表紙案2

北瓜と東瓜

キネとミノ #1 「北瓜と東瓜」
12月22日 (冬至)

 ふたりが高校の図書室でカウンターの仕事を終えたとき、窓の外はもう真っ暗だった。図書室にはもう誰もいない。残っているのは、今年から図書委員になったキネとミノのふたりだけだった。

 12月の夜は早く、そして長い。それはキネを不安な気持ちにさせた。だってまだ17時になったばかりなのに、あたりにはもう日の名残りすら見当たらないのだから。時間も体力もじゅうぶん残っているのに強制的に終わってしまったゲームのように、キネはやるせない気分になった。

「毎日こんなに一日の終わるのが早いとさ、なんだか損してる気分になるよ」
 とキネが言うと、ミノはふしぎそうに訊いた。
「どうして?」
「だって空が暗いと、それだけで寄り道するのも悪いことしてるみたいな気分になるんだ、わたし。早くうちに帰らなきゃって思うし、それで帰ってご飯食べると寒いからすぐ眠くなっちゃうし」
「ふーん。あたしは夜が長いと嬉しいけどね。布団にくるまってたくさん本を読む。それに勝るしあわせがある?」
 ミノはそう言いながら借りたばかりの本をかばんに詰めた。
「うん、それもわからなくはない。それでも、わたしは昼が長い方がいろいろと都合がいいんだよ」
「まあ、今日は冬至だからね。明日からはまた日が長くなるから」
 ミノがやさしくそう言うと、キネは子どものように顔を輝かせた。
「そうだった。今日って冬至だったんだ。むかし小学生の頃だったかな、わたしは一度調べたことがあるんだ。夏至と冬至で、一日がどれほど短くなっているのかを」
「ほう。どれくらい短い?」
「聞いておどろけ。たしかね、まず冬至の方が朝日の昇るのは2時間20分ほど遅いんだったかな。それでそのうえ、日が沈むのは2時間半も早いんだよ」
「つまり合計4時間50分も」
「そう! 一年のなかで昼と夜の時間が5時間近くも違うってありえないでしょ。どこの惑星の話かって思うけど、それ地球のことなんだな」
「人間はおおむね昼間の方が活動的であることを考えると、すさまじい経済損失だろうね」
 ミノは左手を頬にあてて考えるそぶりをしながら言った。
「経済だけじゃなくって、わたしの気分も大幅に損失してるよ。えいえんに春と夏を繰り返すんだったらすてきなんだけど」

 そんな話をしながら、ふたりは電気を消して図書室から廊下に出た。
「でもさ、日本人はそんな冬至でも楽しむための工夫をちゃんと後世に残してるからえらいよね」
 と鍵を閉めながらミノは言った。
「冬至って、何かすることあったっけ?」
「キネ知らないの? 冬至の日はね、冬至南京作ってゆず湯に入るんだよ」
「冬至南京?」
「かぼちゃと小豆の煮物みたいなものね。うちではおしるこみたいにして食べるんだけど。材料はかぼちゃと小豆と、おなか膨らませたかったらお餅焼いて入れたりとかして」
「へえ、おいしそう! ミノ作れるの?」
「うん。去年おばあちゃんに教えてもらったから」
 ミノはそう言うと学校の玄関に向けて歩き出した。いま彼女の家では、お母さんが不在だ。だから料理はいつもミノとそのおばあちゃんが交代で作っていた。キネはそのことを知っていたので、ふとあることを思いついた。
「今日は帰りに買い物して帰るよ」
 とミノは言った。
「わたしも行っていい?」
「いいよ。でも、何か買うものあるの?」
「わたしにもそのレシピ教えてよ。今年はわたしも家で作ってみる」
「なるほど」
 ミノはそう言うと、にこっと笑って下駄箱を開けて自分の靴を出した。

 その帰り道、キネはミノに付きそってスーパーに立ち寄った。キネはスーパーに行くのが好きだった。ミノのように日常的に来ることがないからかもしれないが、広々とした店内に入ると思わずテンションがあがってしまう。
 スーパーは夕方の買い物客で混雑していた。レジには長い列ができており、店員はレジと品出しと値引きシールを貼って回るのに忙しそうだ。モーツァルトの明るいクラシックのBGMとクリスマスソングに、肉・魚・野菜それぞれの売り場からのお買い得品を知らせる音声案内が混ざりこんで、にぎやかしい雰囲気が醸し出されていた。

 キネはミノに冬至南京のレシピを書いてもらって、一緒にその材料を買い集めた。ミノは言った。
「小豆はいちから炊いてもいいんだけど、面倒くさかったら缶詰でもいい。あたしは缶詰派」
「じゃあ、わたしも缶詰にしよう」
 買い物かごにそれぞれ小豆の缶詰をひとつずつ入れた。それから包装された切り餅の袋もそれぞれの買い物かごに入った。これはね、余ったらお正月のお雑煮にすればいいの、とミノは言った。通りがかりのお菓子コーナーで目についた新商品のストロベリーチョコレート。これもそれぞれのかごに入った。少しずつかごが重たくなっていく。

 そしてふたりは生鮮コーナーに並ぶ野菜たちを見た。トレイに載せられラッピングされた野菜や透明の袋に包まれた野菜はいずれも清潔そうで、大きさもそろっている。それでも主婦たちはよりよいものを探して野菜を手に取り、どれが我が家の食卓にふさわしいのかと慎重に見比べていた。キネは1/4にカットされたかぼちゃを手にとった。
「わたしかぼちゃって大好き。煮物にしてもコロッケにしてもいいよね。でもそういえば、南瓜(かぼちゃ)と西瓜(すいか)はあるのに、どうして北瓜と東瓜はないんだろう?」
「まあ八百屋さんでも見たことないね」
 とミノが言った。
「実はきゅうりが北瓜だったりとか?」
「そんな話も聞いたことないね」
「だったら、きっと幻の瓜なんだ」
「そんなに都合よく東西南北そろわなかっただけじゃないのかな」
 とミノは頭をかしげながら言った。
「ふむ。八百屋さんで聞けばわかるかも?」
「どうだろうね。じゃあ、南瓜は八百屋さんで買う?」
「そうしよう。疑問と寝起きの頭はすぐとくに限るって言うし」

 スーパーから出ると、ふたりは買い物袋を自転車カゴに入れて商店街のある大通りに向かった。商店街はもうすぐ閉店する時間だから、人もまばらだ。懐かしい雰囲気の裸電球に照らし出された八百屋もそろそろ店じまいのようだった。
 キネとミノのふたりは八百屋に並ぶ生き生きとした野菜を端から端まで眺めた。しかし、そこにもやはり北瓜と東瓜の姿はなかった。
「やっぱりないでしょ。そんなの見たことないもの」
 とミノは言った。
「ねえおじさん。南瓜と西瓜はあるのにどうして北瓜と東瓜はないんですか?」
 キネがキャップをかぶった八百屋の店主に声をかけると、八百屋は笑いながら聞き返した。
「なんだい、それ。学校の宿題?」
「じゃなくて、ただわたしが気になってるだけです」
「長年八百屋やってるけど、瓜といったら胡瓜、南瓜、西瓜、冬瓜、ゴーヤ、それに普通の黄色い瓜。いろいろあるけど、北瓜だの東瓜だのそんなの聞いたことないな。どうしてないのかなんて、疑問に思ったこともないよ」
「振り出しにもどったね」
 とキネはミノを振り返って言った。
「だから言ったじゃない、そんなの聞いたこともないって。まあいいや。おじさん、南瓜ひとつください」
「はいよ」
「わたしも。いいやつね」
 ふたりはつやつやして丸々と太った濃いみどり色の南瓜を手に入れ、帰路についた。
「よけい謎が深まっちゃったね」
 と励ますようにミノが言った。
「うん。しかたない、北瓜と東瓜のことは一旦忘れるよ」
「あ、そういえば、ゆず買うの忘れた」
 とつぜん立ち止まってミノは言った。
「あ、ゆず湯用の…ごめん、ミノ。わたしが北瓜とか変なこと言い出しちゃったから」
「まあいいよ。たぶん家にみかんがあったから、今日はそれを入れる」
「ごめんね、ちょっと走って買ってこようか?」
「大丈夫。たまにはみかん風呂も面白そうじゃない。今日は買いものに付き合ってくれたし、許してあげる」
「北瓜とか東瓜とか、そんなわけのわからないことは考えるべきじゃなかったな」
「いいって。そのうちどこかで見つかるかもしれないじゃない。そのなんとか瓜」

 それからキネは家に帰って、晩ご飯を食べてから冬至南京作りに取りかかった。キネは日常的に料理なんてしない。彼女は不器用なので、基本的に家庭科全般とは距離を置いているのだ。だから家族はハラハラしながらキッチンに立ったキネを見守った。
 まずかぼちゃをくし切りで厚めにカットする。しかし簡単そうで、これが案外むずかしい。いちおうミノは南瓜の切り方を教えてくれたのだが、普段から包丁に慣れていないキネは南瓜を半分に切る作業にも難航した。食卓で見ていたキネの兄がやれやれと手伝ってくれて、やっと南瓜は半分になった。

 それからお湯を沸かして南瓜を入れる。しばらくしてから小豆の缶詰を開けて、砂糖と塩で味をととのえて南瓜と小豆の仲が良くなるまで煮詰める。キネは家族全員に味見させて甘すぎるだの濃すぎるだのと意見を聞いてまわった。それでやっと味はちょうど良くなった。
 あまり煮込むと崩れてしまうので、南瓜に箸が通るようになったらそこで火を止める。お椀に移して、トースターでぷっくりと焼いたお餅を上に乗せる。これで冬至南京の出来あがりだ。火が強すぎたのか南瓜は少し焦げてしまったけれど、味は上出来だった。キネはこれがミノ直伝の冬至南京だよ言ってみんなに配った。夕食後の家族はお腹が空いていたわけではなかったが、まあせっかくキネががんばって作ったんだし、と言ってぜんぶ食べてくれた。

 キネの家にもゆずはなかったが、買い置きしてあるみかんがあった。彼女はそれをふたつ持ってきてお風呂に浮かべた。同じ柑橘類なんだし、これでもきっと効果はあるだろう。
 ぷかぷかとみかんの浮かぶお風呂に入りながら、キネは北瓜と東瓜のことを考えた。どこにもなくて、どこかにありそうなもの。わたしとミノも、まあ似たようなものではないだろうか。きっと彼女も今ごろ、みかんをお風呂に浮かべていることだろう。
 キネは湯船に浸かりながら、だれも知らない北瓜と東瓜のことを考えた。
                             (おわり)

このお話について

このショートストーリーは、『アドバルーン』というぼくの2冊目の短編集に収録された表題作『アドバルーン』に出てくるキネとミノという二人の女の子のアナザーストーリーとなっています。
キネとミノの話は、これからもこんな感じで続いていく予定です。
元となった短編はこちらのnoteで無料公開しています。
よかったら読んでみてください。 
短編集についてはこちら⇒ アドバルーンTumblr特設サイト
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テキスト:マキタ・ユウスケ
イラスト:まりな

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