蜜柑の季節(季節の果物シリーズ⑤)
大晦日、僕は実家に帰った。
その日は両親と一緒に地元の市場でマグロやイクラやスルメイカやらを買い、近所の蕎麦屋で年越しそばを食べて帰宅した。
解凍したマグロを肴に日本酒を呑みながら紅白歌合戦を観ていると、父から将来の事について訊ねられた。
そろそろ仕事のことや、実家に戻るかどうかなど、決めておかなければならない時期だとはわかっていたが、まだ何も決められずにいた。
父は自分の好きなようにすればいい、と言ってくれた。
僕はただ頷いた。
元旦は親戚がウチに集まって、賑やかに過ごし、2日の昼過ぎ、山梨の実家に帰省しているあなたを迎えに車を走らせた。
あなたの実家に到着して、あなたのご両親に市場で買ったマグロの柵と地酒を渡し、1時間ほど滞在してから帰路についた。
あなたと会うのは2ヶ月ぶりだった。
この2ヶ月は帰省するための資金稼ぎでバイトばかりしていた。
静岡に向かう車の中で、あなたはシフトレバーの上の僕の左手を取り、手の平の皺を確かめるように見つめながら、久しぶりだね、と言った。
僕も、ホントに久しぶりだね、ずっと会いたかったよ、と返して、君の人差し指をやさしく握った。
それから僕は、会えないでいた間の近況をあなたが饒舌に語っているのを心地よく聞きながら、運転に集中した。
僕達は僕の実家に寄り、父に車を返してから徒歩であなたのアパートへ向かった。
途中、農家の無人販売でミカンを買った。
あなたの部屋に到着し、炬燵に入ってミカンの皮を剥いていると、あなたは近い将来について話し始めた。
「私、けっきょく実家の農園を手伝う事に決めたんだ。ここまで就職活動がうまくいかないなんて考えてなかった。甘かったのね。この時期になってもなかなかいい就職先がみつからないし、だったら帰ってウチを手伝えってお父さんにも言われたから。それも悪くはないかなーって」
僕はあなたの苦労は他所に、ミカンを一粒、口に放りこんでから想像してたんだ。
あなたが実家の農園を継ぎ、来年になって大学を卒業した僕があなたの家に婿へ入るなんて事を。
そして冬の農作業が終わったあとには、こんな風にあなたと炬燵に向かい合わせに座って、今日もごくろうさま、なんて言いながら寛ぐ。
なんて、そんな勝手な妄想をしながら、胸がキュンとなったりしちゃってさ。
柑橘特有の爽やかな香りとやさしい甘み、それから酸味という刺激が、将来訪れるはずの幸せの象徴のように、その時の僕には思えたんだ。
今の僕には、その時に口に残った皮の苦味しか思い浮かばないのだけれど。
❮蜜柑の季節❯ おわり
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