2019年のベスト洋書と翻訳書(植田かもめ)
植田かもめの「いま世界にいる本たち」第21回
いつもは新刊を中心に「まだ翻訳されていないけれど、こんな面白い本があるよ!」という解説をしているこの連載。今回は番外編として、これまで取り上げた作品を中心に2019年のオススメ本5冊を紹介したい。
後半で詳しく語るけれど、読書というのは、自分の世界を広げる窓であると同時に、世界のノイズから自分を守ってくれるシェルターでもある。2019年に特に印象に残った本はこちら。
劉 慈欣『三体』
Parag Khanna "The Future Is Asian"
Malcolm Gladwell "Talking to Strangers"
Christopher Wylie "Mindf*ck"
カル・ニューポート『デジタル・ミニマリスト』
ついに日本上陸した中国の巨大SF
まずは1冊だけフィクションで、中国の劉 慈欣(りゅう・じきん)によるSF小説『三体』である。中国では三部作合計で2100万部以上売れているシリーズの日本語版一作目を遂に読めた。
話題になった本なので内容の紹介は省略するけれど「いま存在する以外の世界がありえるのではないか?」というSFの原初的な面白さを味わせてくれる作品で、小学生が冒険マンガを読むような気分で夢中になった。
ちなみに、中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』に収録されている同じ著者の「神様の介護係」という作品もオススメである(もしも人類の創造主がポンコツな存在だったら、というすごい設定の作品)。
世界を読む文脈を教えてくれるノンフィクション
続いて紹介したいのは、地政学の専門家パラグ・カンナによる"The Future Is Asian"(日本語版『アジアの世紀』)だ。
現在はアジア以外の地域から提供されているサービスや資源を、アジアの国々はアジア内で自前で調達できるようになるだろうと同書は語る。たとえば2019年の大きなニュースであった米中貿易摩擦も、同書を読むと、米中2国の覇権争いとは異なる文脈で見えてくる(過去記事はこちら)。
ちなみに、同書の存在は、ダボス会議で知られる世界経済フォーラムが運営しているWEF Book Clubで知った。SNS上で展開しているこのブッククラブでは、新刊を中心に毎月1冊がピックアップされる。他には例えば『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』や『レオナルド・ダ・ヴィンチ』といった本が取り上げられていて、個人的にかなり信頼している情報ソースだ(2020年もお世話になりそう)。
参考記事:The World Economic Forum Book Club – 12 months, 12 great books
また、2019年はマルコム・グラッドウェルの新作"Talking to Strangers"が読めたのも嬉しかった。
マルコム・グラッドウェルは、『マネー・ボール』などで知られるマイケル・ルイス、『欲望の植物誌』などの著作があるマイケル・ポーランと合わせて、現代の米国を代表する3大ジャーナリストである(個人の感想です)。
「見知らぬ他人と話すことがなぜ難しいか」をテーマにした本作も抜群の面白さだった。嘘を見抜く専門家のように思われているCIAや警察官でも、驚くほど嘘を見過ごしてしまう。それは「人は人を信じてしまうのがデフォルト」だからである(過去記事はこちら)。
スマホを(ちょっとだけ)置いて、本を読もう
最後に紹介するのは、クリストファー・ワイリー著"Mindf*ck"と、既に日本語版が出ているカル・ニューポート著『デジタル・ミニマリスト』だ。
前者はケンブリッジ・アナリティカ事件の当事者による内部告発本であり、後者はコンピュータ科学者による「テクノロジー断捨離本」なので、内容もテイストも大きく異なるが、どちらも「デジタル時代に主体性をどう守るか」という共通のテーマを扱った本である。
もっと簡単に言えば、他人からのメッセージや他人の感情にジャマされないで自分の時間を守るにはどうしたらいいかというテーマだ。
『デジタル・ミニマリスト』は決して反テクノロジーの本ではない。それらのツールがもたらすメリットを認めている。けれど、もっと大事なものがあるとはっきり主張する。「有益かどうかは問題ではない。主体性が脅かされていることが問題なのだ」と同書は語る。
とはいえ、自分の時間や注意を守ることは簡単ではない。なぜなら、SNS等の多くはユーザーの利用時間をできるだけ長くするように設計されていて、またそこには、強い感情を誘発するメッセージで他人の注意を奪おうとしているユーザーがいるからだ。
それを政治利用したのが、SNS上にフェイクニュースをばらまいて「マインドファック」を行おうとしたケンブリッジ・アナリティカの事件であり、クリストファー・ワイリーの著作はその手口を明らかにしている(過去記事はこちら)。
では、そうしたテクノロジーから距離を置きたい人はどうすればいいだろうか。毎日2時間瞑想しているユヴァル・ノア・ハラリのような人は別として(ハラリの最新作『21 Lessons』より)、テクノロジーと自分との関係を見直す具体的なメソッドを知りたい人は、ニューポートの『デジタル・ミニマリスト』に豊富な演習事例があるので参考になるかもしれない。
そして、麻薬のように人の時間と注意を奪うテクノロジーから距離を置きたい人に、誰にでもできるオススメの対策がある。本を読むことだ。
西加奈子の『漁港の肉子ちゃん』という小説に、本好きの小学生が主人公として登場する。彼女は周りの誰も本を読んでいないような騒々しい環境で育ちながら、『フラニーとゾーイー』や『月と六ペンス』といった本を愛している。
私はその設定と描写が好きで、なぜなら彼女にとって本はその街から外の世界を見るための窓であり、うるさい周囲のノイズから自由になれるシェルターでもあるからだ。自分も本とそんな関係でいられたらいいなと思う。
というわけで、手前味噌というか我田引水の提案なのだけど、スマホに絶え間なく来る通知や、ツイッターなどのSNSで浮かんでは消える、誰かの何かへの怒りに振り回されたくない人は、2020年はぜひ読書をどうぞ。
執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。ツイッターはこちら。
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