苺の季節(季節の果物シリーズ⑥)
あなたが大学を卒業し、あと数日で実家の山梨に戻るという3月の初旬、あなたが以前から行きたいと言っていた久能山へ二人で登ることになった。
久能山は僕の実家から西へ20分ほど歩いた海岸線にあり、石を並べて作られた階段を上がって行くと、徳川家康公ゆかりの久能山東照宮に辿り着く。
東照宮までの階段を2/3ほど登ったところから見える、輝く海の景色は正に絶景だ。
頂上の東照宮までは45分ほどで着いた。
その日は残念ながら、東照宮は修繕中で参拝することはできなかった。
それから僕達は東照宮の隣にあるロープウェイに乗った。
高い所の苦手な僕が怖がるのをあなたは面白がっていたね。
ロープウェイは久能山より少し高い、日本平のてっぺんと繋がっている。
日本平を北に下ると、僕の地元で一番好きなスポットである日本平動物園があって、あなたといつか行きたいと思っていたが、バスの時間が合わなかったので諦めた。
僕達は日本平のてっぺんの芝生の上を歩き、あなたが作って来てくれたロールサンドを食べた。
中でもスモークサーモンとキウイの入ったロールサンドが美味しかった。
スモークされたサーモンの香ばしさと、ゴールドキウイのフルーティーな甘みと微かな酸味、それをマイルドなマヨネーズソースが纏めてくれていた。
食後にコーヒーを飲んでから芝生の上にふたり並んで寝転がり、何にも遮られることのない空を眺めた。
「ねえ、君は私が山梨に帰っても、変わらず会いに来てくれるのかな」
僕は空に浮かぶ雲のひとつひとつが何に似てるかなんて、一人でぼーっと考えていたので、あなたの問いに対する答えを口にするのが少し遅れた。
「そんなのあたりまえでょ。行くに決まってるじゃないか。東京からだったら静岡に帰るのも山梨に行くのもそれほど変わらないさ」
「そうよね。変なこと訊いてごめん。私もなるべく休みを取れたら遊びに行くつもりだし。でもね、なんだかこれで何もかも変わってしまうような気がしたの。住む場所が変わって、実家で果物を作る仕事をして。生活が変わると自分自身も変わってしまうんじゃないかって。だから、あなたがどうって事より、これからの私自身の問題だね」
僕にはお互いが好いてさえいれば、そんな事どうにも関係ないだろうと思ったけれども、口には出さなかった。
空を見上げたままの僕の視線には、メロンの形をした雲が浮かんでいた。
ロープウェイで久能山へ戻り、もと来た階段を下りた。
階段を下りきった場所にはイチゴの土産物屋があり、僕達はそこで休憩することにした。
久能海岸では、海岸沿いにイチゴのビニールハウスが並んでいる。
海岸線を走る道路の脇には〈イチゴ娘〉と呼ばれる各ハウスの呼び子が、イチゴの絵が書かれた風船を元気よく回しながら、車で来た観光客をイチゴ狩りへと誘導しようとしていた。
土産物屋では、あなたがイチゴのソフトクリームを食べ、僕はイチゴジュースを飲んだ。
それから各々が持ち帰るように、イチゴを2パック買った。
次の日、東京へ戻る前に冷蔵庫から買ってきたイチゴを出して、キッチンのテーブルの前に腰掛けて食べた。
イチゴは甘くて美味しかったが、酸味が少なく、僕の好みとは少し違った。
前日のあなたとのデートを思い出しながら、もう一粒口に入れた。
全体としてはとても楽しかったけど、芝生に寝転びながらあなたが言った言葉が気になった。
「生活が変わると自分自身も変わってしまうんじゃないか」
僕にはその言葉の方が、食べたイチゴよりもよっぽど酸っぱく、胸の片隅に残ったのだった。
❮苺の季節❯ おわり
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