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相手に求めても無駄なのです 自分の機嫌は自分で取ろう

 もう2時間にもなる。私の目の前でジョッキのビールを握り締めている友達は、多分3回目であろう同じ話に入りかけている。
「やっぱり、おかしいよね。仕事が不規則だからって、次会う日がわからないとか。この間だってさ、2週間も前から温泉行くって約束してたのに、3日前になって、やっぱり無理だって。私のことなめているとしか思えないよね」彼女は、残りのビールを飲み干し、お代わりを注文した。

「家にだって入れてくれないし」「この前だって、たったの2時間だよ。会ったの。」「いつも私の家にくるばっかりで、私がご飯を作って、片付けるのも私で」「私が仕事で大変だった時なんて、まる1日既読スルーだよ」「これって絶対遊んでると思わない?私のことなんて、全然考えてないんだよ」「結婚だってするするって言って、もう半年だよ。」「愛されてない。」
ビールを飲めば飲むほど、不満が溢れてきて、酔った口調で話す彼女の言葉は止まらない。

「だよね。わかるよー。」

 私はお通しの枝豆の残りを突きながら、答える。もうこの言葉も何度繰り返しただろうか。でもごめん。正直、この言葉は、私の中の相槌のひとつでしかなく、早くこの話が終わらないかなとしか、思えてないのだ。

考えてもみて欲しい。「温泉の約束をキャンセルし、家にも入れず、彼女の家に転がり込み、彼女の辛い時に既読スルー、遊んでるかもしれない、結婚もしてくれないらしい彼」と付き合っているのは誰なんだ。他でもない、彼女ではないか。結局、その男が好きなんじゃないか。
 「嫌なら別れればいいのに。」心の中でそう呟いてしまう私は、女性として、共感ができない冷たい女なのかもしれない。

「いいよね。あみは。」唐突に彼女が唐揚げを箸でつつきながら呟いた。

「毎週のように会えて、かっこいい車で迎えにきてくれて、優しくて、美味しいごはんに連れてってくれて、そんな彼がいたら、私の気持ちなんてわかんないよね。」酔っているせいだろうか、少し涙目の彼女が呟いた。

対して感情も込めない私の、解決策も共感も足りない返しに、物足りなさを覚えたのか、その涙目の不満は私にむいてきているようだ。

「そんなことないよ。2、3日連絡ない時もあるし。短時間しか会えない時もあるよ。」そう答えたけれど、彼女の不満はもうどうしょうもなく、「いいよ。どうせわかんないと思うから。幸せな人ってそんなもんだよね。」と唐揚げに箸を刺し、乱暴に口に含んだ。
こうなったら、もう何を言ってもどうしようもない。ああ、めんどくさい。

「相手に求めててもずっと満たされないよ。自分の機嫌は自分で取りなよ」思わず、冷たく言い放ってしまったものの、私は、ずいぶん上から目線な言い方をしてしまったことを後悔した。

 自分の満たされない心を相手に委ねたところで、満たされない心は永遠に満たされない。それは、仕方ないことではないか。彼は彼でしかなく、私も私でしかない。他人の人格なのだから。

ついでにいうが、かくゆう私は、そんな幸せな女ではない。

 毎週のように会えている彼はいるが、正式には「付き合っていない」。出会って一目惚れのように好きになり、最初のひと月は、毎日のように会った。毎日のように会っていたけれど、途中で気づいた。彼には、他にも女がいた。
 結婚どころか付き合えてもいない。常に女性の影があり、ドタキャンされることも日常だ。いつだったか、会う時間が3時間遅れた時には、シャツの胸元にファンデーションがついていた日もある。長く一緒にいれば、彼の行動パターンは読めてきて、どれが本当の仕事で、どれが女性と会っているのか、出張なのか、旅行なのかすら見えてくるのだ。

そんな話を彼女にしないのは、ビールを片手に語れるような健全さも、恋の美しさもないからだ。むしろ彼女のその堂々とした不満を語れる関係性に羨ましさを感じているのかもしれない。
私の恋愛における数々の事実は、ただ誰かの日常のはざまを垣間みるだけであり、たくさんの事象が交錯しているだけであり、不思議と吐き出したいような不満ではないのだ。

正直、この状況下を私は楽しんでいる。
ひとりの男を共有している事実とその状況に甘んじている自分を面白いなと思っている。

私は、ただこの男が好きなだけなんです。強がりに聞こえるだろうか。確かに、悩んで泣いた日もあったんだ。気持ちが壊れて思考が停止した日もあった。ビールを飲みながら、叫んだ日もあった、ただ時が立ち、彼と共有するたくさんの濃厚な時間が増えるほど、私が何を望んでいるのかは明確だった。

 私は、この男とご飯を食べて、語り、セックスをすることが好きなんだ。この男の感性に触れ、この男の根底にある生命力と多様性を垣間見るのが好きなんだ。思考が明確になってからは、「彼に何をしてもらっているか」は考えなくなった。そう納得が行った瞬間から、私とこの男の関係は、明確になり、付随する様々な事柄は、単なるノイズになった。

 時々、「私は、彼に何を与えられるだろう」と考えることはあるが、私は私であり、私が彼といることで得ているものがある以上、彼は彼で私から得ているものがあるのだろうと、与えることについても次第に考えなくなった。

「自分の機嫌は自分でとれ」
私が彼といる以上、この状況は変わらない。変えることはただひとつ。自分がどう存在していたいか だけだと思う。

 例えばだ。ラーメンが食べたくて、近所のラーメン屋に入ったとしよう。不味かったらどうするのか?webでみた評価と違ったらどうするのか?「不味い」と文句をいうのか、きっと言わない。言わないで、そっと席を立つはずだ。もしくは、こしょうやニンニクを足して、自分好みに調整するだろう。ラーメン欲が満たされないなら、次のラーメン屋にいくまでだろう。自分の食欲は自分で調整しているはずだ。

人との関係性も同じだ。自分の機嫌は自分でとるんだ。満たされない心を持て余すのであれば、満たしてくれる「何か」を用意してもいい。それは、人でもモノでもイイ。そして、やることはひとつだ。自分の存在を明確にすればいい。

物事には、裏と表がある。全てが表だけでは成り立たない。裏があるから表が輝くのだ。でも、裏は表であり、表は裏である。今の己はどちらなんだろうか。不満があって、自分を裏だと思って、嘆くのは、これっぽっちもメリットがない。どう存在したいかを明確にした瞬間、自分は表になる。

ふと我に返ると、彼女は携帯を勢いよく連打していた。

「ごめん!彼から連絡きて、これから家にくるって。」涙目の酔った瞳は消え、全く違う笑顔で、口紅を塗り始めた。

永遠に彼女は、相手に自分の機嫌を委ねるんだろうな。
それはそれで良いのかもしれない。

「自分の機嫌は自分で取ろう」

先に席を立った彼女に手をふって、私は新しいビールを1杯頼んだ。これを飲んだら、帰ろう。お風呂をためて、本を読もう。
明日、誰とどこにいようと、私の存在は変わらない。
私は、自分の存在を明確にして、自分の機嫌を自分で取る。






 


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