見出し画像

「櫻木真乃に存在を肯定されたい」の回

 真乃、誕生日おめでとう。

 ドーモ、伝書鳩Pです。2021年4月244日は「THE IDOLM@STER SHINY COLORS 3rdLIVE TOUR PIECE ON PLANET / TOKYO DAY1」の開催日でした。緊急事態宣言が発令される中、ギリギリでの選択を迫られてキャスト・スタッフの皆様におかれましては苦しい決断になったかと思いますが、まずはDAY1の有観客開催とDAY2の無観客配信のみの英断については、私個人としては感謝の気持ちでいっぱいです。感染対策に気を付けつつ、歌って踊るキャストの姿を見られることが、現地勢・配信時どちらにとっても、何よりの希望になったはずです。まぁ、ぼくは観ていないんですけどね。

 突如発生した休日出勤、しかも自分のミスが所以ならまだしも、他人の失態の穴埋めのためにこちらの休日が潰れ、家に帰り着いたのはちょうどライブが終わったその時。タイムラインを遡れば「Anniversaryを喰らって死んで生き返った」「突然の夢見鳥でぐしゃぐしゃになった」などの死亡報告が相次ぎ、あぁ、またシャニマスくんが情緒でプロデューサーを殺めたんだなと察して、ふてくされてモンハンライズしてました。

 んで、そんなファッキン労働の間、誠心誠意を込めた詫び状を作成しながら、ぼくの心の中にはある一つの考えが浮かんできました。そう、「櫻木真乃に存在を肯定されたい」という、たった一つのシンプルなアイデア。奇しくも彼女の誕生日イブである4月24日、彼女がこの世に生を受けたことを祝福されるべき日のその前日に、心が荒んだぼくは救いを求めていました。

 普段ぼくは櫻木真乃さんを「癒しの象徴」「春の精霊」「マイナスイオンの擬人化」と呼んでいるのですが、その癒しパワーをほんの少しでもいいから、この伝書鳩Pに向けてくれたらと、そう思ってしまう時があります。たいてい、仕事や人間関係に疲れている時に生じ、主に週4日は訪れる発作のようなものです。リアル「助けて…真乃…めぐる…!」状態です。おれは風野灯織だった……??

 シチュエーションとしてはこうです。おれは、都内で働くどこにでもいるような普通のサラリーマン。一般的にアラサーと呼ばれる年齢に差し掛かり、上司や親からは結婚を急かされる一方で、平日は終電近くまで働き、土日のどちらかは持ち帰った仕事で潰れ、もう片方の休みは昼まで寝過ごしたことを後悔しながら月曜日を迎える、そんな繰り返しの日々。

 唯一リラックスできるのは、行き帰りの電車の中、耳にイヤホンを通したその瞬間だ。今日は毎週配信のラジオの更新日。聴きなれたジングルと共に、三人の女の子の元気な声が飛び込んできた。彼女たちはイルミネーションスターズ。最近売り出し中の、若手アイドルだ。

 自分でも驚いた。こういったアイドルにハマったことは過去無かったし、アラサーの独身男性が女子高校生に入れ込むのも正直どうかと思う。けれど、何気なくラジオから流れてきた曲――確かあれは、納期が大幅に遅れ取引先に謝罪に行った帰りに聴いた「We can go now!」だった――を聴いたとき、その歌声から溢れてくる圧倒的な“陽”のオーラに、なぜだか流れた涙をせき止めようと満員電車で必死にもがいたその日から、彼女たちのことが「推し」になってしまった。渋谷のタ〇レコでイルミネのライブがあると聞いて、でも握手会に並ぶ勇気も無くて、結局CDは買わなかった。ただ、横目でチラリと会場を覗いただけでも、彼女たちの眩しい笑顔に、少しだけ暗い気持ちが軽くなったのを覚えている。人間の心は案外単純で、些細なきっかけさえあれば活力が湧いてくるものだと、イルミネから教わった。

 ラジオは、彼女たち三人の和やかなトークが弾んでいた。先日行われたドームライブ(一応抽選に応募はしたものの外れた)での裏話や、休みの日に三人でタピオカのお店にならんだこと、同じアイドル事務所に新しい二人組ユニットが加入して、その人たちとも仲良くなりたいな、と八宮めぐるさんが言った。あとの二人も頷いて、歓迎会とかしてあげたいね、って真乃さんが言った。灯織さんも、今度はもっと上手く作るから、と意気込んでいた。確か、料理を頑張っているんだったな。真っ直ぐで、いい子たちなんだ。

 そしてラジオは最後のコーナー、リスナーからのお便りを読む段取りになった。この辺りで、いつも心拍数が少し上昇してしまう。直接会って話してみたいけれど、自分の年齢をわきまえれば、こうしてお便りのメールを送るのが精いっぱいだ。人間いやらしいもので、普段は謙虚な姿勢を貫いているフリをしても、「お便りを読んで欲しい」という下心がふつふつ芽生えてくる。なんだかんだ言いながら、イルミネに自分のことを知ってほしい、わかってほしいというエゴを、抑えられずにいるのだ。

 とはいえ、今日も的は外れ、コーナーは粛々と進んでいく。このラジオネーム常連さんだ、この子前も読まれてた恋愛相談の中学生だ、とか、嫉妬じみた醜い感情が沸き上がっていくのを感じる。おいやめろ、なに対抗意識燃やしているんだ。おれがラジオディレクターなら、イルミネの三人に疲れたサラリーマンの愚痴めいたメールなんか、読ませたいと思うはずがないだろう。当然だ。彼女たちはアイドルで、憧れの対象で、そうした俗世間とは違うステージにいるんだ。神に下々の苦労など、背負わさなくていいのだ。降車駅まであと一駅、今日も発泡酒とコンビニのお惣菜で疲れた身体を労わってやればいい。この前届いたばかりのライブBDの、特典DISCもまだ観ていないのだから。そうして一日、やり過ごせばいいんだから。

 ――だというのに、ふと耳に入ってきた言葉に、思わず声が出そうなほど、心臓がハネた。いや、周囲の人がチラチラとこちらを見ているから、たぶん声が出てたんだと思う。なんだって??ポケットからスマホを取り出して、シークバーを5秒ほど巻き戻す。いや、焦って目当ての時間までジャンプできない。違う、ここじゃない。22分45秒付近の、最後のお便りって聞こえたところの、そうここ、ここだ。


「えっと、最後のお便りです。ラジオネーム、伝書鳩さん。ほわっ、ハトさんのお名前なんですねっ」









 ウソだろ??真乃ちゃんが、俺の名前を読んだ??そんなことが、あってもいいのか。いや、ラジオネームが被った可能性だってある。だって、真乃ちゃんの鳥好きにちなんで鳥絡みのラジオネームを選ぶ安直な思考、俺以外にもたくさんいたっておかしくないじゃないか。きっとそうだ、おれの投稿じゃない。頼むから、この冷や汗を止めてくれ。


「イルミネのみなさん、こんにちわ。いつもラジオ、楽しませていただいております。ぼくは今、自分がやっている仕事に意味を感じられなくて、やる気が出なくなってしまいました。いつもなら1時間で終わらせられる仕事も、最近は2倍3倍の時間がかかってしまい、前より疲れやすくなっているような気がします」


 ダメだ、正真正銘、深夜2時に酒の勢いで送ったメールだ。それを、櫻木真乃ちゃんがあのおっとりした声色でゆっくりと読んでいる。あれだけ投稿の採用を望んでいたはずなのに、今では死んでしまいたい気分だ。なにが「ぼく」だ、ヘドが出る。怠け癖のついたダメな会社員の独りよがりな独白を、真乃ちゃんの人生に刷り込まないでくれ。


「仕事だから、責任もってやり遂げなくちゃ、というのは頭でわかります。でも、心と身体が上手くついていかなくて、このままじゃ今日できた仕事が明日は当たり前のように出来なくなっちゃうんじゃないかって思うと、怖くて涙が止まりません」


 ふざけんな。泣き言をぬかすな。未成年の前で、大人の恥を晒すな。死んでしまえ。


「イルミネのみなさんは、そういう不安に襲われたことってありますか?どうしようもなく怖いと思うときはありませんか?そんなとき、どうやって克服しているのですか?元気の秘訣を、教えてくれたら嬉しいです。これからもラジオ、楽しみにしています」


 あぁもう、お前は本当に何をやってもダメなんだ。いい年した大人が高校生に救いを求めてどうする。こんなお便りが届いて、イルミネが今一番不安だよ。なんでこんなお便り読ませたんだ番組スタッフは。常識ってものがないのか!?!?いやそうじゃない、おれだよ。おれが最悪なんだ。ほら、ラジオ止まっちゃったよ。沈黙だ、放送事故だ。次のホームで降りて、線路に飛び込めばいいのか?あれって慰謝料億レベルって聞いたけど、おれが死んだら誰が払うんだろうな。お母さんかな。息子がさ、アイドルに入れ込んだ挙句に自殺したって聞いたら、悲しむかな。育て方間違えたかなって落ち込むかな。どうしたらいいんだ。ここから消えてしまいたいのに、身体が動かない。


「あの、えっと、答えになるか、わからないんですけど……」


 少し迷った、戸惑うような真乃ちゃんの声が、届いてきた。そうだよな。イルミネはいつだって真摯に、リスナーの質問に応えてきた。だから、今回も同じように返してくれようとしているんだ。こんなことで迷わなくていいのに、辛い思いしなくていいのに。


「私も、色んなお仕事をさせてもらえて、明日大丈夫かな、ちゃんとやれるかなって、不安になるときがあります。失敗したらどうしようって、心細くなるときもあります」


「でも、そういう時はいつだって、灯織ちゃんとめぐるちゃんが側にいて、手を握ってくれます。一人じゃないよって、言ってくれます」


「そしたら、頑張ろうって、気持ちが湧いてきます。私も、灯織ちゃんやめぐるちゃんみたいに、誰かの心を明るくできたらって、そう思いながらアイドルを続けてきました」


 ダメだった。どんなにせき止めようとしても、止められなかった。おれという人間の不甲斐なさを、真乃ちゃんは自分のことのように受け止めて、精一杯言葉を選んで、何かを届けようとしてくれている。その気持ちだけで嬉しくて、彼女の一言一言が、先ほどまで崩れ落ちそうなほどに震える脚を沈め、ささくれ立った心のトゲを一本一本丁寧に抜いてくれたかのように、優しく響いてくる。


「私は、今こうしてマイクの前で、伝書鳩さんのためにできることは何もないかもしれないけれど」


 そんなことないよ。真乃ちゃんは、おれを救ってくれているじゃないか。


「伝書鳩さんが、頑張らなきゃ、しっかりしなきゃって、そう思っているのなら、それはとっても凄いことだって、そう思います」


 なんで。なんでこんなに優しいんだよ。どうしてこんなに暖かいんだよ。


「今、手を取ってあげられないけれど、でも、頑張ろうって気持ちを支えてあげられたらって、灯織ちゃんやめぐるちゃんが私にそうさせてくれたように、私もみんなに元気をあげられたらって、そう思います」


「そんな、アイドルになりたいって、思います!」

「伝書鳩さんは、一人じゃありません!」

「……聴いてください。せーのっ」


「「「We can go now!」」」








 それから。

 相も変わらず仕事は忙しくて、ロクに休みもなくて、ライブには落選続きのまま、日々は過ぎていく。

 でも少しだけ前向きになれることがあって、残業は無くならないけれど終電で帰るようなことも月に2~3日あるかないかってくらいになったし、たまには自分の時間を楽しむ余裕だって生まれてきた。

 それに、どうしても辛いことがあっても、おれにはアイドルがいる。一人じゃないよって教えてくれた、かけがえのない推しがいる。会ったことも直接話したこともないけれど、あの日あの瞬間、彼女たちから貰った元気は本物で、まだ心の中で生き続けてくれているから。

 晴れ晴れとした空、彼女たちの広告がふと目に止まる。アイドルがある人生、それも捨てたもんじゃない。心の中のイルミネーションが灯っている限り、おれはまだ大丈夫だから。彼女たちがくれたありったけの輝きで、今日も頑張ろう――。

アップ・トゥ・ユー 八宮めぐる








 以上です。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。次回、「スナックめぐる編」でお会いしましょう。


いただいたサポートは全てエンタメ投資に使わせていただいております。