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パラレルワールド

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2022年11月の記事一覧

たゆたい⑦

そう思ってから、私はLINEで彼とのトーク画面を開き、「お伝えしたいことがあるので、今電話させて頂いてもいいですか」と打ち込んだ。表現が固めの、恋愛に不慣れな人間の使う畏まった敬語だ。
いつもと違い、すぐに「おー!」とメッセージが返されてきた。感嘆符が付いているから、気を遣ってくれているのだろう。
もうその時点で、すべてを見透かされているようだった。
新卒で入ってきた仕事も恋愛も上手くやるやり方を

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薄明るい水底を瞼を閉じて泳いで行く時は、夜が深まる時は、蕾が一斉に開く時は、柔らかな感情に触れられる時は、呼吸が浅くなる時は、
すべて間違いなく生きている

たゆたい⑥

私は転職を決めていた。「生徒の心を前向きに変えて、人生のサポートをしたい」という思いは、壮絶な職場環境の中で打ち砕かれた。

転職エージェントとの面談の帰り道、私はLINEで彼に連絡をとった。しばらく打っていなかったメッセージ。既読がついたまま、そのままにされたメッセージ。これ以上、彼に関わってはいけないのだと思った。同期によると「忙しすぎて埋もれてしまっている」ようだった。
私は彼に告白をしよう

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たゆたい⑤

それからしばらくして、私は別の教室に異動が決まった。業務量に耐えられずに体調を崩しているからもっと負荷の少ない部署に異動させてあげてほしい、という彼の計らいだった。お別れの時は部署が開いたバーベキューに誘われて、普通に顔を出した。いたって普通にその日は楽しんだ。彼は他のグループに囲まれていたので、声を一度だけかけて挨拶をして、そのあとは話さなかった。気まずさは表面的にはもう払拭されていた。

その

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たゆたい④

そんな感じで、目に見えない光を無意識のうちに発揮して振りまいてしまう人間だったので、彼の歩いた後には思いを寄せた女性たちの屍が出来た。女性たちは皆思い煩い盲目になった。

ある日、彼は言った。
「俺はふざけてるのは仮の姿で、本当は真面目なの。お前はその逆。ほんとうにバカ」
私はなんとなくわかっていた。彼がふざけたりするのは皆を楽しくさせるため。皆を笑顔にするため。皆に気を遣って、ココ壱のカレーやド

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たゆたい②

彼は私の寂しさや脆さを全て見抜いているのだと思った。言葉にせずともそういう風に接するのがとても上手な男性だった。
そして時に真っ直ぐに、正面から言葉をぶつけた。

新卒入社した会社は全国展開する学習塾で、とても仕事が忙しかった。彼は学生時代からアルバイトで塾講師をしていて、その教室の教室長を任されるほど実績も積んでいたし、だからこそ信頼されていた。その当時の彼の年齢で教室長を任されるのは異例の出

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たゆたい③

そんなわけで、私が彼に恋愛感情を抱き始めるのも遅くなかった。初めはただ、仕事が恐ろしいほど出来てコミュニケーション能力が高い「超人」で、いわゆるコミュニティ内のキラキラしている存在だ。自分とは全く違う種類の人間だと思っていた。
それなのに、私はうっかり足を踏み外して沼に転げ落ちてどっぷり彼の心の中に捉われてしまった。
一体、何てことだろう。
胸の奥が苦しくて動悸がすることが、こんなにも満たされて心

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