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5の錠剤

まぐろどん(27歳 天秤座 O型)は、
今現在一日5錠の錠剤を飲んで一日をなんとか生きています。
今日も無事に眠れませんし、今日も無事に社会不適合者です。
安心してください。

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1の錠剤

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深夜午前3時。全身が痒くて眠れない。
全身にカサブタがあって、それを掻いて掻いて掻いて血が出て血が出た瞬間私は安堵する。「悪い血を抜いているんだ」そう思い込むことで罪悪感から解放されようとしてきたけれど、ティッシュに付着した鉄さび色の汚れを見ると本当にそれは私に不要な悪い血だったように思える。
痒い。痒い。痒い。
どうしよう。明日はいつもより早く起きなければならない。どうしようどうしようどうしよう。こんなことをしている場合ではない。ただでさえ私を維持する錠剤には副作用として睡眠を促す副作用があるというのに、ああ何故その副作用は今働かないのか。
不安になる私はこの先生きていけるのか仕事が出来なさすぎて社員からバイトになるわけだけれどもその現実逃避に物欲が凄まじいことになっている。可愛いと思って取り置きしてもらえている古着屋のスカートが休みの関係上11月いや11111月の下旬にしか取りに行けないことを知る。今クローゼットの中はごっちゃごちゃでそれを整理するカラーボックスが13日1111111111月の13日に来ます。ところで111111111111111111111月って何月ですかそれは本当に来るんですか私は本当に眠れられるんですか。ねえ痒いんです痒いいいいんですうううよ。ブツブツブツブツが痒いんです。
しかもしかも痛いんです。しかも、むしったあと。結構大きいカサブタね、これめくっているときは物凄い快感なんですよ。ああ~ああ~~ああああ~~。言葉にならない。もうなんか世界の秘密の扉を開いているような今瞬間だけまあとにかく何も考えなくてよい。将来への不安とか収入とかこれからとかどうしようとか恋人もいないなとか27年間処女でいいのかとかかねないなとか金欲しいなとか実家の母親の肺の癌とかそれにかかっているであろう治療費の予測であるとか同じく母親の癌で仕事を辞めることを考えている上司の話とかもうそういうの、全部どうでもよくなる。全部どうでもよくなる。めくる。めくる。めくれ。痛いよ痛い痛いよ~~~~!!!!
目を閉じればサイレントヒルのあれやそれやこれ。そうここは静岡。東京にしか深夜三時が来ると思うな。東京にしか孤独な夜が来ると思うな痛いよ痛いよ痛いよ~~~~。
カサブタをめくると、そこからたくさん血が出るんですね。汚いですよ。布団も汚すし。だから私の夏蒲団、もう血まみれですよ。あちこちに血がついている。血まみれのシーツのまんなかに、テディベアが転がっているんですね。そこに私は無理矢理身を横たえて眠るわけです。眠れませんが。痒くて。痒くて痒くて。そして、血がたくさん出た後そっとその後をなぞると柔らかいに肉の感触と、えぐれた凹みが感じられるんですね。ああ人間だぁと思います。人間。生きてる。生きているよ。
死にたくないです。本当です。死にたくない。もうこれ軽いリストカット行為だということに気づいてはいるんですよ、冬だから肌の露出がないから(特に腕)というのに甘えた怠惰なるリストカット。
痒み、って「やまいへん」に「羊」って書くんですね。頭の中で何匹もの羊を殺しても僕に安眠は訪れません。
テディベア。このテディベアには、右耳にハートのボタンと血四つ葉のクローバーがくっついてるんですね。子のクローバーを抱きしめながら眠ると舌はいいことがある気がするという詐欺には私は小学2年生から20年来ずっとずっとずっと騙され続けておりまして、コ悪徳詐欺者です。悪徳でテディベアなんです。僕に安眠は訪れません。じゃあコイツがいなければ眠れるのかとまあ眠れますけどああでももう私貴方がいないと生きていけないの貴方のが私を騙してる知ってる。でもその嘘を摂取しないと私に安眠は訪れない、重篤なテディベア中毒者。
痒いし痛いし深夜3時は4時になろうとしているし明日は少しや早いしもう誰も起きてやいないし今夜を隠して私は明日を生きていく。眠気と必死に戦いながら生きていかなくては生きていかなくては生きてかなくては。
こういった時に音楽も小説も漫画も雑誌もムヒも何も救いにならない。
全身が痒い。痒いんです。
朝よお願いだどうか今日だけは来ないでくれないか。



2の錠剤

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「本当に優しい人は悪意がない人ではなく、
己の悪意を打ち消してそれでも、あなたに微笑んでくれる人だと思うの」
「どういうこと」
「本当に優しい人≒綺麗な心の持ち主ではない、ということね」
「性悪説ということ?」
「神様や仏様は綺麗な心をお持ちかもしれないけど、あなたを助けてくれないでしょう?」
「神様は優しくない」
「だから多くの人間と接点を持ちなさい。外に出なさい。出会いなさい。それが手っ取り早い、優しさを享受する方法なのです。
目覚めなさい、■■■。」
お姉さまはいつも私の話を、聞いてくれないのね・・・・。

目を開けるとそこは私の薄暗い部屋で、何本も何本も空のペットボトルとあむまったティッシュがころがっていて、パソコンのモニターには寝る前に見ていたまとめサイトが映っており、カーテンは閉じて薄暗い、遠くからカラスの声が聞こえたかと思えば子供の声が聞こえ、パーカーとジャージがそこかしこに身体おっぴろげて眠っている。スマホを見るが薄らぼんやり私の脳は何も理解せず気づけば推しの地下アイドルのツイッターを眺めている。

暗宮めむ♥浸蝕されし人間少女歌劇団♥眼球担当@kuramiyamemuhamiru
今日はライブありがと♥
ファンクラブのブログ更新した♥見て♥♥♥

眼球運動。ドライアイ。
ひと月800円のファンクラブの出費は痛いのでは私は入っていないしライブにも行ったことがない。引き篭もって8年目。あたしの宇宙はこの6畳間の子供部屋で完結。
美しい夢は濃度高き醜き現実に押しつぶされ圧縮されどこかへ飛んでいく。



3の錠剤

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今ここで会っていなければ、相手が生きているも死んでいるも変わらないのに、どうして人はこんなにも「死」を恐れるのだろう。
祖父母の家になかなか足を運ぶことがないのに、どうしてクリスマスカードでは「体調が心配です。元気でいてね」なんて薄っぺらい言葉を書くことができるのだろう。
母は今生きていて今日一緒に食事もしたのに、どうして母の身体を蝕む癌の存在がこんなに恐ろしく「体調が心配です。元気でいてね」なんて言葉を口にも考えにも及ばないくらい、ガタガタ。私の心身を不安定にさせるのだろう。
祖父母の存在も夜母と一緒に食べたパスタも昼に見ていたテレビも何もかもが幻に感じられる午前四時。起きて今ここにいる私だけが生きてる。



4の錠剤

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「ねぇねぇ死にたいよ。死にたいけど痛いのは嫌だよ。気持ちいい死に方がいいの」
1.カサブタをめくることによる出血多量死
カサブタをめくる時ほど快感に襲われることはないという。人間の本能に快楽をもたらす手段として「カサブタをめくる」がインストールされているのだそうだ。なのでとにかくけがをしてまずカサブタを作ろう。かゆくなってきたら全身ぼりぼり掻きまくって出来たカサブタをめくろう。快感のあまり君は絶頂して死ぬことだろう。
2.テクノブレイク
言わずもがなであるが、これ程の快感に達するには、非常に高度な技術が必要だと思う。まずこうやってうかうかしているのであれば、まず■■に励もう。そしてより快感が得られるようレベルをどんどん高めていこう。気絶出来るようになったらもうすぐ。
3.かわいそう死
自分の境遇をとことん「かわいそう」だと思い込もう。友達が亡くなったの?かわいそう。仕事が辛いの?かわいそう。人間関係うまくいかないの?かわいそう。上司とそりが合わないの?かわいそう。部下が言うこときいてくれないの?かわいそう。家族と仲が良くないの?かわいそう。うつ病になったの?かわいそう。発達障害診断テストを何度もネットで受けているの?かわいそう。何をしていても楽しくないの?かわいそう。趣味がないの?かわいそう。美味しくないの?かわいそう。満たされないの?かわいそう。やりぎがないの?かわいそう。酒がないと眠れないの?かわいそう。働けないの?かわいそう。コロナなの?かわいそう。コロナ以外の病気なの?かわいそう。人間なの?かわいそう。先進国に生まれて恵まれた境遇なのにずっと虚無なの?かわいそう。うまくいかないの?かわいそう。東京辛いの?かわいそう。生きてるの辛い?かわいそう。楽しいの?頭おかしいの?かわいそう。かわいそうかわいそうかわいそうかわいそうかわいそうかわいそう。
あなたが世界で一番かわいそう。
あなたほどかわいそうな人物はこの世界にはいません。
なのであなたは死んでも仕方がない。赦される人間なのです。
4.もふもふ死
かわいい猫がいます。食べちゃいたいくらい可愛い猫がいます。想像して下さい。可愛いですね。とても可愛い。その猫の腰あたりを、ぐっと掴んで、口を開けてあーーーん・・・パクっ!!!モグモグ・・・うぐっ!!!!とあなたは「猫を食べる」という最上級幸福行為によって窒息死。
5.ほじり死
カサブタをめくると同様に、「鼻くそをほじる」行為には人間の本能に直接訴えかける快感が伴います。さあ、ほじりなさい。ほじほじほじほじ。血が出てきましたか。まだそこなんですか遅いです。ほじほじほじほじ。いいですか、あなたの鼻の奥には大きな大きな、メロンパン型の鼻くそがあって、あなたはずっとその鼻づまりによって生存に苦しんできたのですよ。それを除きたいと思いませんか?(思います!!)ほじほじほじほじ・・・・。
6.かきし
まず調理用の生牡蠣を大量に用意します。そしてそれを生のまま食べます。とぅるんとぅるんの身は美味しいですね。非常においしい。汁もじゅわじゅわ身がでっぷりしている。あなたは腹いっぱいそれを食べたら即睡眠薬を大量に摂取しなさい。きっとふわふっわのプルンプルンの柔らかい天蓋付きのベッドの上で身を横田ながら安らかに眠るようにお前は死ね。
7.ヴァイオリン死
まず安いヴァイオリンを買いなさい。そしてそれを毎日16時間練習しなさい。毎日毎日毎日毎日毎日・・・それを50年繰り返しなさい。そうした頃には貴方は世界で■番目にうまいヴァイオリニストになっていることでしょう。ここで初めて、発表会に出なさい。観客達は貴方の音に酔いしれ「誰だ!!こいつは!!」「すごい老人が現れたぞ!!」と大騒ぎするでしょうでもあなたは弾き続ける。ステージの上で。一人。曲は止まらない。クレッシェンド。おとはとまらない。クレッシェンド。人生は止まらない。クレッシェンドクレッシェンドクレッシェンド!!!!!フォルテッテッテッテテッテテッテテッテテッテテテテテテテテテッテテテテテテテテテテテテテテテテテテテ死ンモ!!!!!!!!!!!!!!!!!・・・気づけば貴方は絶頂し、そこで果て死んでいることでしょう。人生で初めて己の腕前を知らしめたことと、音楽がもたらす快感によって貴方は快感の快楽の頂上までいきそこで死。
8.うつく死
貴方が一番美しいと思う名画をまず見つけなさい。見つけたら、まずその絵を素手で額縁からもぎ取ってやりなさい。そして警備員が来る前にその絵をバリバリ食べて食べて食べてしまいなさい。美しいものを摂取していることによる倒錯と、何年も前の絵具がもたらす猛毒性によりあなたはその絵の美しい夢を見ながら死んでいくことでしょう。
9.とうと死
まずインドかどこかに行きなさい。汚い川が流れている山奥の村に行きなさい。汚い川には排泄物、ゴミ、死体・遺体、泥、石油、水面には厚く油が張っております。そして近くのお寺の和尚のところに行き、その相手を心身の底から信仰しなさい。信仰しなさい。信仰しなさい。心身その寺・村に捧げられるようになった時、その川の水を飲むのです。
10.ひきこも死
いいですか。あなたに月曜日火曜日水曜日木曜日金曜日など存在しないのです。あなたには日曜日しか存在しない。なぜならあなたは世界で一人の尊い存在だから。尊い。だから毎日が日曜日です。日曜日日曜日日曜日。親が死んでも日曜日。親戚に見放されても日曜日。生活保護打ち切られても日曜日。家なくなっても日曜日。無限の自由を抱え、その重さに耐えきれずに死ぬときあなたは「死」による解放を心身の底から喜びながら死にゆくことでしょう。



5の錠剤

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終電から駅に降り、改札をなんとか通る。
「はぁ・・・はぁ」
己の白い息で視界が霞む。ずりおちた眼鏡を直す気力はない。
一歩一歩足を前に進めるたびにぐらつく視界の果てに、一体俺は何を目指しているのだろうか。
何って、家だ。家だよ。
木造の、コーポの、2階の、角部屋。
着いたら・・・?
そうしたらソシャゲ巡回して風呂入って、寝るんだよ。そうしたら、明日が来る。気づいたら明日が来ている。だからまた会社に行ってお前は何も考えず、席に着き、パソコンを立ち上げればいい。ウィンドウズ・・・。
まさか五十路手前にもなってこんな生活を送っているとは思わなかった。
バイト派遣社員契約社員を渡り歩きながら最後に辿り着いたのはブラックのIT企業。40を越え何もない俺はそこに骨をうずめるしかなかった。生活の為だった。生きる為だった。
父親は30代前半の時に事故で死んだ。母親は40の時に病に倒れた。
その時の葬儀は弟が主導となって、やってくれたっけなぁ・・・。姪っ子、甥っ子は今頃高校生中学生だろうか。前のオリンピックの時だから・・・かれこれ4年は会っていない。
まさか自分がこの年まで独身でいようとはな。
会社でもこき使われ家も家族ない48のおっさんに、どこに帰る場所などあるものか。
「はぁ・・・ふっ」
赤信号。車一つ通らない道路を眺めながら思う。
一体俺は何のために生きているんだろう。
いくらでも代替品がいる仕事に精を出し、薄い人間関係をこすりながら生きていく。
死んではいない。
だが、生きてもいない。
ブオオオオォォォ-ン!!!!!!!!
目の前を数台のバイクが物凄いスピードで駆け抜けていく。
若くて羨ましい。
いや俺にもあった。
俺にも若さはあった・・・はずだが、不惑を過ぎた俺にはその残骸すらなくだからといって老いに身体を沈めきれていない。
生命的にも年齢的にも、こんな宙ぶらりんがいつまで続くのだろうか。

306の数字が並ぶ小さな看板がドアの横に貼られている。ようやく、ようやくたどり着いた。俺の部屋、いや家。
腕時計を覗くと1時を指そうとしている。会社から出て約1時間弱・・・明日は7時には起きなければならない。納期が間に合わない。そしてその納期が終わったらまた次の仕事があって、土曜も日曜も出勤して俺はそれらを片付けなければならない。そしてその次は、とここで考えるのはやめにしよう。
ジャケットのポケットに手を突っ込み冷たい金属の感触を確かめる。ゴロゴロとつけていた鈴が鳴る。
ポケットから出し、鍵穴に指す。
そして右に回す・・・。

「え、誰オッサン」

「あ・・・あえ?」
目の前には灰色の上下のスウェットを着た汚い金髪の女がいた。
「うわ。キモ。何このオッサン。なんでうちの鍵持ってんの?意味わかんないんですケド」
「え・・・あ・・・え・・・・」
「ちょっとー!!!カナかと思ったらオッサン入って来てるんですケドー!!!」
女が振り向き、誰かを呼んでいる。
「え・・・・え??」
何が起きたかひたすら分からず、女が振り返ったその先を見る。ユニットバス、台所そしてワンルーム。俺の部屋だ。俺の部屋、に間違いないが、
置いてある物が違う。
空にしておいたはずの台所のシンクには山のように汚い食器が積み上がり、バスタオルしか入れていない洗濯機からは毛玉だらけの灰色のスウェットが溢れている。その奥俺の部屋にあったベッド机テレビタペストリー本棚は何処にもなく、代わりにそこには、サンリオの悪趣味なピンクのかペットが惹かれ、安っぽいちゃぶ台が広げられ、その上に何かが置かれている。カレーの匂いがする。夕食中であったようだ。
「は?なんだよエミ」
部屋の、さらに奥の方から男の声がかすかに聞こえる。
「あう?」
そして幼い子供の声も。
「だからまじでキモイおっさんがいるんですケドー!!!」
女はそう言って奥にずかずか入っていく。ヒョウ柄の毛玉だらけのソックスが目につく。
「・・・・うわまじじゃん」
出てきた男も女とあまり変わらなかった。黒い上下のスウェット、死んだ目そして根本が真っ黒のくしゃくしゃの明るい茶髪、ニキビの跡が目立つ肌、細い眉。男は俺の顔を見ると、露骨に不機嫌そうに細い目をさらに細くした。
「何、オッサン。なんか用?」
「な・・・よ・・・用って!!!」
な・・・・何って、よ・・・・・用って
「こ・・・・・こここここは、お・・・俺の家!!!俺の家だぞ!!!!!」
慌てて口を開くがどうもうまくしゃべれない。
「は?」
「は・・・は???じゃなくてだな、こ・・・ここはここはオ・・俺の家!!!!俺の家!!!!!だぞ!!!!」
改めて主張する。そうだここは俺の部屋、俺の家だ。なのになんだお前たちは一体誰なんだお前たちは。一体何するつもりなんだお前たちは。
「か・・・勝手に入ってきているのはお前たちだろう!!!!!」
「は?オッサン何言ってんの??」
「え・・・ええええ???」
「ほら見ろヨ、ココ」
男は怠そうに裸足のまま玄関から外に出ると、指をさす。
看板に、306と数字が浮き出ているのは変わらなかった。その数字のクリーム色が朽ちて汚い色に変色しているのも。
だがその下にまっ黄色いシールが貼られており、
「・・・え?」
「ほらよく見ろヨ!!」
そのシールには、「あかがわ りょうた」「あかがわ えみ」とガタガタの印刷された文字が並び、その両端には平和にチューリップまで咲いている。「・・・ええ?」
い・・・いや、先程まではこ、こんなものこんなものなかった。なかったはずだ。俺は、俺は自分の名前をここに貼っていない。
「い・・・いつのまに貼ったんだこんなもの」
「いつって?入居した3年前だけど」
「さ・・・三年前ぇ!!???」
いや、それって2017年だろ、今の会社に準社員として転職と共に引っ越してその年は2年目で、やはり、す、すでに
「・・・その時にはもう俺は住んでいたはずなんだが・・・あ・・・ああ!!そうだ俺の家具俺の家具はどうした!!!俺の家具は!!!タペストリーは!!!!フィギュアは!!!!!本は!!!!!」
「はァ?」
「そ・・・そうだ俺が買ったあれは、俺のあれは、俺のものはどうした!!!ど・・・どうしたんだ貴様!!!こ・・・・・こここここここは、俺、俺の家なんだぞおおお!!!!!」
バンッ!!!!!!!!!!!!
一瞬、
何が起きたか分からなかった。
右頬に広がる痛みで、男に殴られたと、自覚する。
「オッサン・・・さっきから何言ってるかわかんねえけどよォ・・・」
見上げると、男はゆらりゆらり、と近づいてくる。
そして、
「これ以上ここ来たら次はないと思えヨ」
「・・・・ㇶっ」
へたりこむ、気づけば両掌廊下のアスファルトについており、しりもちをついている。
つめたい。
男は去っていく。
その後姿が、非常にスローに見える。
「ねェ、オッサンどっかいってくれター?」
「おう、次来たら警察だな」
「ぱとかーくゆのー?」
「うっせえ、コタローは黙っとけ」
遠くなる会話。
「えーキモかったけどだいじょぶなの、気になるケドー?」
の女の声を最後に、ドアは閉まる。
い・・・いや、オッサンではなくて俺には名前が・・
な・・・
なま・・え?
名前?
あれ・・・?
思い出せない。名前、名前名前・・・なま・・・え?
あ・・・・あれ?なまえってそもそもなんだぁ・・・?
れ?そもそもおれはなんでここに
いるんだ・・・?え?おれ・・・おれって・・・な・・・なんだあれ?
あ・・・・・あれ?
おれはたしかにここに存在して・・・おれって、なんだあ?
そんざいって・・・なんだあ????
そもそもいまなんじなんだああ???

あ?
え?

なんじってなんだあああああれ?あ・・・あ・あ・あ・あ・あ・・・。
ぁ・・・・・

会社でもこき使われ家も家族ない五十路のおっさんにどこに帰る場所などあるものか。


あれ?







***

「てか何だったんだろー今のオッサン。まじキモかったケド」
亮太に殴られたであろう中年男がどうしているのかが気になって、絵美がドアを開けたのは1分もたたなかった。
だがしかし、
「あれ?」
そこには誰もいなかった。
「何だろ。逃げちゃったケー?」
夕闇に照らされたアパート廊下には、ゆうやけこやけのメロディーがむなしく響いている。
「おいほっとけよエミー」
「ままー」
リビングで亮太と琥太郎が呼んでいる。そうだ、これから夕食時、ッというときにチャイムが鳴ったのだった。早くしないとつめたくなってしまう。気になる、気になるケド。団欒を優先することにした。
バタン。絵美はドアを閉めた。

結局、その中年男の話が赤川家の食卓に挙がることはこの先一度もなく、そもそもこの1時間後には亮太も絵美もそして琥太郎ですらもこのことについて永遠に忘却してしまったのだった。

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終わり

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