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兼業・副業は会社に報告しなきゃならないんですか?

管理部門の時事ネタや実務に役立つ情報を小説形式でお届けする【小説で学ぶ人事労務】シリーズ第一段。

兼業・副業を考えている人、企業の人事部門で兼業・副業の制度や取扱いについて知りたいすべての人に送る兼業・副業編です。

この物語は、菊桜(きくおう)商事株式会社に勤務する主人公の木崎が、生涯の師となる安才先生と出会い、管理部門のスキルの向上とともに、人間としても成長していく物語である。

主な登場人物 ​(経営管理部)
・木崎 (きざき) 新卒入社2年目。1年間の研修の後、経理に配属される。
・友永 (ともなが) 中途入社2年目。人事労務歴9年。年齢は秘密。
・只野 (ただの)部長 勤続20年以上。人柄の良さは社内でNo.1。
・安才先生 アドバイザー。只野部長の知人。詳細は謎。


木崎、副業やるってよ。

「友永せんぱーい!おはようございます!」

日差しが強くなってきた夏の日、人事部の友永が会社に向かって歩いていると珍しく後輩の木崎と遭遇した。この元気な後輩は、小学校で習った<5分前行動>を就業時間5分前に出社することだと理解をしており、電車遅延が発生するたびに遅刻をしている。

今日は珍しく1時間も前倒しで出社しているので、それを指摘すると「今日は残業せずに帰りたいので、早出で対応するんですよ」と匂わせぶりな発言が返ってきた。彼女でもできたのか?と好奇心が出て、夜の予定を聞いてみた。

「僕の経理のスキルを活かして、今話題の副業ってやつをやるんですよ。収入アップですよ」

思わぬ答えが返ってきて、友永は拍子抜けした。

「副業?」
「はい!」

おもしろい話が聞けるかもしれないという妄想は見事に打ち砕かれた。そんな妄想をしていたことを悟られぬよう、やれやれと行った面持ちで、先輩としての対応をすることにした。

「兼業・副業は会社へ報告する必要があるのよ」
「えええええ!会社に言わないといけないんですか」
「そうよ。就業規則にちゃんと書いてあるわよ」
「まじすかぁ。読んでないっす」

そういうところが新人っぽいなと友永は感じた。さらに先輩感を出すべく釘を刺す。

「ちゃんと会社に報告してね」
「わかりましたぁぁ」
「兼業・副業を禁止しているわけではないから、会社には届け出るだけで良いのよ。ほら、もう会社に着いたわよ。今日も頑張ってね。じゃあ」

明らかに元気がなくなった木崎。彼は見た目でやる気のアップダウンがわかるタイプであり、意気消沈させても面倒なことになるので、あとでフォローを入れておくことにしよう。

木崎が新卒で入社した同時期に友永が中途入社し,年齢差も少なからずあるのだが、なぜか木崎から一番慕われているのが友永である。

社員が会社にだまって副業した結果

木崎が席につくと、待っていました!というタイミングで代表電話が鳴り響いた。

「はい。菊桜商事株式会社です」

電話は営業部の山崎さんの奥さんからであった。今朝、山崎さんが過労で倒れたと告げられる。話の内容から、人事部へ取り次いだほうが良さそうだと感じ、人事部の友永に連絡して引き継いでもらうことになった。

「お電話代わりました。人事部の友永と申します」
「営業部の山崎の妻です。いつも主人がお世話になっております」
「山崎さん、どうされたんですか」
「それが...今朝、主人が急に倒れまして、救急車を呼んで診察してもらったところ、過労と言われました。検査もあるので、医師からは2~3日休むように言われています」
「過労ですか。山崎さんは残業していた記憶がないのですが」
「言いにくいのですが、子どもの学費がかかる時期でして、土日にガソリンスタントでアルバイトをしていまして」
「そうだったのですか。とりあえずは医師の指示に従ってください。山崎さんの上司には私の方から状況をお伝えしておきます。会社のことは折り返しご連絡しますね」
「ありがとうございます。ご迷惑おかけしますが、宜しくお願い致します」

友永は受話器を静かに置いたが、内心は穏やかではなかった。アルバイトして過労で倒れたって?参ったな。とりあえず、部長に伝えないと。友永は上司である只野部長にもとに急いだ。

「部長。おはようございます。営業部の山崎さんの奥さんから、電話がありまして、山崎さんが過労で倒れたそうです」
「なんだって? 過労!残業していないのに、なんでそんなことに」
「お子さんの学費がかかる時期みたいで、土日にアルバイトしてたみたいなんです」
「副業か。たしかにこの不景気で新規の開拓先が増えなくて残業することもないし、家計には打撃だろうな。しかし、だからといって会社に内緒でとは参ったな」

「明日、この件を信頼できる人に相談するから、友永さんも同席してほしい」と友永に伝え,只野は別の会議に入ってしまった。

友永は明日に備え、就業規則を確認しておくことにした。過去に兼業・副業を全面禁止したのだけれど、すったもんだあって、就業規則を改訂したばかりだった。

-ここで菊桜商事の兼業・副業についての規定を見てみよう-
現在の就業規則はこうなっている。

(副業・兼業)
第68条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 労働者は、前項の業務に従事するにあたっては、事前に、会社に所定の届出を行うものとする。
3 第1項の業務に従事することにより、次の各号のいずれかに該当する場合には、会社は、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合

引用: モデル就業規則(厚生労働省)第14章より抜粋

これは厚生労働省のモデル就業規則の文例のままである。この内容であれば、勤務時間外において他の会社の業務に就くことは可能だ。

しかし、今回の山崎さんの場合は、(1)「事前に会社に所定の届出を行う」という部分を守ってもらえていない。そして、(2) 副業により過労で倒れてしまったので「労務提供上の支障がある場合には副業・兼業を禁止または制限することができる」という部分にひっかかってしまう。

友永は2つのポイントが確認し、明日の打ち合わせは大丈夫だろうと安心した。でも、部長が言っていた「信頼できる人」って一体誰なのだろう。

安才先生

ー 翌日の会議室 ー

「安才先生、突然お呼び立てして申し訳ありません。こちらは人事の友永です。今日は勉強のため同席させていただきます。こちらは安才先生だよ。今月からうちのアドバイザーになっていただくことにしたんだ」
「安才先生初めまして、友永です。本日はよろしくお願いします」

アドバイザーって、うちの会社では初めてじゃないかしら。何者なのだろう。

温厚そうな中年男性は続けて言った。「先生はやめてください。さん付けで結構ですので、友永さんもさんづけて呼んでください」

アドバイザーと聞くと偉そうな態度が思い浮かぶが、安才氏にはそれが感じられない。部長とはどういう知り合いなのだろう、と友永がもやもやしていることも知らずに、部長は本題に入った。

「昨日、うちの営業部の従業員が過労で倒れまして。その原因が会社に内緒で土日にアルバイトをしていたことのようです」
「兼業・副業の件ですね。まず、御社の就業規則を見せていただけますか」

就業規則を安才が読み進めるなか、部長が説明を続ける。

「今は景気が悪くて営業部の仕事量が減っており、山崎さんには残業代が発生していません。家計に影響を与えていると思います。しかし、山崎さんも兼業・副業は報告する必要があることを知っていたと思います」

部長は矢継ぎ早に話を続ける。

「ニュースでよく見ますが、兼業・副業についてはどうもよくわからない点が多くて...うちで勤務していない部分についても、労災になるのでしょうか」

労災?ちょっと待った。友永は思わず口を挟む。

「部長、うちでの勤務が原因ではないのに労災になるわけないじゃないですか。うちは無関係だから、業務外のケガや病気である私傷病とかになるんじゃないですか?」

安才は落ち着いた様子で2人をなだめた。

「労災にはなりませんから安心してください。御社でのお休みについては、労災による休業ではないので、有給休暇にするか欠勤にするかを本人に選択させてください。会社が勝手に有給休暇扱いにするわけにはいきませんので」

たしかに、有給休暇は従業員の申出がないといけないから、まずそれを確認か、と友永は納得した。

「あとは、過労で御社の仕事をお休みしているというのが、就業規則の〈労務提供上の支障がある場合〉に引っかかってしまいますね。主たる仕事である御社の業務に支障が出てしまっていますから」

予想通り!と友永は思った。自慢ではないが、人事労務9年目、余計なことだが社労士受験も3回目である。

「では、山崎さんの副業は〈労務提供上の支障がある場合〉に該当するから、今後の副業は禁止となるのでしょうか。会社としてどう対応したらよいかお知恵をお貸しいただけないでしょうか」

待て待て部長、山崎さんはお金が必要だからバイトしているのに、即禁止令を出したら、山崎さんと揉めかねない、と友永は心の中で突っ込んだ。

説明しておくと、只野部長は菊桜商事に新卒から入った叩き上げ。人柄を買われて経営管理部の部長職を任されている。つまり、人事労務の専門知識は皆無である。法改正によりますます難しくなっていく人事労務分野は人柄だけでは対応できず、私は人事労務の経験を買われて中途採用されたのである。

「禁止しても山崎さんはお金が必要だからアルバイトを続けてしまうのではないでしょうか」と友永が横やりを入れた。

「そうですね。まずは山崎さんの体調が回復するまではしっかり休んでもらい、そのあと本人とお話しされてください。土日のどちらかはアルバイトはせずに週1日のお休みを確保するのが最低ラインだと伝えてください」

そうだった、労働基準法第35条だと友永はまた納得した。

同条には〈使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない〉とある。うちの会社は週休2日制なので、山崎さんを週2回休ませているが、副業によって(自己責任だが)無休となってしまった。うちの会社に非はないが、会社から週1日はお休みするように伝えることで、兼業・副業をする場合に守ってほしい最低ラインを理解してもらえるだろう。

とはいえ、山崎さんがお金に困っている間は土日のどちらも働いてしまう可能性は高い。再発したら、どうなるのだろう。

「わかりました。他にやるべきことはありますか」と部長が続ける。
「兼業・副業の報告書の提出ですね。報告書のフォーマットはありますか。あれば見せていただけないでしょうか」

「取ってきます」と友永は部屋を出て行った。兼業・副業報告書については部長と相談してざっと作ったのだが、実際に使う場面がなかったので引出しに入れたままになっている。

友永が急いで会議室に戻ってきたときには、昼休みの1分前となっていた。

「まだ使ったことがないのですが、報告書のフォーマットです」と友永は安才へ書類を手渡した。

ちょうどそのとき昼休みのチャイムが鳴った。

打合せが長引いてしまったので、続きは明日に持ち越しとなった。友永はお昼を食べながら、兼業・副業報告書を見直してみることにした。

木崎が会社に副業を言いたくない理由

友永が食事スペースに着くと、入り口に木崎がいた。

「先輩。お昼遅いですね~」
「相変わらずダラけてるわね、後輩」

伸びきったゴムのようになっている木崎は昼休みの定番である。

「先輩はお昼食べながら勉強ですか」

書類を携えていることに気付くあたりが、木崎の侮れないところである。

「あぁ、これは兼業・副業報告書よ。ちょっと見ておきたくて」
「あれ?僕のために用意してくれたんですか」

そうだった。今朝、副業の件で木崎と話したばかりだったのを忘れていた。木崎は書類をのぞき込みつつ、話を続けた。

「やっぱり!副業先の会社の名前を教えなきゃならないんですね。プライバシーの侵害ですよ!」と木崎は抗議の声をあげた。

「仕事が終わったら、夜は自分の自由時間じゃないでですか。なんで副業先の名前を教える必要があるんですか」

友永はようやく納得した。今朝、木崎が副業の報告について嫌そうにしていたのは、相手先の会社の名前がバレてしまうことが理由だったのか。

「相手先の会社の名前は絶対に言わなきゃならないんですか」

友永は黙ってしまった。そういえば、なぜ相手先の会社の名前を書かなきゃならないのだろう。友永はもやもやした。そして、木崎に対し、いつものような明快な対応をできないことを悔やんだ。明日の打ち合わせで、安才この話を振ってみようと思った。

「明日、確認してみる!」

社員が会社に副業の内容を伝えなければならない理由

ーーー翌日の16時ーーー

「安才先生、お待ちしておりました。連日お呼びだてしてすみません」

安才は昨日と同じ穏やかな様子だった。

「兼業・副業報告書については、この内容で問題ないですよ」という安才の回答に只野はほっとした様子だった。

「このフォーマットの記載にある項目は、全て記入してもらわねばならないのでしょうか」

「就業後は何をやっても個人の自由だから、会社に副業先の社名を伝えなくても良いのではないかと従業員から指摘されまして」

と友永は安才に確認してみた。

只野は友永の質問に驚いた様子だったが、安才は変わらず落ち着いていた。

「従業員の方からそういう指摘があるのも理解できます。友永さんは、なぜ相手先の名前を書かねばならないと思いますか」

問いに問いで返されてしまったが、全くわからないと答えるわけにもいかず、何とか答えを絞り出す友永。

「相手先がライバル会社だった場合に、大問題になります」
「そうですね。御社の就業規則にも、兼業・副業を禁止/制限するのは〈企業秘密が漏洩する場合〉や〈競業により、企業の利益を害する場合〉と定めてありますから、相手先がライバル会社である場合には情報が漏れたり、仕事を横取りされるかもしれないというリスクがあります。それ以外の理由はありますか」

更に質問をかぶせられてしまい、もうギブアップ、と友永は思った。安才は続けた。

「残業代の負担先の問題が大きいように思えます。御社の就業規則では、残業代の計算の基本となる1週40時間の起算日は、日曜日になります。就業規則に起算日は何曜日と定めることができるのですが、定めがない場合は日曜日が起算日です」

「そうすると、山崎さんが日曜日に8時間アルバイトをした場合、御社で月曜日から毎日8時間働くと、1週40時間を超えるのは何曜日になりますか」

どんどん話を進める安才に、友永は頑張って付いていった。

「8時間×5日で40時間だから、日、月、火、水、木曜日です」と答えてからハっとした。「もしかして、金曜日にうちで働いた分は40時間を超えるから、残業代が付くというのですか」

「そうなりますね。残業代を誰が支払うかはあとで説明するとして、山崎さんは金曜日の時点で残業代が発生してしまうことにはなりそうです」と安才はニッコリした。

「労働基準法38条に〈労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する〉とあり、〈事業場を異にする場合〉とは事業主を異にする場合をも含む(昭和23年5月14日基発第769号)となっています。ですので、金曜日の時点で残業代が発生してしまいます」

「では残業代を負担すべきはどちらの会社でしょうか」と安才は友永を試すように質問をした。

「40時間を超えてしまった時点で判断するとなると、金曜日に働かせたうちの会社が残業代を払うようにも見えます」と友永は自信なさそうに答えた。

「そうなったら御社が大変ですね。でも大丈夫です。一般的には〈通算により法定労働時間を超えることとなる所定労働時間を定めた労働契約を時間的に後から締結した使用者〉に残業代の支払義務がありますので」

安才は常に落ち着いた様子で回答をするので、友永も徐々にペースに慣れてきた。

「それであれば、山崎さんはうちの会社よりも後にアルバイト契約をしたでしょうから、アルバイト先に残業代の支払義務があるのですね」と友永は納得した。

「そうなります。残業代の計算の観点から言えば、兼業・副業の報告書が必要なのは後から契約を締結した会社になります。彼らは残業代の計算をしないとなりませんからね」

安才は友永の様子を見て、更に詳しい話を続けた。

「兼業・副業を許可している本業の企業は、後から契約を締結した副業先の会社が残業代を支払ってくれるから自分達は知りませんよ、という態度でいる場合もあります。しかしこれは、従業員の健康管理の点からあまりおすすめしません。本業の企業が1日10時間働かせていて(残業代は支払っていたとしても)、兼業・副業も許可している場合、どちらの業務が原因で従業員に健康被害が出ているのかがわからなくなりますからね。幸い、御社の場合は不景気によって残業なしの状態が続いていたので、御社の仕事が山崎さんの心身に悪い影響を及ぼしたようには見えませんが、兼業・副業の報告書には〈兼業・副業による心身の疲労などの健康状態〉を記載してもらうと良いですよ。簡単で結構ですから」

なるほど。本人が土日のどちらも働いてしまった場合に健康状態も記入してもらうことにすれば、今回のように倒れてしまう前に面談したり、注意を促したりすることができたかもしれない。

「労働基準法には兼業・副業する場合に〈相手先の会社の名前〉を必ず書きなさいという規定はないのです。どうするかは会社で決めることになります。それならば、兼業・副業の曜日と時間数だけ報告させればOKじゃないかということにもなります。しかし、健康管理面や残業代の件でお互いに問い合わせることがあるかもしれないので相手先の会社の情報は聞いておいて損はないです。無理強いすることはできませんが。これは兼業・副業の〈業務内容〉についても同様です。相手先の会社での業務内容を執拗に聞いてしまうと、相手先の企業に対しての守秘義務を負っている兼業・副業者が義務違反になってしまいます」

兼業・副業はまだまだ未整備の部分が多いのか、と友永は感じた。これで木崎に対しても兼業・副業の報告書の説明ができそうだ。

「わかりました。相手先の情報は無理には書かせませんが、山崎さんの場合は近所のガソリンスタンドでのアルバイトのようなので、書いてもらえそうですね。それと、副業による健康状態も記入してもらいます」と友永は返した。

友永のほっとした顔を見ながら、安才は付け加えた。

今後の兼業・副業の流れ - 未来投資会議より

「兼業・副業についての最新情報ですが、令和2年7月3日に行われた第40回未来投資会議(首相官邸)では次のようなことが話し合われました」

兼業・副業の開始及び兼業・副業先での労働時間の把握については、新たに労働者からの自己申告制を設け、その手続及び様式を定める。この際、申告漏れや虚偽申告の場合には、兼業先での超過労働によって上限時間を超過したとしても、本業の企業は責任を問われないこととする(※)。
(※)フランス・ドイツ・イギリスのいずれも、労働時間上限規制との関係では兼業・副業時の労働時間も通算することとしているが、その管理方法については、兼業・副業の有無やこれらの労働時間について労働者に自己申告させることが一般的であり、自己申告していない又は虚偽申告を行った場合、本業の企業は責任が問われないこととなっている。

引用: 第40回未来投資会議(首相官邸)より

「今回の山崎さんのように会社に申告しなかったり、嘘をついたりしたら、本業の会社の責任は問われないことになります。また、政府が自己申告制の手続と様式を定めてくれれば、今回のように悩まなくて済みそうです。ただし、これが実現するのは少し先の話になるので、当面は個々の会社で対応することになります」

只野は、友永と安才の話の一部始終を聞いて納得し、お礼を述べた。

「安才先生のおかげで、本当に勉強になりました。友永さんにもこの打ち合わせに入ってもらって本当に助かったよ。さすが長年人事労務をしているベテランだね」

友永は誇らしかった。安才は最後に言った。

「それと、いまは多様な働き方があるので、土日に業務委託で副業をする人も増えています。業務委託契約は雇用契約ではないので、労働時間は通算されません。ただし、業務委託契約と言えども実態は雇用契約と同じである場合もあるので、リスクは残るでしょう。また、請負契約の場合には成果物の納品の責任を負うのみで時間は関係なくなります。そうすると土日に何時間働いているかわからない場合もあり、これもまたリスクが残るでしょう」

安才はそう言って、立ち上がった。只野はすかさず言った。

「またいろいろとご助言いただけますでしょうか。うちは人事労務以外にも経理財務や法務などいろいろと未整備な点も多いですし」

「もちろんですよ。管理部門のサポート承ります!」と答えた安才は、先ほどまでの落ち着いた様子とは違って、ハツラツとして見えた。

安才が帰り、日も暮れて来てそろそろ定時になろうとしていた。

「部長、今日のまとめは明日やりますので、今日はもう帰りますね」
「今日は本当にお疲れ様。やはり友永さんを中途採用して良かったよ。ありがとう」

木崎、副業やるってよ。パート2

帰り支度を済ませ、友永が出口に向かっていると、背後から人が近づいてくる気配がした。

「先輩!お昼はすいませんでした!」

今はこの元気な後輩に付き合う気力はないが、駅までの辛抱だと友永は自分に言い聞かせる。

「いいのよ。また今度、兼業・副業の報告書については説明するから」
「それなんですけど、会社に報告する前に先輩に相談に乗ってもらおうかと思いまして。よくわからないことがあるんですよね。先輩は、業務委託契約ってわかりますか」
「多少はわかるわよ。業務委託契約がどうかしたの」
「それがですね、僕がやろうとしている兼業・副業の会社から業務委託契約でお願いしますって言われてるんですよねー。完全在宅勤務なんですけど、うちの会社の働き方と、何か違いがあるんですかね」

この後輩はなんてタイミングが良いのだろう、と友永は思った。今日の兼業・副業のまとめにかこつけて、また安才先生とお会いした時のネタになるに違いない。木崎もたまには役に立つな。友永は笑顔で返事をした。

「業務委託契約については、兼業・副業の件で資料をまとめているから、明日詳しく話を聞かせてくれるかしら」
「もちろんですよ。やっぱり、先輩は僕と同期だけあって頼りになりますね!!」

フリーランス編につづく ーーー

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