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テクノロジーはわたしたちを“場所”から解き放ったのか?(渡辺裕子)

渡辺裕子「鎌倉暮らしの偏愛洋書棚」 第2回
"The New Geography of Jobs" by Enrico Moretti 2012年出版
年収は「住むところ」で決まる
著:エンリコ・モレッティ  解説:安田 洋祐 訳:池村 千秋 
プレジデント社 2014年発売

けっこう挑戦的なタイトルだ。この本が刊行されたときは炎上したらしい。さもありなん。

ただ、この本は決して「港区のタワマン住んでるワイ勝ち組うぇーい」という類のものではなく、米国の経済学者によるまじめな本で、まちづくりに携わる人にオススメしたい。

本の要旨をざっくりまとめるなら、

「高い技能を持つ人材を雇用するイノベーション企業を中心とした生態系(エコシステム)が生まれ、その企業の近隣にあるレストランやヨガ教室なども給料が上がって、地域全体の給与水準が上がる」

ということになる。

地域の豊かさは「イノベーター」が左右する

この本を読んで、興味深く思うのは、

「テクノロジーの進化は、わたしたちを“場所”という概念から自由にするのではなかったのか?」

ということだ。給料の地域格差、リアルに同じ場所で働くこと、わたしたちはまだそんなものに囚われなければいけないのか?

オンライン会議やリモートワークが普及しつつあって「どこでも、好きなところで働く」ことが当たり前になろうとしている。

一方で、特許取得件数、ベンチャーキャピタルや雇用に関する指標を挙げながら、イノベーションの地域格差が歴然と現れていると、この本はいう。

創造性を持つ人が交わり、互いに学びあう機会があって、はじめてイノベーションが活性化する。物理的な距離が大事なのだと、特許の引用と物理的距離の相関性を取りあげて指摘する。米国のベンチャーキャピタルではかつて、「20分ルール」といわれていたそうな。「自分たちのオフィスから車で20分以内に所在していない企業は、投資対象として考慮されない」というわけだ。

シリコンバレーのスタートアップ界隈を見ても、まあ、たしかにそうだよなあとは思う。

一方で、日本の地方創生にどう応用するのかという観点で考えると、重要なのは、大規模な生産設備ではなく、人的資本こそが地域発展や雇用創出につながる時代であるという一貫したメッセージだろう。

「超」優秀な異才を獲得することが、地域の豊かさを左右する。そのために必要なのは、広大な用地取得や大企業誘致といったこれまでのやり方ではなく、エッジの効いた研究設備への投資かもしれないし、あるいは個人を魅了するような、地域の美しさとか面白さかもしれない。

つまり「設備」から「人」に資本がシフトすることによって、地域の選ばれる基準や、投資するべき対象が変わってくるのではないか、という仮説が成り立つ。

そして、クリエイティブな人たちが、一見無意味かもしれないアホ話をしながら、交わることによって、イノベーションが生まれる(かもしれない)。その場をつくりだすことが重要なのだ。

「どこでも働ける」からこそ、才能が交わる「場」が重要となる

リアルな「場」の重要性は、この本(原著)が刊行された2012年に比べて、5Gの普及などによって、もしかするとそこまで重要ではなくなっていくかもしれない。けれども、どこに住むか、どこで働くか、そこでどんな才能に触れて過ごすのかは、依然として、イノベーションを生みだすための大きな要因なのだろうと感じる。

それぞれの地域で、リアルやオンラインを混ぜながら、才能が交わる場を設計すること。そこで生態系を育むための資源があること(たとえば、会社をつくるなら、ファンドやバックオフィスの支援サービスへのアクセスの良さとか)。

「どこでも、好きなところで働く」時代だからこそ、場所の生産性を上げていく自由度があり、その生産性によって「給料」が決まる。そんな時代なんだと思う。

執筆者プロフィール:渡辺裕子 Yuko Watanabe
2009年からグロービスでリーダーズ・カンファレンス「G1サミット」立上げに参画。事務局長としてプログラム企画・運営・社団法人運営を担当。政治家・ベンチャー経営者・大企業の社長・学者・文化人・NPOファウンダー・官僚・スポーツ選手など、8年間で約1000人のリーダーと会う。2017年夏より面白法人カヤックにて広報・事業開発を担当。鎌倉「まちの社員食堂」をプロジェクトマネジャーとして立ち上げる。寄稿記事に「ソーシャル資本論」「ヤフーが『日本のリーダーを創る』カンファレンスを始めた理由」他。


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