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【詩】「舟詩」とショパン「舟歌」

 こんな詩があったのを思い出した。

「舟詩」
1.
影を落とす街並みが ぼくを見下ろしている
朝はレンガのあいだから のぼってきている
さあ小舟の上に立ち 腕を差しのばして
太陽を受け取ろう
冷たく包む夜よ
しばらく波の下に眠っていてくれ
 
黒く淀む運河の窓は 少しずつ明るんで
ぼくは今日も舟でさめる
夢と綱をほどいたら 小舟は流れだす
橋をくぐり
 
橋影が昼さがりを通りすぎていく
石畳ながめてぼくは小舟をこぐ
空をうつすさざなみに揺られ 
たゆたう一日
 
透きとおる水影に白い光が灯れば
夢をつれて 夜がたちこめる
 
涼しい夜はやがて鋭くなっていくだろう
夢だけがぼくに語り 朝を届けてくれる
 
2.
鈍い水面に いくつのうたが沈んでいるのか
霧に隠れて声もなく ぼくを呼んでいる
水底をつけば舟は ゆっくりすべりだし
ゴンドラがささやく
閉じた水門の向こうに 
今日も朝を迎えにこぎだそうと
 
巡るような旅をつづけ いつもぼくはここにいる
幅の広い舟通りを 黒いぶどうを積んでく
光にかざしたら
青く染まる
 
波止場にはきらめく色があふれている
帽子をかぶれば舟のすべる音
岸辺から聞こえてくるうたに
たゆたう一日
 
夕陽の落ちる海に 風がかえっていくように
濡れた足が 家路たどれたら

朝をすぎさり昼をわたれば夜がおりる
夜と夢と乗せて明日へ小舟を浮かべるのさ
 
 
 
深い谷間の川を流れるように
今日もぼくは
小舟をこぐ

中学生のころ買ったピアノのCDにショパンの「舟歌」が入っていて、それ以来私はこの曲が大好きだ。
ぜひとも、一聴をお願いしたい。耳で味わう宝石なのだ、これは。

ヴェネチアの運河。水が静かにきらめく中を、舟がゆきかう様が見える。
それはもう現実の水上都市ではない、
私たちの心にいつしか生まれた夢の運河だ。
 
私たちはその上で、ぼんやりとたゆたう。
さざ波に光散り、古都の尖塔の輪郭が揺らめく。
晴れやかでありながら同時にものさびしい、
いつか過ごした一日の幻がよみがえる。
 
一艘の小舟で一生を過ごす少年。
その平凡な一日を思って、私はこの詩を書いた。
高校1年生、音楽の学年末発表だった。
友人と組んで無伴奏2部合唱をすることにし、私が書いた歌詞に友人がメロディをつけたのだ。
歌詞を書くために気をつけなければならないことが多分あるのだろうが(音数とか)、そんなことは気にせず私が書いたものだから、彼女は苦労したはずだ。
できあがった音楽は絶妙な哀感をそこかしこにたたえていて、歌詞の源・ショパンの「舟歌」の絢爛たるまぶしさからははっきりと離れた。
私は暗い詩を書いたつもりはなかったのだが、こうして眺めると、どうも短調の響きが似つかわしいようだ。
 
友人は作曲や編曲の勉強を経て、今は音楽関係のライターになっている。
 
大掃除の際に楽譜をごちゃごちゃ入れた箱が出てきて、その中にあったのを発掘した。
茶色いしみだらけの、手書き楽譜のコピー。
いろんなところへ行っていろんなことをしたはずだが、あの頃から何も変わっていない気がする。

もう25年がたとうとしているのに、「いつもぼくはここにいる」のだ。

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