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中国はウクライナをどう報じているか―見え隠れする野望

前回に引き続き、ロシアウクライナに関して。(正しい情報を得ることの大切さについて書きましたが、長くなってしまったので文章をより簡潔にする方法があれば、ご教示のほどお願いいたします。質問もご自由に。)

1. プライムニュース出演者朱健榮氏のウクライナに関する発言

BSフジプライムニュースのハイライトムービー(2時間の放送時間のうちの前編、後編をそれぞれ25分程度に縮約したしたダイジェスト動画)をウェブで見ながら身支度をするのが毎朝の日課である。
オンエアで見るよりタイムラグがあるが、ニュースの背景に潜む深い話を各分野の専門家から幅広く、手軽に聞けるので重宝している。
そんなある日、2022年3月8日【前編】放送分で、東洋学園大学教授 朱健榮氏のウクライナに関する気になる発言があった。

「2015年、ウクライナに対して世界何十ヵ国が共同提言し、『ナチス化』について国連で非難決議が出され、130ヵ国が賛成、数十ヵ国が棄権、反対二ヵ国だけです。アメリカとウクライナだけです。そういった話は今回(2022年2月24日のロシア侵攻時点で)は一切ないです。ウクライナではナチス化が進み、ヒットラーの像がキエフの真ん中にあるんです。かつてのナチスが支配した時代の傀儡軍のボスが記念されているんですよ。」と述べたうえで今回のロシアによるウクライナ侵攻は決して許されるものではないが、キューバ危機の例を挙げイデオロギー的に是々非々で行くべきである旨語った。
私はこの朱氏の発言のうち、①2015年、ウクライナの「ナチス化」に対する非難決議が国連(総会)に出され、賛成多数で可決された ②キエフの真ん中にヒットラー像があるという発言の事実関係が気になり、日本語と英語両方でネット検索した。すると①について国連のウェブサイトで確認しても、2015年付近でウクライナに関するものは、2014年7月にマレーシア航空17便がウクライナ東部の上空で撃墜された事件に対する国連安全保障理事会での非難決議だけであり、②ヒトラー像がキエフにあるといった記事や像の画像もなかった(あるのはステファン・パンデラというナチス協力者の像のみ)。
ひょっとすると自分が見つけられていないだけなのかもしれないと思い、サイト上に設置されたお問い合わせ機能で、朱氏による上記発言のソースについて番組に問い合わせた。すると一週間経たないうちに下記のメールによる回答があった。

2. 番組からの回答

いつもFNNプライムオンラインをご利用いただき、また「BSプライムニュース」をご覧いただきまして、ありがとうございます。
また、この度は私どもの記事についてお問い合わせいただき、ありがとうございました。

いただきましたご質問につきまして、「BSプライムニュース」の制作スタッフを通じ、発言者である朱建栄さんにお問合せいたしました。朱さんから「ソース」としてご提示いただきましたのは、以下の中国国内メディアの記事URLです。

①2015年国連でウクライナに対するナチス化への非難決議が出され、賛成130で可決された(アメリカとウクライナが反対)联合国通过_反对美化纳粹主义_决议案,仅美国、乌克兰投反对票211219https://m.thepaper.cn/newsDetail_forward_15910258

去年12月16日の投票結果に関する環球時報の記事:130:2!联合国通过“反对美化纳粹主义”决议案,仅美乌投下反对票211218https://world.huanqiu.com/article/461uTZBAsYD

以下の「北米留学生」サイトの記事に、ナチスの旗とヒトラーの像を掲げた「アゾフ連隊」の写真などが紹介されています。https://posts.careerengine.us/p/622379417a7e995e90df1013?from=latestPostSidePanel

②キエフにヒトラーの像がある在乌克兰最高拉达大楼外,一座阿道夫·希特勒纪念碑已矗立多年_20200107
https://www.sohu.com/a/365238393_710118

よろしくご確認のほどお願いいたします。なお、お問合せいただきました回のハイライトムービーは、通常の運用に則り掲載期間は9日間となっておりまして、明日3/17(木)には掲載が終了しますこと予めお伝え申し上げます。

これからも、FNNプライムオンラインをよろしくお願いいたします。

FNNプライムオンライン編集部

いち視聴者のために制作スタッフの方の協力のもと、朱氏が時間を割いて提供してくれたという貴重な中国語で書かれたソースを自動翻訳を用いながら全て読んでみると、ナチス化への国連での非難決議もヒトラー像も、情報源はロシア政府経由のようであった。前述したように、日本語や英語のソースはGoogle検索で皆無な状況のなかでの話である(2022年3月16日時点)。

①2015年国連でウクライナに対するナチス化への非難決議のソースとして提供いただいた記事の一部
联合国通过_反对美化纳粹主义_决议案,仅美国、乌克兰投反对票
出典はロシア国連代表部アカウントによるTwitter投稿
②キエフにあるヒトラー像として提供いただいた記事にある写真
在乌克兰最高拉达大楼外,一座阿道夫·希特勒纪念碑已矗立多年_20200107
英語”statue of hitler in kyiv” のGoogle検索では出てこない

この件は、報道の中立性や信憑性を尊ぶ我々の価値観に揺さぶりをかける深刻な問題を孕んでいるように思われた。
朱氏は発言のなかで必ずしもロシアへの明確な支持を表明したわけではなかったが、自身の「意見」を支えるための「根拠」としてロシアによって捻じ曲げられたプロパガンダをそのまま使った中国の報道をさりげなく引用し、日本の視聴者の前に平然と提示してみせたのだ。
この件がきっかけで、中国メディアに対するウクライナ報道が気になり、さらに調べてみた。

3. 中国におけるウクライナ「報道」と「遮断」

AFPのこちらの記事によると、侵攻が始まった直後の2月24日、中国大手国営メディアの新華社(Xinhua)通信は「特別軍事作戦」であり、ロシア政府にはウクライナを占領する「意図は全くない」と報じた。数日後、中国中央テレビ(CCTV)は、ゼレンスキー大統領が首都キエフから逃げたとするロシア側の虚偽の主張を伝え、他の中国メディアもすぐさま同様の報道を行ったとされる。
またこちらの FNN動画では、中国ではロシアによるウクライナ侵攻を「衝突」、ロシアによるテレビ塔攻撃も「爆発」としていること、ロシアの主張を長く扱い、妊婦など被害にあった人々のインタビューは一切報じられていないこと、ロシア国民による反戦デモや第一チャンネル編集者のマリナ・オフシャニコワ氏による生放送中の反戦メッセージも、報道されていないことが説明されている。

Chinese Government regulates coverage of Anti-War Protests in Russia

さらにこちらのテレ朝ニュースによると、中国でロシアによるウクライナ侵攻を伝えるCNN(アメリカ)の放送が突然何度もカラーバーになり、「信号異常」との字幕が数分間続くが、詳しい説明はないことを報じている。ウクライナ侵攻を伝えるニュースの一部のみが遮断されているようだ。

CNN in China

想像に難くない話ではあるが、中国ではウクライナ関連の報道は一貫性を保つように政府が厳しく規制し、それに対する異議も削除されるようだ。そのためロシアを支持する声が多数派であるようだ。14億人の国民世論は、ウクライナ国民およびロシア国民双方のリアリティーを無視し、ロシア政府への気遣いだけを反映した虚偽により今なお形成されている

4. 日本も気をつけなければならない中露共同歩調の「偽旗作戦」

メディア同様、中国政府もまたロシアに対し表立って批判したりはしていない。それどころか、ロシアを積極的に支持していると捉えられてもおかしくない言動をしている。
サンタフェ総研上席研究員 末次富美雄氏の記した記事によると、3月18日付の中国の解放軍報が「ウクライナ緊張の発端はアメリカにある」とプーチンの主張を全面的に支持する論考を掲載している。
他の安保理理事国等により一蹴されたロシア大使による「ウクライナで米国などが生物兵器を開発している」という主張に関しても、中国外務省報道官が「ウクライナにおける生物兵器の軍事利用は国際社会における懸念となっており、これにアメリカが関与しているという情報はすでに明らかになっている。もしこれが偽情報というのであれば、アメリカは証拠を示すべきである。」と述べたとされる。
また、中国外務省の楽玉成次官は19日、「ウクライナ問題を受けた西側諸国の対ロシア制裁はますます理不尽になっている」と述べ、自国メディアと共同してロシアへの制裁批判を繰り広げている。
偽旗作戦と呼ばれるウクライナ偽情報流布に中国政府も積極的に加担し、孤立したロシアの国際的立場をすら支えようとしていることが伺える。
「ない」ことを証明することは、「悪魔の証明」と呼ばれており、極めて困難であるとされる。真偽に対する感度が鈍り、信憑性を軽んじれば、誰もが偽情報に翻弄される可能性がある。そうなれば、正しき者が罰せられ、己のために嘘を言う極悪非道が罷り通る世界になりかねない。
第二次世界大戦中、ストックホルム駐在武官の小野寺信(おのでらまこと)少将が「ソ連の対日参戦」の情報をいち早くつかみ大本営に報告したものの、全く顧みられなかった過去がある。占守島(しゅむとう)の戦いとそれに続くシベリア抑留、北方領土問題という情報軽視により我々自身が被った非道から学べることが大きいようだ。

5. 隠そうとしても透けて見える中国の中長期的展望

世界中がウクライナ情勢を悲痛な思いで見守るなか、中国がロシアに対し、軍事支援を行わないかどうかが注視されている。
アメリカのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)
は14日、ロシアは中国にドローン前線の兵士向けの食料提供などの軍事支援をひそかに要請しており、それに対して中国側は前向きに検討しているとして、懸念を表明した。NATOのストルテンベルグ事務総長もまた、23日記者会見で「中国はあからさまなうそや偽情報を広めるなどしてロシアに政治的支援を提供してきた」と指摘し、中国がロシアに「物質的支援」を提供する可能性に対する懸念を示した。
これに対し中国汪報道官は24日の定例記者会見で、「中国がウクライナ関連の偽情報を流布しているとの非難自体が、偽情報の流布だ。中国は常に客観的かつ公正な姿勢に基づき、早期の停戦実現、人道的危機の回避、平和と安定の回復のために積極的に努力してきた」と反発。

中国はウクライナに対し、赤十字を通じてこれまで計約3億円相当の食料、粉ミルク、掛け布団などの人道支援を行っており、中国王毅外相は25日、訪問先のインドの首都ニューデリーでジャイシャンカル外相と会談、即時停戦や外交と対話に戻ることの重要性で一致したとされる。

このような欧米からの批判に対する強い反発(言行不一致)、および対話や人道支援を強調する背景に、ロシアサイドと見なされることで日本を含む西側諸国やウクライナと関係を悪化させ、自国にまで経済・金融制裁が及ばないようにしていると考えられる。また、クレバ外相との電話会談などウクライナ政府とも連携する姿勢を見せて、長期的な視点で国際的信用力を高める目的もあると考えられる。

しかし、そのような外に向けた言動だけではわからない、中国の隠れた野心が透けて見える動きがある。
楽天証券経済研究所客員研究員 加藤 嘉一氏の記事によると、中国共産党指導部には台湾統一という悲願があり、(a)米国がどのくらいの強度と速度で軍事介入してくるか、(b)国際的にどの程度の経済制裁を受けるか、(c)国内外の世論はどうなるかという三つの視点からウクライナ危機を観察し、武力行使を含めた台湾統一に向けて内的に研究を進め、示唆と教訓を得ようとしているのだという。

中国の隠された意図を岸田政権は見抜いている。
3月1日のフランスのマクロン大統領やラオス パンカム首相との電話会談、19日から3日間の日程でインドとカンボジアを訪れ、モディ首相、フン・セン首相との首脳会談を行い、25日のG7緊急首脳会談後にはロシアの「最恵国待遇」撤回を含む追加の経済制裁をかけるなど、岸田首相は欧米諸国およびアジア諸国との国際協調によりロシア・(と共同歩調をとる)中国双方をけん制し、圧力をかけようとしており、日本の国民世論もその姿勢に呼応している。

ゼレンスキー大統領の強い信念に裏打ちされた確かな外交力とそれに率いられたウクライナ国民およびウクライナ軍による健闘が国際社会の結託を促すなかでの停戦交渉で、ロシアによるウクライナ侵攻は「失敗」に向かいつつある。
しかし、油断はできない。ロシアによるウクライナ侵攻を「完全な失敗」に終わらせたくない国の野望が透けて見える。


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