菜の花畑でつかまえて
いい歳こいたジジババが外でイチャイチャしてるのって、外から見てあまりカッコいいものではないけれど「あれこそ真のリア充だよなあ」とも思う。
世の中の約三割の夫婦が離婚するし、していなくとも仲が冷え切っている場合も多々ある中で、何十年と連れ添って、外でもイチャつける間柄のなんと貴重なことか。
仲の良いジジババで時折思い出すのが、春から初夏へと向かうこの時期に、沢山の菜の花が咲く川べりの道を、自転車でゆっくり走っていた老夫婦らしき男女だ。
おそらくはもう80歳を越えようかという二人で、爺さんがペダルを漕ぎ、連れ合いらしき婆さんがその後ろに乗っていた。
爺さんは運転している間もずっと口が開きっぱなしで「虫とか入らねえのかな」と見るたびに思っていた。
婆さんは自転車の後部座席、というより荷台のような場所に横向きで背中を丸めながらチョコンと浅く座り「振動で落っこちるんじゃないの?」と他人事ながら心配になった。
正直言って、見るからに知性も敏捷性も衰え著しそうな二人だったが、それでも活発さを失うことなく、冬を越えて暖かくなる頃になるとよく見かけるカップルでもあった。
その度に「あの御歳でありながら花を愛でつつの自転車デートとは、危なっかしくも仲睦まじきことよ」と微笑ましくも感じていた。
しかし、いつ頃からか自転車の後ろに座る婆さんが居なくなり、爺さんが一人でゆっくりと運転する姿だけを時折見ることになった。相変わらず口は開きっぱなしであった。
さらに数年後、ついに爺さんの姿も見なくなり、川べりの花々は熱心なファンの一部を失うこととなった。
そこから五年ほどたった今、春になると菜の花たちは変わらず咲き誇り、陽光を受けてきらきらと輝いている。
その前を通り掛かると、しばしば自転車に乗る彼らの姿を探してしまうのだが、やはり今年も見つからないままなのであった。
(了)
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