕は口に残った種を吹き飛ばした。
スイカの皮の近くまで歯をたてると、瓜科特有の青臭い味がした。
青臭いのは自分と同じだ。
僕はそう思い、また口から種を飛ばした。
スイカの厚い皮を新聞紙の上に放り投げ、タオルで口や手を拭い、着てきたTシャツを被ってから自分の荷物を持って、僕はその場を離れた。
もうやってらんねぇ。
何もかもやってらんねぇ。
彼女の事もあなたの事も、もうどうでもいい。
そう心の中で呟き、していたサングラスを堤防の上から投げ捨てた。
夏の陽射しが、僕には暴力的に眩し過ぎたのをよく覚えている。
僕はあなたへの手紙をポストへ投函してから、まだ出始めのスイカを買って実家に帰った。
夕食後、母親にスイカを切ってもらった。
あなたへ出した手紙の内容を思い起こす。
これで良かったんだ。
そう自分に思いこませながらスイカを齧る。
口に残ったスイカの種は、噛み砕いて飲み込んでやった。
そう、これでいい。
あなたに手紙を送ってから2週間後、あなたから荷物が届けられた。
サクランボだった。
ピカピカと綺麗なサクランボの上には、短いメッセージが書かれた便箋が乗せられていた。
❮西瓜の季節❯ おわり
そしてこのシリーズも完結🍑🍇🌰🍊🍓🍉
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