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栗の季節(季節の果物シリーズ④)


あなたが東京から帰った2日後、あなたから電話が来た。

「この間の君の様子が気になって、帰りの高速バスの中でも夜眠る時も、それから昨日大学で授業を受けている時だって、ずっとずっと君のことが頭から離れなかったんだからね」

あなたは怒ったような口調で話していたが、本当に責めている訳ではないことくらいは鈍い僕でもわかった。

「だから私への償いとして今週末、静岡に来なさい」

あなたへはバイトの予定が入っているから、替わってもらえるようだったら行くよ、と伝えていたよね。
実は僕も、あなたが帰ったあとすぐ、また会いたくなってしまっていたから、あの時には既にバイトのシフトを替わってもらう手筈を整えていたんだ。
いきなり行って、あなたを驚かせる計画は台無しになってしまったけど、あなたも僕と同じ気持ちだと知って嬉しかった。



僕は土曜日の朝一番の高速バスに乗って、静岡へと向かった。
父親の車であなたを迎えに行き、そのまま2時間ほど西へ向かった。

東京の僕の住むアパートからは、四方のどの方向にも山が見えない。
だから無性に山へ行きたい願望が強くなっていた。
そう考えたら昔、両親と一緒に栗拾いをした記憶が甦って、あなたと一緒に行こうと決めたんだ。

「こうして木に実が生っているところを見ると納得できるけど、栗が果物だなんて考えもしなかったな」

「確かに。味はどちらかというと、さつまいもなんかに近い感じがするよね」

そんな会話をしながら僕達は栗拾いをした。
栗のシーズンとしてはぎりぎりだったけど、僕達ふたり分を持ち帰る量としては、まだ充分あった。
僕達は両足の靴の裏側で表面のイガイガを裂き、その中から栗を火挟みで取り出し、持参したビニール袋へと集めていった。

あなたのジーンズ姿を見るのは、出会ってからその時が初めてだったけど、割りと悪くなかった。
屈んで栗を拾う度に頭に被さってくる、フードの付いたモスグリーンのパーカーも可愛かった。

土の匂いと草木の香りで僕は随分とリフレッシュした気持ちになれた。
帰りの車の中であなたは、次は紅葉を見に来たいね、って言ってた。



あなたの部屋に着くとあなたは早速、調理を始めた。
僕はダイニングの椅子に反対向きに座り、あなたが作業しているのを眺めていると、君も手伝いなさい、と言って、洗った栗を渡された。
あなたが見本を見せてくれて、僕は包丁で栗の殻を割った。

栗ご飯が炊けるのを待つ間、二人で茹でた栗を少し食べた。
ホクホクとした栗は、素朴な甘みで懐かしかった。
その素朴な甘みは、素朴な幸せへと直結しているようで、あなたと僕、ふたりで暮らす将来の姿を想った。

栗ご飯が炊けて、キノコ汁と一緒にあなたが運んでくれた。
椎茸とエノキとなめ茸の入った汁をひとくち啜ると、それら茸の旨味が心地よかった。
それから僕は、汁に入った茸を先に全部食べ尽くした。
それが僕のいつもの汁を食べる際の流儀だ。

次に栗ご飯に取りかかる。
これも栗だけ先に食べてしまう。
母親からはよく注意されていたけど、直す気はなかった。

僕は残った、栗風味の塩ご飯を掻きこみながら、具なしの汁を啜った。

「私の初めて振る舞うお料理、どうだった?」

食事が終わったあとにお茶を飲みながら、あなたは訊ねた。

「うん、美味しかった。きっといいお嫁さんになるよ」

「あら、だったら将来、私を君のお嫁さんにしてくれる?」

「もちろん」

僕はダイニングテーブルの反対側にまわり、椅子に座るあなたを背中から抱きしめた。



あなたの部屋を出る時に、タッパーの入った紙袋を手渡された。

「はい、栗きんとん風のスイーツ。帰ったら食べてね」


僕はそれを次の日の帰りの高速バスの中で食べた。
丁寧に潰して濾された栗に、生クリームと蜂蜜を練り込んだそれは、まろやかで、より甘く、僕の心を抱きしめてくれているようだった。

流れゆく景色の中で僕は、あなたと共に暮らす未来を本気で夢みていたんだ。




❮栗の季節❯ おわり




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