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【5月号特別企画】「今、日記が読みたい」07 岩井秀人【コラムフェスティバル①】

なんだか今、めちゃくちゃ日記が読みたい。

きっと一生に一度レベルであろう、この特殊な状況下で皆どう過ごし、どんなことを考えているのか。まずそれが気になるし、人と会う機会が減った寂しさから「肌触りを感じる文章」に触れたくなった、という気持ちもある。そんなわけで、個人的に気になる人たちに約1週間の日記を書いてもらった。

今回の書き手は、作家・演出家・俳優の岩井秀人。世間が盛んに「STAY HOME」を喧伝する中、もともと家にこもることへの抵抗感の薄い彼が過ごした、5月後半の生活とは。

編集/前田隆弘
カバーイラスト/スッパマイクロパンチョップ

いわい・ひでと●1974年6月25日生まれ、東京都小金井市出身。作家・演出家・俳優。2003年、劇団ハイバイを結成。2012年にNHK BSドラマ『生むと生まれるそれからのこと』で第30回向田邦子賞、2013年に舞台『ある女』で第57回岸田國士戯曲賞を受賞。近年は、パルコ・プロデュース『世界は一人』の作・演出、フランスジュヌビリエ国立劇場『ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編』構成・演出などを手掛けた。2020年に入ってからは「いきなり本読み!」「ハイユー論」など、演劇を新しい角度から楽しむプロデュース企画も積極的に行なっている。NHK Eテレで放送中の『オドモTV』にて「オドモのがたり」の構成・出演を務める。
株式会社WARE
岩井秀人|note



5月20日

昼に起きてから、妻と国立までドライブ。娘はいつも通りついて来ない。
中学一年になった我が娘は、昔はどこへでも一緒に行ったが、特にこのコロナ下においては、ほぼどこへもついてこない。反抗期なのか?とも思ったりするけど、まあとにかく「出かけたく、ない」ということだけは確かなので、特に詮索もしないことにしてる。
妻と二人だけでドライブというのも、そう考えると10何年ぶりなので、なんだか笑ってしまう。最初のデートもドライブだった。国立で特に買い物もせずに、昔ながらの文房具屋さんや、ケーキ屋さん兼カフェを眺めて二人で「かわいいのう……」などと言いながら散歩する。

家に帰ると、居間で出かけた時と全く同じ体勢でタブレットを見つめている娘。
夕方から打ち合わせ。とあるテレビ局の、コロナ下の撮影ガイドラインが組み立てられる様を見せてもらう。貴重な体験。「自粛警察」の過剰な正義感がみんなの耳の周りにキンキンしているこのご時世に、「100%防ぐことはできないけど、感染の可能性を減らすことは出来る。その上で、みんながやりたいことをやろうとしていく」という様を、そのまま放送したらいいのになあ、等と思う。
夜は友人と食事へ。まだファミレスはやってるところとやってないところがある。

5月21日
生まれつきくらいの不眠症で、このコロナ状況でも朝の5時くらいにならないと眠れないでいたが、昨日の散歩が効いたのか、珍しく夕べは早く眠れたので、9時くらいに目が覚め、家族の元へ。
僕がいつも寝泊まりしているところは、実家のもともと僕が引きこもっていた部屋で、妻と娘とは生活時間帯が全く違うので、去年の後半ぐらいからいわゆる「別居」状態となっている。別に仲は悪くなっていないので、「ポジティブ別居」という感じだろうか。

そういえば昨日の打ち合わせで、コロナ下の感染予防ガイドラインの話をしていたのだけど、なんとなく未来のイメージをすると、例えば映像業界「全体」の「ガイドライン」と、プロジェクトごとの「ローカルガイドライン」に区別がされていくのだなあと思った。
同じ業界でも、プロジェクトごとに他人との距離の取り方が全く変わってくる。あまり詳しく書くと仕事に差し障りが出てきそうだからあれだけども。

ということを妻と話しつつ、この状況で天国を手に入れた娘と共にテレビを見る。
娘は5~6歳の時から「将来の夢は?」的なことを聞かれるたびに「家でうろうろしていたい」と答えていた、生まれつきの引きこもり気質で、この状況下でなんのストレスもなさそうにしている。

妻とのドライブ中に、妻がクラシックを聞かされて育った後、高校の友達のすすめで山崎まさよしの曲を聞くようになり、それを思い出して「One more time, One more chance」を娘に聞かせたところ、「いつでも探しているよ」の歌詞のところで娘が「え~怖い」と笑ったとのこと。中学1年の女子には、まだそういった感覚はないのだろうか、世代間で他人との距離感は随分変わっていってるとは思うし、まだ恋愛自体も経験していないから、やがて接触も含めた恋愛をするようになったら「いつでも探している」という感覚は得られるのではないかと話した。

5月22日
なにをしていたのだろう。ほとんどゲームをしていたのだと思う。

5月23日
今日は髪を切ってもらう日だ。
「今日は髪を切る日だ」なんて、コロナ下らしい言葉だ。ある一日の主な予定が「髪を切る」のみ、というのも、なんだか贅沢でいい。
ところが、その髪を切る予定に、我が社の打ち合わせの時間が重なってしまっていた。
打ち合わせが14時からで、髪が14時半から。無理だ。どちらもずらすしかない。
打ち合わせを13時半からにさせてもらい、髪を15時からにさせてもらう。1時間半もあれば打ち合わせは終わるはずだ。
髪を切るのはスタイリストさんでいつもお世話になっている須賀さんだ。コドモ発射プロジェクト『なむはむだはむ」や、『世界は一人』でもお世話になっている、とても気さくな方で「15時半からで全然いいですよ~!」と、快諾していただく。

そして打ち合わせも予定通り終わり、須賀さんの事務所へ向かった。
いつも通り呼び鈴を鳴らすが、出ない。あれ?
周囲で少し時間を潰し、15時15分頃に再び呼び鈴を鳴らすが、出ない。携帯に「着きました~」と送りつつ、はたと思い立ち、追記。「さては、また駐車場入れるのに手こずってますね?」と。
間髪入れずに来た返信が「岩井さん、ちなみに明後日ですよね?」と。
明後日?なにが?今日じゃないの?髪。え?そもそも誰が「今日」って言った?俺以外に誰が言った?誰も言ってないよね?
無駄足である。最近、こういうレベルでモノを忘れる。

5月24日
本当に何もしなかった。いや、ゲームをしていた。あとZOOMでちょっと人と話す。
ZOOMも慣れて来たが、実際に会う、会わない、を決めるのは、実は「コロナ」ではない気がしている。ただ会いたくない相手にも「コロナなんで……」って言えるという側面が確実にある。会いたい人には、こういう状況下では、さらに会いたいのだと思う。

5月25日
正真正銘、髪を切りに行った。
ところで元々定期借家で月8万円で借りている事務所が、5月一杯で解約となる。場所は渋谷のイメージフォーラムの裏なので、相場の3分の1ほどの値段で住んでいる。
そこが築年数50年以上らしく、取り壊しが決まっていたのだが、このコロナ騒動で解体工事が延期され、8月までいられることになった。
家賃の交渉の始まりだ。男岩井、元々不動産屋だった魂を取り戻した。大家さんの事情を考えるのだ。

5月26日
謎の筋肉痛だ。ふくらはぎである。心当たりは全くないのだが、昨日の「髪を切りに行った」ということ意外に考えられない。とはいっても、歩いた距離はせいぜい1キロほどだ。いくら運動不足でも、1キロで筋肉痛になるのだろうか?

会社に所属していた俳優が辞めた。
僕以外、唯一の所属俳優だったので若干ショックだったけど、これはポジティブなこと。
彼はもともと、大学の演劇サークルに入っている時にハイバイの『おとこたち』や『て』を見て衝撃を受けたとのことで、それからは「いつかハイバイに出る!」と念じながら、俳優をやったり、劇作をやっていた。劇作もハイバイの影響で、自分の家族、父との関係等について書いて、上演していた。
「もう、目標が達成されちゃったみたいで」と彼が言っていた通り、そうなのだろう。
僕も「演劇で自分の人生について考える」ということはもう、完了した気がしている。でも彼と違うのは、その後に行く場所がなくて、まだちょっと演劇にやれることもあるから、いまだに演劇業界らしきところにいる。彼の場合は、まだいろんなことが出来る年齢だし、彼にとって「演劇を使って解決」とまではいかないけど、自分の中で過去と折り合いを付けるということは、もう済んだのだ。
そうやって演劇から別の所へピョーンと飛んでいくことは、とても良いことだと思っている。
でも「あの会社、数少ない俳優が辞めたってよ」ってなっちゃうのが嫌だから、本人からちゃんと挨拶文書かせる。

こういう時期に、そういった長いスパンの自分の仕事や人生について、改めて考える人も多いのかもしれない。先日も、テレビ局の人から「照明スタッフさんが仕事を辞めるという判断をした」という話を聞いた。

僕は何か辞めよう的なことは思ってなくて、こういう最中だから出来ることってなんだろうな、ということを考え続けている気がする。

日記としては、今日はなにをしていたんだろう。
今年の4月から7月にかけてやるつもりだった長野県でのワークショップ公演が、コロナによって4、5月が何も出来なくなり、劇場の方と今後について打ち合わせをした。それくらいだ。

後は……嫁と娘とご飯食べながら話したけど、内容は忘れてしまった。本当にどんどん忘れていく。嫁と娘が本当に可愛くて、助かる。老後が早く来た様な気もしている。認知症も早めに来ているのだろうか。若年性認知症の恐れも少し感じているのだが、そうなったらそうなったで、「認知症が書いた台本」と銘打って公演したい。「自分で書いた伏線を忘れる作家」という前提でその演劇を見るのも、なかなか面白いのではないかとか。

5月28日
今日は本当になにもしなかった。
この期間に入ってからダウンロードしたスマホのゲームと、以前からやっていたゲーム『ブロスタ』をやり続けていた。スマホのゲームが3つもあると、平気で一日潰せてしまう。
基本的にスマホのゲームは、「スタミナ」等の「一定時間ごとにプレイできるクレジットが貯まる」という作りになっていて、1つのゲームの「スタミナ」がなくなったら、他の2つのゲームをやっているうちに1つ目のゲームの「スタミナ」が貯まっている。これを繰り返し、それぞれの世界を平行して進行し続けること8時間から10時間。気がつけば外は暗くなり、自分の人生は1つも進んでいないという状況が出来上がる。10代の頃の引きこもり以来のこの、瞬間的充実感が続いた後の、現実社会の空っぽ感のギャップに、何とも言えない気持ちになりもするが、結局のところそこでいう「社会的な前進」なるものも、ある一つのゲーム内での「前進」と同じく、宗教の様なものなのだろうな、と思いもしている。

仕事の打ち合わせをLINE上で多少する。この自粛期間が明けてから、劇場を借りてなにかやる、という内容なのだが、いかんせん6月以降に劇場がどういったガイドラインで運営するかがわからないので、こういった打ち合わせは常にあるところまでしか話が進められない。「実現可能性50%」のものに、熱を入れて話すのは、なかなか難しい。


ハイバイ公演『ポンポン お前の自意識に小刻みに振りたくなるんだポンポン』が2020年6月7日までVimeoにて配信中。

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